繋ぐ者たちの物語

ちくわ

第1話

「リヴ・リヴァイス。奴が犯人だ」

 夕暮れの光の色に染まる部屋の中で、ネルフィリアが煙草の煙とともに吐き出した言葉を、俺は暫く理解することが出来なかった。


「は…?何を言っているんだお前?」

 絞り出すように出した俺の声は酷く掠れていた。

「あいつは死んだ。とうの昔に」

 俺は拳を握りしめる。

「知っているだろう。死んだんだよ、あいつは。この俺の、目の前で!」


 馬鹿な夢を見ている男だった。

 馬鹿な夢を追い続け、そして結局、何も成せず、何も残せず、何者にも成れず、馬鹿のまま死んだ。


 俺の、親友。


 俺はあの時、あいつを止めることが出来た。

 あんなことになる前に止めることが出来た筈なんだ。


 リヴの最後の時を思い返し、俺は唇を噛みしめる。


「私たちは奴を侮っていたという事だよ」

 ネルフィリアの口調はあくまでも平坦だった。

「奴は死んだ。だが、奴の意志は死ななかった。奴が蒔いた『種』を私たちは尽く見逃していた」

「……どういう意味だ」

「継ぐ者がいるのさ。馬鹿げた夢を本気で為せると信じる者たちが」

「仲間が、いたって言うのか?だったら…!」


 だったら何故、リヴはたった一人で死んだんだ。


「何故今更!あいつが死んでからもう5年以上経ってる!」


「或いは、今更だからこそ、か」

 ネルフィリアは短くなった煙草を灰皿に押し付けた。

 そして一瞬の逡巡の後

「カイル。君には1つ、言っていなかった事が───」


 彼女が言いかけた時、俺のポケットの中の携帯端末が着信音を鳴らした。

 止めようと取り出した端末のディスプレイには何か妙なノイズが走っていた。

「何だ…?」

 訝しんでいると、ネルフィリアも自分の端末を取り出し顔を顰めている。

「お前も?」

「ああ、これは…」


 その時、突如として端末のスピーカーから大音量の音声が流れ始めた。


『あーあーあー、こんにちは!聞こえていますか皆さん!聞こえていますか世界!はじめまして、私の名前はリリアナといいます!』

 スピーカーから聞こえるその声は、随分年若く聞こえるものだった。多分、少女だ。


「どうやら俺たちだけ、って訳ではなさそうだな」

「そのようだ、見ろ」

 窓辺に寄ったネルフィリアは視線で外の階下を指す。

 

 そこには多くの人間が同じように端末を手にして戸惑っている様子が見て取れた。


『突然ごめんなさい。でも、私にとっては全然突然じゃないんです!これは、あの人が夢を追いかけ始めたその瞬間から始まっていたことです!』


 あの人。

 その言葉が表す人物は、恐らく。


『私の、私たちの目的はたった1つ!かつて愚かな道化と呼ばれたあの人の名を、英雄の名前に変える!ただそれだけです!

 分かりますか皆さん!分かりますか世界!そうです!これは宣戦布告です!!』

 一拍おいて、少女の声はまるで歌うかのように朗々と響く。

『今この時!この宣言を持って、私たち《の鐘》が、人類に!世界に!戦いを挑みます!!』


 ◆


「そして、ここからは私信です

 彼から託された、最後の」

 私はそこで再び言葉を止めた。

 舌で唇を湿らせ、小さく息を吸う。

 そうだ、本当に伝えたい事はここから。今までのものは、まあ、言ってしまえばオマケのようなものだ。

 一生懸命に張り上げていた声のトーンを落とす。

 ゆっくりと。静かに。落ち着いて。



「『この期に及んでもオレは、まだ一切を諦めちゃいないよ。まだ何も終わっていない。だからオレは止まらない。さあ、お前はどうする?親友』」


 ◆


 聞いた瞬間、俺は座っていた合皮のソファから跳ね上がる勢いで立ち上がり、そのまま背後のドアに向かって駆け出していた。


「待て!カイル!どこへ―――」


 背後に聞こえるネルフィリアの声を振り払い、階段を飛び降りるように駆け下りるとそのまま屋外へと飛び出した。

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