第6話 今日は狼の気分
「――ん、んうぅ......」
目が覚めた。
今日は何でかわからないけどやけに体が重い。いや、体じゃなくて頭も重い。
部屋は少しひんやりしてて布団から出たくない。
ベッドから起き上がるのも一苦労。
「......」
まるで昔大泣きしたときみたいに精神的にどっと疲れが出てるみたいだった。
――あれ、なんでほっぺが濡れてるの?
「......えっ、あれ?なんで?」
――なんで、私は泣いてるの?
本当に、私は泣いていた。悲しくもないのに、目からぽろぽろと涙が少しずつ頬を垂れていた。
「怖い夢を......。いや、夢なんて見てないのに......」
不思議。どうして本当に何もないのに私は泣いているんだろう。
体調が悪いのかと思ったけど、気づけば体はさっきと比べてだいぶ楽になっていた。
本当に、何から何までわからない。
「スマホスマホ......。うわっ、すごい通知が来てる......って、あぁ!?」
一瞬で頭が冴えた。
時計を見ると、とっくに集合時間の八時が過ぎていて今は九時に差し掛かろうとしていた。このことが意味することと言えば――。
――こ、これはマズいよ!まさかまさか、私のお寝坊さん!?
「あー!どうしよどうしよ!と、とりあえず連絡しないとだよね......あっ」
まるで示し合わせたようにスマホに電話の着信音が鳴り響いた。
電話の送り主は、当然古谷からだった。
ベッドの上をごろんごろん。落ち着きなく転がるしかなかった。
「うぅ......古谷になんて言われるかなぁ。でも出ないといけないし......あぁ、もうどうにでもなっちゃえ!えいっ!」
古谷にどんなことを言われてもいい覚悟と共に通話ボタンを勢いよく押してみた。
「も、もしもし......古谷?」
スピーカーモードにして、ベッドの上に置いたスマホに話しかける。
「あっ、やっと繋がった」
すると古谷の低い声が聞こえた。
「あっ、あの......」
「おい、有佐!今家にいるのか?大丈夫か!?」
「えっ――あっ、うん。そうだよ、家に......」
怒るわけでも、私の寝坊を言及するわけでもなく、私の予想に反して古谷はどこか焦った様子で通話に出た。
「あぁ、そうか。はぁ、それならよかった。今そっちら辺に向かってる。有佐もいろいろ準備があるだろうから、とりあえず十時くらいにハイハイの正門前で待ってる」
古谷も何だか慌てていたようで、早口でそう言ってきた。
「あっ、うん。わかった。――あと、えーと、その......寝坊しちゃってごめんなさい。せっかくの取材の日なのに」
前日に下校前の古谷に対して寝坊しないようにと言ったのに、寝坊してしまった自分がどうしようもなく恥ずかしいし、古谷に対してどうしようもないくらいの申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「まぁ、お前が来ない理由が寝坊でよかった。てっきりどこかで誰かにさらわれたりでもしたんかと心配してた」
「えっ?」
――私が、誰かにさらわれる?
「ふっ、ふふ。あはっ、あはははっ」
「えーと、そんなに変なこと言ったか?俺」
「いやいや、ちょっと想像しただけだよ。さらわれた私を追いかけてくれる古谷の姿を。そしたらちょっと面白くって......ふふっ」
駄目だ、なんだかツボっちゃった。古谷には申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに、急に面白いことを言うから余計に笑っちゃう。
でも古谷が私のことを心配してくれていたのがやっぱり嬉しかった。
「そんなこと言ってるけど、お前は寝坊してる立場なんだからな」
「あっ、そうなんだよそうなんだよ。急がなくっちゃ、ごめんね」
早くしないとまた古谷を待たせることになっちゃう。家から学校まではだいたい十分くらいかかるから、あと一時間くらいで準備しないと。
「まぁ、別に急がなくてもいいよ。今日はカラオケに行こうと思っていたけど、やっぱり予定変更。図書館に行ってみよう」
「図書館?」
「そう」
――図書館って言うと、あの本がたくさん置かれてる場所以外ないよね?
カラオケから、図書館。随分と取材場所のチョイスが変わったような気もするけど、何だか今は賑やかな場所よりも静かな場所にいたい気分。だから丁度いいかも。
「市役所前にある市立図書館ってわかるかな?」
「あぁ、あの広場の前の綺麗な建物のこと?」
「そうそう。お前はこっち側にあまり行く用もなさそうだから行ったことないだろ?」
「そうだね」
市立図書館がある建物はここから川を挟んだ向こう側、ハイハイは私の家側にあるからあまり市街地の方に行くことはなかった。
「それで、図書館で何をするの?あ、取材なのはわかってるけどさ」
「そうだな、今日は有佐に新しい楽しさを教えようかと。取材のついでにな」
「おぉ、新しい楽しさ!」
――新しい楽しさってどんなことなんだろう?でも、もしかして図書館ってことは読書の楽しさってことなのかな?そうなるとちょっと楽しめるかどうかわからないけど。
「なにも読書の楽しさを伝えるわけじゃないから安心しろ。有佐が本を読むのが苦手なのはわかってるから」
まるで心が見透かされているように、古谷はそう言ってみせた。
「えっ、もしかして私心の声が漏れてた?どうして私が考えてたことがわかったの?」
「えーと、そうだなぁ......。取材相手のことだから、事前調べでいろいろ知ってるから?」
「はぁ、そうなんだ」
古谷は前から私がどんな人間なのかを最初から見透かしてるような言動を私に見せてくる。
今までこんな人、親含めて誰一人としていなかった。みんな私のことを見た目から判断して、勝手に想像した有佐途乃香という人物像を押し付けてくるのだから。
「それじゃあ繰り返しになるけど、十時くらいに正門で待ってるからな」
「うん、わかった。なるべくすぐ行くね」
「急いで転んだりするなよ。それじゃあ」
「うん、また後でね」
そう言って私は通話終了のボタンを押した。
「はぁ......」
古谷は怒るわけでもなく、私のことを心配していた。なんだか余計に申し訳なくなっちゃうなぁ。
でも、寝坊しないようにアラームを二重にかけておいたのに、どうして私は起きれなかったんだろう。いつもは絶対アラームで起きれるのに、それに昨日は十一時くらいには寝たはずなのに。
「あぁ、そんなことよりも早く準備しないと」
今日着る服は昨日決めていた狼パーカーと黒地のスキニーパンツ。他にもサメとか恐竜とかいろいろ候補があったけど、今はこれを着たい気分。
この狼パーカーのお気に入りの部分は何と言ってもこの耳と尻尾。特に尻尾は普通に垂らしておくと長くて邪魔だけど、先端に留め具が付いていて腰についてる留め具にくっつけるとウエストポーチみたいに使える。
それにフードが着脱式になっているから、私みたいな長い髪の毛の人でもフードと服の隙間から髪の毛を垂らしておけば、邪魔にならずにフードを被ることができる。
可愛いくてかっこいいだけじゃない、これらの生き物パーカーは利便性にも優れていた。
古谷が紹介してくれたあのブランドは、まさに私のために用意されたと言っても過言じゃないくらい私の性に合っていた。
「よし、今日は気合を入れておめかししないと」
顔を洗って、歯を磨いて、いつもより丁寧に髪を梳いて、編み込んだ後ろ髪の先端を青いリボンの髪飾りが付いたヘアゴムで結んで、髪形が風にさらされて崩れないようにあれこれして、お母さんに内緒でちょっとだけ化粧品を借りてナチュラルメイクをしてみて、よし。
人間から狼に、スウェットパジャマからスキニーパンツでぴっちりと。上半身はだぼっとしてるけど、下半身は大人のお姉さんみたいにスタイリッシュ。これも古谷が教えてくれた着こなし方なんだけど。
財布よし、スマホよし、家の鍵よし、衣装鏡に映ってる私よし。ちょっとお腹が空いたから野菜室にあった冷え冷えのキウイフルーツをぱくり。歯を磨いた後だったけどまぁいっか。
「時間は......。うん、丁度いいかも」
手元のスマホは九時四十五分辺りを指していた。
冷蔵庫から取り出したペットボトルの水をショルダーバッグに入れて、お気に入りの暗めの青いスニーカーを履いて、尻尾の中にスマホと財布と鍵があることを確認して、
「いってきまーす」
まだ午前中なのに誰もいない家にそう言って自転車と共に出て行った。
今日は曇り予報だったのに、空は眩しいくらいに晴れていた。
いつもだったらこんな日に図書館は少しもったいなと思うけど、今日ばかりはそうじゃなかった。
――なんだか、ゆっくりしたい気分だった。
「あっ、そういえば黒影ちゃんはどこに行ったんだろう」
いつもだったら私の部屋にいるはずなのに、今日は何故か姿が見当たらなかった。
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