グループホーム
壬生諦
グループホーム
今も大概だが、昔の僕は特に酷かった。
2022年、路頭に迷っていた僕の旅は一段落する。
6月に面接を通過、8月下旬からオープンする障害者支援グループホーム(障害者に限定せず様々な境遇の人がいた)の世話人になった。
夜勤。18時から朝9時まで。
定員10名で細長の建物。2階建て。1階が男性利用者用で、2階が女性利用者用という狙いなので完全には20名。上手く行かなかったようで、僕が辞めた時は男性9名だったし、それでもかなりツメツメだったけど。
先に言うとそこで約1年勤務した。これは職場を転々とするか、無職で鬱で借金地獄だった僕からすれば奇跡のキャリアとなる。
内容、職場の人々、利用者さんたちも含め、自分のペースに合う要素が多くて続けられた。
入居者は5〜6人の期間が長く、それぞれの性格やOK/NGを掴み、早く慣れていった。利用者さんたちの多くは会話によるコミュニケーションが可能で、元気過ぎる人もいない。はっきり言って難しくなかった。
リビングのテレビは自由に使えたから、夜は利用者さんたちの対応を済ませ、最寄り駅のコンビニで買ってきた冷凍やインスタントの夜食を食べながらドラマや報道ステーション、朝は台所に立ちながらめざましテレビを観れた。ワイファイ完備だからスマホも快適。ロッカーにはいつも小説を入れていた。
思えば陰鬱なニュースやチカチカしたトレンド物が苦手な僕が進んでテレビの電源を点けるのは珍しいことだった。
楽しかった。
だからこそ辞めると決心する1ヶ月くらい前から新入居者が2〜3人加わり、定員いっぱいまで入居者を増やしながらも夜間職員は1人しか配置できない職員不足についていけず、甘えやすいサビ管に文章で辞職を伝えた。
オープンして間もなく常勤の職員たちが入職後に契約の不備で本社と揉めていたこと、僕の知らないところで職員同士が不穏になっていたおかげで脱出しやすい空気があった。
僕以外の職員はおじちゃんとおばちゃんばかり。何も誇れるものがなく、他人への不信が強かった時期の就職だったため、なるべく会話を避けたい人も中にはいたけど、そういった気になる人たちも『嫌い』とまでは行かなかった。若者として扱われるのが大嫌いだった僕でも許せていた。
特にオープンして2ヶ月ほどで別の施設に移っていた元サビ管は優しかった。50代のおじさんでチリチリの茶髪、半袖のルーズなTシャツ姿は偉い人とは思えず、出勤してすぐ施設の外に設けられた喫煙所へ向かう姿が印象に強い。
あの人はとにかく優しくて、履歴書がヘボい20代男性アルバイトの僕にも丁寧に接してくれた。若者扱いなどなく、最後まで敬語で接していただいた。弱さを白状しても許してくれた。
スタート地点に彼がいて、最初のうちは利用者さんが少なくて余裕があったから、僕は逃げ癖を解消できたのだと思う。
最初の夜勤が僕というのも、本来であれば平静ではいられなかったはず。初日は利用者さんが1名だけで、その人も自分のことは大体自分で出来るので、ほとんどテレビを観て過ごせたから緊張は段々とほぐれていった。その人とは最も長い付き合いとなった。
自分が退職する時に元サビ管の電話番号がスマホに残っていたからショートメッセージで感謝を伝えたほどだった。返事は返ってこなかったけど納得している。
施設を移る際、夜勤専とはいえ何度か顔を合わせる日はあったのに何故か彼は僕に別れの言葉を残さなかった。そういったところも大人っぽくなくて好きだった。
優しくて緩い。偉いのではなく懐が広い。僕の大好きな人間なのだと後から気付いた。一部のおばちゃん職員たちは彼の緩さを良く思っていなかったようだけど、僕は彼と出会って救われた。
お世話になった時間としては次のサビ管の方が長い。こちらも(おそらく)50代の男性で体躯の良いスキンヘッド。声が高い。
オープンしてしばらく経ってから入職されたので夜勤専の僕の方が詳しいという面白い間柄。最初の方はお互いに遠慮がちだったけど、こちらも優しい方で、話しやすくて好きだった。前サビ管との別れもあるので些細なことでも会話を試みた。
昇給がない。利用者さんが増えて、同時に元から弱い体がより不安定になってきた。……小説家・作家として出世したい。
そういった、場所によっては認められないような(退職代行サービス利用経験アリ)理由も受け入れてくれて希望する時期に辞められた。
多分だけど、上司が良いほど仕事を辞めやすいのかもしれない。
応援もしてくれたので、作品がヒットしたら是非読んでもらいたい。もし彼が現在既に離職していても連絡先が残っているのでどうにか届かせるつもりでいる。何度かショートメッセージでのやり取りがあり、メッセージ上では冷めた反応だが、彼が寛大で、冗談の通じる相手というのは知っているから。
僕は本当に恵まれていたんだ。恵まれていなければ、忘れることのできた、優しさに溢れた世界の中にいた。
執筆にハマっていたら金欠になったので仕事を探す壬生諦。
2024年4月21日の夜、新しい職場に入った。今回も障害者支援のグループホーム。
利用者さんは5人だが、一人一人が結構クセが強い上に給料は前より安い。職場も窮屈で、夜中は利用者さんたちのいびきに大分苛まれると分かった。
ただしこちらも職員方は優しく、利用者さん方もこれからリズムを掴んでいけばどうにかなると思える。
この自信も過去から引き継いだものだ。
前の職場が良過ぎた。悪い思い出もあるが、それを笑い飛ばせるくらい多幸な時間だったというのは……今になってではなく、辞める時から分かっていた。最後の日は泣きそうになったし、途中で位置が変わり、より快適になったあの喫煙所は僕のアナザースカイで良い。
今でもたまに夢に見る。利用者さんが登場して、何気ない会話を繰り広げている僕がいる。
利用者さんたちのことも大好きだった。
身体障害の扱いで4ヶ月ほど入居された車椅子を自在に操る方がリハビリを終えて退居する際、夜勤を終えてその方の部屋へ別れの挨拶に伺った時の笑顔と手を振ってくれたのは大分効いた。
今回も続けようと思えば続けられる職場ではある。
だけど、過去のグループホームを忘れられない。
斜に構え、人の温もりを知りもせず下らないものとしていた……鬱、借金、体力ない、仕事続かない駄目男がどうにかやってこられた合い過ぎた環境。新しい方とは施設の特徴が異なるため、どうしても比較してしまう。
仮眠から目を覚まし(眠れずひたすらネックバンド型イヤホンで音楽を聴く日もある)、朝の支度に取り掛かる前にSaucy Dogの『優しさに溢れた世界で』を聴くのが心落ち着く。めざましテレビに起用されていた楽曲で、僕の好きな髙橋宏斗投手の登場曲でもあるため、知ればすぐ好きになった。
それは新しい職場でも半ば無意識に行っていた。あの淡々としたボーカルの歌声とメロディをイヤホンから寝ぼけた頭に伝え、仮眠用ベッドを片付けて、ボディシートを顔面中心に塗りたくったり目薬をさしたりする夜勤朝ラストスパートのルーティンは、きっとこの先も同じように繰り返されるのだろう。
……朝帰りに寄った職場の最寄り駅を挟み、職場と真反対の方向にあるローソンでからあげクンとコーヒー牛乳を買った時のおばちゃん店員の「いってらっしゃい」は沁みた。別れたからこその新しい出会いというのもあるよう。
一刻も早く売れたい。
そうしなければいつまでもあの優しさに溢れた世界に片足を突っ込んだままとなってしまう。
好きなことで忙しくなれなければ、昔の好きをいつまでも引きずるばかりだから。
だから、エッセイは今回ばかりにして、コンテストに応募する小説の執筆に急ぎ戻らなければならない。
報われるかは分からないが、それでも報われる道はそこにしかない。
グループホーム 壬生諦 @mibu_akira
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