冬の妖精

棚霧書生

冬の妖精

 むかし、魔法に優れた王様がいました。彼が治めていた国は寒い北の地域にあって、作物は育ちにくく動物の数も少なくて人々は食べ物を手に入れるのに苦労していました。冬になると毎日のように雪が降るのもまた大変で、人が暮らしていくには不便なことがたくさんある国でした。そこで王様は考えました。この国が貧しいのは寒い冬のせいだ。だから、冬をどこかにやってしまえば、この国はもっといいところになる、と。

 王様は自分の国から冬をなくすために、人間よりもずっと長生きの妖精に冬を引きとってもらうことにしました。冬をもらいうけることになったのは王様の友だちであったフセツという名の妖精です。王様は国から離れた場所にある森にフセツを連れていき、冬を渡す呪文を唱えました。

 それからフセツは森でひとり、冬を引きうけつづけました。何年も何十年も時が経つにつれて、冬のなくなった魔法使いの王様が治める国は段々と繁栄していきました。今では豊かな国の一つに数えられます。だけど、国が栄えたかわりにフセツは冬の森でずっとひとりでした。友だちの王様も忙しいのか森には来てくれません。真っ白い雪が降りつもる誰もいない森は退屈で寂しい感じがしました。

 ある日のことです、フセツが森を散歩しているとほぎゃあほぎゃあとなき声が聞こえてきました。声をたよりにフセツが歩みを進めると一本の木の根元に小さなかごかありました。中には毛布にくるまれた人間の赤ん坊が入っています。こんな誰もいない雪深い森に置いてけぼりにしたら、きっとこの小さい命はすぐに消えてしまうだろうと、そう思ったフセツは赤ん坊を自分の家に連れ帰りました。

 フセツの家は森の真ん中にある大きな木のうろです。中はフセツひとりが暮らすには十分な広さがありテーブルやソファ、ベッド、本棚などがあります。フセツは赤ん坊の入ったかごをテーブルの上に置きました。さっきまで泣いていた赤ん坊は顔を真っ青にして目を閉じています。人間の赤ん坊はこんなに顔色が悪い生き物だっただろうかとフセツは不思議に思いました。じっと赤ん坊を見ていると命のかがやきが少しずつ少しずつ消えていくのが妖精のフセツには見えました。

 フセツはようやく赤ん坊が生と死の狭間にいることに気がつきます。そこから大慌てで本棚から人間の赤ん坊について書いてある本を探し出し、体をあたためなくてはいけないことをフセツはつきとめました。すぐに魔法で暖炉をつくり、火を入れます。フセツは赤ん坊を腕に抱いて、暖炉にあたりました。そのかいあってか赤ん坊は血色を取り戻し、ほどなくして元気になりました。


「フセツさま、このご本を読んでほしいです」少年がフセツに一冊の本を差し出します。

「それは前にも読んでやったぞ、ヒナタ」

 フセツが拾った赤ん坊はすくすくと育ち、ヒナタという名前を与えられていました。ヒナタはフセツと二人暮らしで、最近は寝る前に本を読んでもらうことがお気に入りです。

「この本の中に出てくる花が好きなのでフセツさまに何度も読んでいただきたいのです。本物の花はまだ見たことはないけれど、ヒナタもいつか花を見たいなと思うのです」

「わかったわかった、読んでやる」

 ヒナタが現れてからフセツは退屈を感じなくなりました。あれはなに、これはなにと生まれてきた世界のことを知りたがるヒナタにひとつひとつこたえていくことがフセツには楽しかったのです。けれど、ヒナタが少年から青年なるにつれフセツが教えられることは少なくなっていきました。そして、よく晴れた日にヒナタが言いました。「私は旅に出ます。森の外のことを知りたいのです」

 ヒナタはフセツも一緒に森の外に出ることを誘いました。だけど、フセツは断りました。森で冬をとどめるお役目があったからです。王であり友でもある人から任されたことだから、放り出すことはできないとフセツは言いました。ヒナタはとても残念に思いましたが、結局ひとりで旅立っていきました。

 ヒナタがいなくなった森は前よりも寒くなった気がフセツにはしました。暖炉で火を焚いてみても毛布にくるまってみてもちっとも温かくないのです。フセツはまた長い時をひとりきりで過ごしました。森はいつまでも冬のまま変わり映えのない真っ白な景色をフセツはぼんやりした気持ちで眺めつづけました。

 とある朝のことです。動物も虫もほとんどいない寒々しいフセツの森に突然、華やかなラッパの音が鳴り響きました。フセツはまだ眠っていたのですが、大きなラッパの音にパッと目を開けます。フセツは一体なにごとだろうかと家である木のうろの中から顔をのぞかせると、……びっくりびょうてん!

「フセツさま、お久しゅうございます。ヒナタ、ただいま戻りました!」

 そこには立派な装束を身に着けたヒナタがいました。頭には王冠がのっています。

「ああ、ヒナタ……もう帰ってこないものだと思っていた。ずいぶんと大人びたな」

 ヒナタはフセツと別れたときよりもかなり歳をとっていました。

「私は国の王様になりました。もともと王族の血をひいていたからです。幼い頃にこの森に捨てられたのは悪人たちのたくらみによるものだったのです」

 さらにヒナタはフセツの手をとると、優しくこう言いました。

「今まで冬を引きうけて頂きありがとうございます。私たちの国は十分に富みました。もうあなたがひとりでいることはありません」

 ヒナタはフセツを冬から解放する呪文を唱えました。森に柔らかな風が吹き抜けます。それは春の風でした。暖かい日差しのもとでフセツとヒナタは抱きしめ合いました。


終わり

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