右腕を代償に左腕は触れるために。

悪本不真面目(アクモトフマジメ)

第1話

「今だ!」

俺が傷だらけの右腕で彼女の背中を押すと、彼女は猛スピードで走る車にぶつかった。彼女は体がグニっと曲がり吹っ飛び即死だった。運転手の男性は酒を飲んでいたので、そのまま走り去っていく。いわゆる轢き逃げだ。


 俺は空中を手探りで触り、それらしき感触がしたのでそれを右腕で引っ張った。引っ張るとそれは彼女だった。彼女が霊体となって彷徨い天へ召される前に俺は捕らえた。彼女はフワフワと浮ついている。俺は彼女をお姫様抱っこのように大事に抱え家へと戻った。


 彼女で七人目だった。自殺志願者として俺に連絡が来た。その日他にも何人か来たが、どれもいい加減で死の臭いを感じさせず、安っぽい香水の臭いやタバコの臭いをさせていた。だが、彼女「栄田 真理さかえだまり」は本気に死を望んでいた。理由は何かぺちゃくちゃ話していたが、そんなことよりも本気かどうかが重要だった。確か女子高生だった気がするが、別にタイプでもないのでどうでもよかった。所詮はお互い利害関係が一致していることが大事で、俺にとっては彼女はただの道具にすぎない。


 後日、運転手の男の会社の昼休みにこっそりと接触をした。昨日の彼女の轢き逃げをゆすってお金を獲ろうという魂胆だった。すれ違いざまにボソっと一言二言言うと、大抵乗っかってくる。

「昨日、車、女、事故」

その時の男は分かりやすいくらいに青ざめ冷や汗をかいていて俺は愉快だった。俺は男の背広のポッケに連絡先のメモを入れた。


 俺の家では彼女面して栄田真理がフラフラと浮ついていた。鬱陶しい。

「もう遅いよ。私危うく天に召されるところだったよ。」

彼女は眼鏡をかけて髪も重たく長かったが、死んで霊体となってからは、眼鏡を外し髪も結んでポニーテールにしてあか抜けていた。俺にとっては減点にも加点にもならない。しばらくは俺が浮つく彼女を押さえておかないと、あっという間に天へ召されてしまうから仕方がない。柱に紐を結んでいればいいんだが、俺の手じゃないのでそれは出来ない。あまりにも鬱陶しかったら俺は別にそんなに困らない右腕を切って、その右腕を柱に紐で結び、その右腕で彼女を掴んだままにしようかと思った。


 インチキ霊媒師という職業は才能があれば稼げる。インチキと言うが俺は本物だ。ただこういう呼び名の方がしっくりくる。俺は人の死の臭いが分かる。死んだものの霊体が触れる。それと霊体に好かれやすい体質。これのおかげで道具が思うように使える。死の臭いは別に自殺志願者だけじゃなくて、人を殺すということも感じとれる。だからあの男が轢き逃げするのがなんとなく分かった。頻繁に飲酒運転はしていたから、いつかはこうなっていた。ただ俺がそれを計画的に早めただけにすぎない。だから俺は罪悪感など持ちようもない。だが代償はある。栄田真理が俺に抱きついて離れない。鬱陶しい。

「ねぇ電話鳴ってるよ」

じゃあ離れろよ。


 俺が五歳の頃両親は事故で亡くなった。俺を引き取った叔父は、よく俺が空中で何か探っていたと言っていた。俺は結局それは見つけることはできず、触れることも叶わなかった。


 右腕を代償に左腕は触れるために。


 深夜二時、丑三つ時。男はあの時と同じ車で来た。車内に缶ビールの空き缶があることからどうやら少し酒を飲んでいるみたいだ。飲まないと精神が保てなかったらしい。俺は男を廃墟の館へ呼んだ。俺はここで仕事をしている。これは自他共にゆすると認めるが、それをオブラートに包んで仕事ということにしている。つまりは、霊媒師として今から仕事をする。霊媒師と言っても格好はラフにパーカー姿で立ち仕事が多い。今日もそんな感じだった。仕事は廃墟の玄関、エントランスで行う。階段はめったに上らないし、館の奥にもあまり行かない。霊がいたら面倒だからだ。俺から先に喋ろうと思ったが、男の方から喋って来た。

「あ、あの、霊媒師さんがなんなんでしょうか?」

男は会社の時と同じスーツ姿で、年は三十代前半で俺の方が若い、髪はオールバックで目つきは悪いがそれなりに女に不自由はしなさそうではある。

「あの女性、栄田真理さんと言うんですよ」

男は青ざめてはいるが、強く俺を睨んでいた。

「彼女はまだ女子高生だったんですよ。」

俺は思い出したかのように付け加えた。しかしこの発言は男の態度を何一つ変えることにはならなかった。そうでなくちゃ。

「私は、職業的に霊が集まってきやすいんですよ」

「つまり、彼女の霊がアナタに話たと?」

「ええそうです。そして今もここに彼女がいます」

それを聞いた男はズボンのポッケに手を突っ込み、俺に断りなくタバコを取り出した。その水色の箱からタバコを押し出して指で持たず顔を近づけそのまま口に咥え、俺をからかうようにチラッと見て、ポッケからライターを取り出し火を点けた。俺はタバコの火を見て熱くなって、上着を脱ぎそれを床へ雑に置き白いTシャツ姿になった。タバコの煙が天へと昇っていく。俺はこれは掴むことができない。似ているとは思う。


 きっと男は俺がどうしようもない人間と判断したからなのか、かなり落ち着いていた。タバコも俺が気づかぬうちに二本目を吸おうとしていた。俺は天へ向かう煙と小さいシャンデリアと大きいシャンデリアを見ていた。一本目の吸い殻はそのまま床に捨て、何故か軽く優しく踏んでいた。アクセルを踏むときとは逆だった。一応俺は火が消えているかどうかをしっかりと確認はした。しかし、俺は男に気づかれないようにチラリと目線だけを動かしバレないように見た。沈黙と煙が続いていた。何故か次は男の台詞な気がした。だから男の台詞を待たないといけないと思った。


「それで?」

男は二本目のタバコに火を点けず咥えたまま、指を指すみたいにタバコで俺を指していた。俺は男が喋ったので、予定通り台詞を喋った。

「彼女の霊は天へと昇りたいのに、昇れないでいます。彼女は怒っています!」

最後の台詞は少し大きく大袈裟に言った。道具を起動させるスイッチの役割をしているからだ。その言葉に反応し、天井にぶら下がっている小さい方のシャンデリアの鎖が非科学的に切れてガシャーンと俺たちがいる場所の左側に落ちる。決して当たる位置ではなかった。しかし、そのぐしゃぐしゃになったシャンデリアの破片が面白くないように俺の左腕に向かってきた。俺は咄嗟に、男が最初に青ざめてた表情よりもおそらく青いであろう表情で傷だらけの右腕を左腕の前へ出した。手がクロスになり、変身ヒーローの変身ポーズみたいで、まるで助けてヒーローと言わんばかりに、バカバカしい。男はまだ火を点けずにこの俺の焦った行動を明らかに面白がっている表情をさせていた。俺が焦ったおかげで男は余裕な表情を維持したままだった。


「それで?」

男は私の傷だらけの右腕から出る血を見ながら、まだ火を点けてない咥えタバコでそう聞いてきた。私は右腕を抑えないで、ポタポタ血を流しながら、決めた台詞をただ言った。

「私は、霊とコミュニケーションがとります。何故か霊は私には友好的です。だから私が頼めば天へ召されます。」

男は私を面白そうに嘗め回すように見て、懐に入っていた封筒を取り出す。

「で、いくらなんですか?」

「三百万です。」

「それならちょうどこの封筒の中に———」

男はナイフを取り出した。中々の演出だと俺は少し感心した。男はナイフを逆手持ちで俺の心臓めがけ振り下ろそうとする。この男は俺の思っている以上に手っ取り早くて実によい。俺は今天にも昇る思いだった。綺麗な左腕がうずくのを俺は感じた。


「あれ?」

ナイフは俺の心臓に当たる前に男の動きが非科学的に止まった。栄田真理の仕業だった。俺が余計な知恵をあの道具に教えたばかりにこうなってしまった。そして男の足はさっきのシャンデリアの方へと進んでいく。俺には結末が分かってしまった。男が今立っているのは———ガシャーン。大きなシャンデリアが落ちてきた。男は即死だった。


 栄田真理は唖然としていた。俺が感謝し喜ぶと思っていたからだろう。俺は霊体に触れることができるから、殴ることもできる。俺は思いっきり顔面を殴り続けた。残念なことに綺麗な左腕がうずいてしまったせいで左腕でも殴ってしまった。本当に道具というものはどうしてこうなんだろう。俺は霊体に暴力を続ける。霊体なので顔面が崩れることはないのだが、しかしいつもより醜いようには見える。これで七人目かと俺はぶつぶつ言いながら殴り続ける。ドメスティックヴァイオレンスならずドメスティックゴーストといったところだろう。別に気が晴れるわけではない。ただそれ以外何をすればいいというのだろうか。彼女は更に拍車にかけることを言う。

「お願い、天に昇らせて———」

ムカついたので俺は腹を思いっきり蹴った。


 俺は館の庭に浅く埋めておいた、棺桶から死体を取り出した。女の死体で確か二十代の大学生だったか、OLだったか、引きこもりだったかのどれかだった気がする。中々美人ではあるとは思う。俺は霊体である栄田真理のポニーテールを引っ張り彼女が拒むのを無視して強引にこの女の死体の中に押し込んだ。

「勝手に天に昇れると思うなよ!」

新しく生まれ変わった彼女の長いブロンドの髪を掴みながら俺はそう警告した。


 彼女を男が乗っていた車の助手席に無理やり乗せた。自分を轢き殺した車に乗らされるのはどんな気分なんだろう。俺はただ好奇心からそんなことを考えた。男はすぐ移動しやすいようにか、車に鍵をかけたままだった。俺は男の飲みかけのビールの栄田真理に飲むよう命令した。なんか私まだ女子高生とか訳わからないことを言っていたが、いいから飲めと言った。栄田真理は半分も入っていたビールを飲みほした。


 俺は栄田真理が轢き殺されたあの道に栄田真理を降ろした。そしてそのまま家へと帰ろうと車を走らせていた。俺は窓を開けなかった。さっきまで死体と一緒だったから車内は臭いが俺はこの臭いは嫌いじゃない。だんだん非科学的に体が馴染んで腐敗臭も止み普通に生きることができるだろう。俺からは死の臭いは今はしない。結局、右腕に新しい傷が増えただけにすぎなかった。

 


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右腕を代償に左腕は触れるために。 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615

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