エピソード3

 ここに来てから、もうどれくらい時間が経ったやろうか......。何時間、もしかして何日も経ってる? あの遺跡の扉を開けて以降俺は、道に迷っていた。ここまで、いろんなモンスターに出くわした。スライムはもちろん、植物に似たやつ、ドラゴンみたいなやつ......。どれもなんとか倒してきた。でも、肝心なところ帰る道がわからない。換金はさすがに、ダンジョンから帰ってあの教会まで辿り着かなあかんよなぁ......。


「来た道さえ分かればええんやけど......」


1人寂しく呟いていると、左腕についていた水晶が光りだした。


【キノ】『あの......』


ここに初めて来た以来の他探索者の声。俺は少し安堵した。可愛げの中に、凛とした静けさがある声色だ。......女の子か? この際誰でも良い。話の分かるやつなら助かる。


「おう。探索者の真央人や。この辺にいるんか? つっても、俺もどこまで来てるんか検討つかんけど」


【キノ】『マオトさん......。少し、そこで待ってもらえますか?」


 女性の声に従い、俺はこの場所で待つことにした。暗闇で、まともな照明も所々にある柱や壁に置かれた松明くらいや。そのゆらめきを追っていると、人影が見えてきた。人影がはっきりと見えると、そこには大きな鎌を持った背の高いお団子頭の女性がいた。


この雰囲気、前にどこかで......。それに、この声も聞き覚えがある。


「えらいもん持ってるな......。どこで買うたんや? ていうか、どこかで会うた?」


愛想笑いをすると、彼女は含み笑いを浮かべる。

そして、その鎌を愛おしそうに頬ずりしながら答える。


「先に道具屋へ寄って買いました。 ああ、恩人にこんなに早く会えるなんて思わなかったです」


そう言うと、彼女はじっとりとこちらを見つめる。やっぱ、さっきスライムに襲われた背の高い女の子か!! 


「よかった。あんた、きのっていうんか。 さっきは悪かったな。 ほんで、なんか用か? パーティ組んでくれって言うんやったら、さっきも言うたけど......」


ふと見ると、女の子が下をうつむいて震えていた。

あかん、ミスったか? 冷や汗が流れ始める。

女性は、きょとんとした面持ちでこちらに近づく。


「パーティーだなんて、恐れ多いです。私はあなたを殺しに来たんですから」


「は?」


唐突な彼女の低くくぐもった声と不気味な言葉に困惑していると、彼女はすでに大きな鎌を振り下ろさんとしていた。俺はもちろん、何も持っていない。あるのは魔法の知識が少しと言うくらいだ。俺は、すぐに身をかわした。


「おい、いきなりなんやねん! 恩を仇で返す気か!?」


「だって、あんなに優しくしてくれたの始めてだもん。 そんな人、永遠に私のものにしたいじゃない!!」


俺の身体が固まった。その隙に彼女が俺に近づいてくる。そして、俺の頬に手を沿わせ、ペットを愛でるかのような目で撫でていく。その手は冷たく愛など一切感じない。一方的や、こんなの......。


「はぁ?」


「私は、私の好きなものを壊したいの。そして、永遠のモノとする。 ずっと、そうやって生きて来た。だから、あなたの命を私にちょうだい?」


彼女はまたも鎌を構えた。その刃は松明の揺らめきに沿ってゆらゆらと光る。

そういえば、ここへ来る前に運営が気になること言ってたな......。もしかして、こいつバイトで来たやつじゃないのか?


「もしかしてあんた、死刑囚ってやつか!?」


「時代がそうさせただけよ。私は悪くない!!」


そう言うと、またも彼女は鎌を振りかざし俺を殺そうとしてくる。

このままでは埒があかん! ここは、魔法でもブチかますしかない!


「くらえや! メラメラ!」


炎が勢いよく俺の手のひらから放射されていく。彼女は鎌をくるくると回し、その炎の勢いを相殺してこちらへ進んでいく。中々手練れたもんや。いや、感心してる場合やないな!?


「魔法、使えるんだ......。やっぱり、マオトくんはすごいね! 最高だわ!」


振りかざされる湾曲した刃は背中を反らした俺の真上を横切っていく。

向き直り、俺は地面に手をついて彼女を睨みつける。


「さっき会ったばっかやろが! 好感度バグっとんか!? だいたい、お前の名前も知らん!」


「水晶で見たでしょ? 私のすべてを......。知ってるくせに! でもいいわ、教えてあげる。私は愛原キノ。12月26日生まれのやぎ座。そして、あなたは9月1日のおとめ座......。そうでしょ」


「......」


当たってる......。水晶からそんなプライベートなことも筒抜けなんかいな......。

そうだとして、それがなんやっていうねん。


「それがなんだって顔してるわね。私達、とても相性がいいのよ。そんなの、運命だと思わない? こんな知らない場所で、唐突に現れた人よ? 私なら、そんな人運命を越えて永遠を感じるわ。だから、私のものにする。それが私の願い。ゆくゆくはこのダンジョンも私のものにする。だから、あなたも大人しく、私のものになって?」


愛原の恍惚とした表情が、松明の火の光に揺れて蠱惑的に映る。俺の身体から冷や汗が止まらない。このままでは、こいつに殺される! こいつは、どんな手段でも俺を殺す。そういう目をしている......!


「俺は物とちゃう! けど、ダンジョンを自分のもんにするっていう野心は、素直に尊敬するけどな......」


「そう言ってくれると思ったわ! じゃあ、一思いに殺してあげる!」


鎌が振り下ろされんとする瞬間、ダンジョンの床から地鳴りが響き渡り彼女の手がピタリと止まる。た、助かった......。地鳴りのする方を俺達は見つめると、海から飛び上がるように魚影が俺達の間に割り込んできた。その魚影は、大きく口にはいくつもの牙、シャープなヒレ......。いや、ここ水ないけど?


「な、なんや? さ、サメ?」


「ダンジョンシャーク......。マオトくんとの戦いを邪魔しないで!!」


ダンジョンシャーク? 名前まんまやな、てかなんやねん! ダンジョンシャークって! 普通に言うてるけど! ダンジョンシャークとやらの背びれは今だ俺達の経っているこのダンジョンの大地を泳いで俺達を食うチャンスを狙っているようだ。


「おい、なんなんやこのダンジョンシャークってのは!」


俺は彼女と背中合わせになるようにぴったりとくっつこうとした。すると、彼女がすぐに離れてしまう。


「え? え、なに?」


今までの低めの声色は消え去り、甲高く困惑したような口ぶりだった。すると、彼女の背後からサメの大きく開いた口が迫り来ていた。俺は彼女をその場から引き離し、両手を広げた。


「ジャバジャバ! なんか出ろ! 水とか!!」


俺の声に答えてくれたのか、ぽわんという音が聞こえて来たと同時に両手から水柱が勢いよく噴出されていった。その水柱がサメの顔面に直撃して、サメはひるんでまた地面に潜っていった。


「あ、ありがとう......。でも、どうして」


「目の前でサメのエサやりショーを見ろってか? 趣味悪い」


「で、でも私は......」


「ああ、もううるさいな。少しはこの状況を打破する案の一つくらい、考えてくれ!」


にしてもあのサメ、全然襲ってくる気配ないやんけ。それなら、今動くのがチャンスか? 俺は、じりじりと足音を消しながらサメから遠ざかっていく。それから、彼女の方を向いて、ついてくるよう身振り手振りで指示した。彼女は意外にも素直で、俺から離れずついてくる。というか、かなり近い。


「自分、さっきと違ってずいぶん積極的やな......」


「そ、そう? そんなこと、ないと思うけど......。あ、あれ!!」


突如サメは、こちらに気付いて方向転換して近づき始めた。

クソ、ここまでか!!


「走れ!!」


「はい!」


彼女の手を取り、俺はサメから逃げ出してさらに奥へと洞窟へ入っていった。対策がないからじゃない。余計な戦いを避けたいだけや。それでも、サメはこちらを逃してはくれないらしい。

それなら、こっちも考えがあるわ!


「下がってろ」


「ダンジョンシャークは炎に耐性があるわ。やるなら雷属性よ。頭のあたりをよく狙って」


「わかった......」


人一人入れるくらいの大きさの洞窟に、俺はサメに誘い込まれた。いや、こっちが誘い込んだということにしておこう。俺は愛原を後ろに下がらせ、こちらへ向かうサメが顔を出してくる瞬間を狙い定める。背びれがどんどん上がってきた。サメの背中が見えてきた。 ......。顔が少し見えてきた! 今や!


「それ、ビリビリや!!」


ぽわんという音と共に、手のひらからバチバチという音と光が走りだした。その光はサメの頭に見事直撃。サメが地面から打ちあがり、その青黒い体色は灰色に変わり砂となって消えていく。残ったのは、アイテムであるサメの歯とヒレ。


「お、ダンジョンのレベルめっちゃあがるやん? レベル15になったわ」


「私はレベル10......。 やっぱり、すごいね。マオトくんは」


「いや、アドバイザーがよかったんや。ありがとう」


俺が手を挙げると、彼女は少し照れ臭そうにハイタッチしてくれた。案外普通な子やんけ。自分を殺そうとしてきたのが嘘みたいや。


「嬉しいな。殺したくなっちゃう」


前言撤回。......。ただ、危機は脱したものの道に迷ってるのは変わってない。なにか、道しるべとか大ボス倒した時に出てくるポータルとかないもんか?


「殺すのは後にしてもろて......。まずはダンジョンの受付まで戻る方法を見つけよう。サメのヒレとか武器にできそうやし」


「そうね......。ただ、地図も渡されてないっていうのに、どうやって帰るっていうの? 私ももう帰り道わからないし......。」


俺も地図があったら苦労してない。彼女さえ道を覚えてたらよかったけど、簡単に戻れそうにないな......。こうなったらやけや! より深くまで行ったれ!


「せやな。 もう、元の道もわからんしもう少し奥に行ってみよか」


「わかりました! じゃ、それまでお楽しみはおあずけってことね」


「そうしてくれると助かる」


速く帰る方法見つけてこいつとおさらばしたい!

こんなん、命がいくつあっても足りひんで!?

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