第4話 本来の有佐途乃香らしい私

 ――えっ、どうしよう!古谷が古谷ちゃんになっちゃった!


 ちっちゃいし、古谷と違って愛くるしいし、女の子だし。何もかもが正反対になっていた。

 突然の出来事過ぎて何をどうすればいいのかわからず、


「あぁ......えぇと......」


 何だか正面から見ると狐というか子供の狼みたいに可愛い。って、そうじゃなくて――あれ!?今度は狼みたいな耳がちょんって生えてる!?なんで!?


「おっ、おお、おかしいよ古谷!」


 ――そう!おかしい!絶対におかしい!


「なっ!?どうしたのいきなり?おかしいのは有佐の方だよ。......ほんとに、どうしたの?」


「えっ、えぇ......?」


 もしかしてどうかしてるのは私の方だった?――あれ、そう言われればそうかもしれない。

 ――でも元の古谷は動物みたいな耳なんて......。あれ、待って。何だろう、この違和感。それ以上にもっと忘れちゃいけないものがあったような。

 思い出そうとしても空回るだけで、気味が悪くなってきた。


「うぅ......」


 ――目が回ってるような、気分がふわふわ浮いているような。落ち着こうとしても落ち着けないのは本当になんで?


「はぁ。具合が悪いなら、あそこの木陰のベンチで一度休憩でもする?」


「......」


 古谷が指さす方には絵に描いたような木のベンチと隣に自販機があった。


「う、うん。......ちょっと休憩したい、かな」


「まぁ、さっきから歩いてばっかりだったからね。あたしも少し喉が渇いた」


 先を行く古谷についていって、そのまま自販機の隣のベンチに腰を掛けた。

 ――あれ、なんで私は古谷を見てこんなに慌ててたんだろう。

 何もわからない自分がちょっと怖くなってきた。


「はぁ......」


 座ると少しだけ気分が落ち着いたような気がした。気がしただけで、まだまだ私の心は変にざわついていた。


「――はい、これ。飲んで」


「うっ、冷た!?」


「あはは。そんなに驚くことかな」


 ――びっくりしたぁ、もう。

 首筋が急に冷たくなったと思ったら古谷が私の首に缶ジュースを押し当てていた。


「ん、なにこれ?『山露』?」


「そう。あたしのお気に入りのジュース」


 古谷が渡してきたのは、自販機でよく見かけるけど一度も飲んだことのない緑色の缶のジュースだった。


「ねぇ、これって何味なの?」


「山露味」


「うーん、わかんない」


「まぁ飲んでみて。――んっ、んっ。ぷはぁ、やっぱこの味」


 隣に座った古谷は早速缶を開けて飲んでいた。

 古谷に言われるがまま、私も缶を開けてみた。

 カシュッ――と爽やかな音が鳴ると、何とも言えない甘い匂いが漂ってきた。案外嫌いじゃない、むしろ好きな部類の匂いだった。


「いただきます。――んっ」


 ――何だろう、この味。

 何味とも表現できない、山露味だった。でも案外すっきりしてて美味しい。炭酸もそこまで強くないし、飲みやすいジュースだった。


「意外と美味しいかも」


「でしょ?へへ。この美味しさに気付けるだなんて有佐は幸せだよ」


 隣の古谷が私を見上げてそう言った。


「ふふっ、幸せね」


 何だか同級生なのに妹みたいなんだよなぁ、古谷って。

 思わず守りたくなるっていうか、無理やり私がお姉さんにならなくちゃって思わされるような。

 気づけば片手を古谷の頭の上に置いていた。


「......ねぇ、なんであたしを撫でてるの?」


「......」


「......なんか喋ってよ。怖いよ」


 私と違って真っ黒で、私と同じサラサラで長い髪の毛。お花みたいな、お日様みたいな優しい匂いがする。

 私が撫でると古谷は撫でやすいように耳を少しだけぺたんと下げてくれる。内心まんざらでもないのに、こうして嫌そうなふりをするんだよね。


「可愛いね、古谷は。やっぱり妹みたい」


「ちょっ、別にそんなことを言ってっていう意味じゃなかったんだけど......。ていうか、あたしお姉ちゃんなんだけど。二つ下の妹がいるんだけど」


 目に見えてぷりぷり怒るところが可愛い。

 そういえば、古谷には妹がいたんだっけ。前に一度だけ会った時はびっくりしたんだよなぁ。だって私より背が高いんだもん、多分165cm以上はあったはず。

 でも一方でお姉ちゃんの方の古谷は149cmと小柄も小柄。いつも1cm盛って150って言ってるけど、本当は嘘ということを私は知っていた。


「えへへへへ、お姉ちゃんかぁ。そうですかそうですか」


 ――わしゃわしゃわしゃ。耳の付け根辺りの生え際をゆっくりと大振りに撫でまわす。


「あぁもう。......今日の有佐、少し変だよ」


「そうかなぁ?んー、そうなのかな?でも、そうなのかも」


 少し浮かれてるなぁって気持ちはあった。

 でも、それには訳があるんだなってことは自分でもわかっていた。取材だからとはいえ、古谷は私のことをよく見てくれていて、私が自然体でいられるようにあれこれ手を尽くしてくれた。

 これだけで、十分だった――はずなのに、どうして私はもっと別の何かを求めているんだろう。


「......あれ?」


 頭頂部に、少しの違和感を覚えた。

 何か、頭の先に感覚が通うような、いつもと音が違って聞こえてくるような。


「......なにこれ?」


 頭の先、触ってみると何かふわふわしたものが頭の上にのっかっていた。

 触ると少しくすぐったいし、つねるとちゃんと痛い。何か血が通っているもののようなしっかりとした存在感がある。


 ――あれ、これってもしかして......。


「ねぇ古谷」


「ん、どうした?」


「ここ。私の頭に何か付いてない?」


 頭の先に指を指す。


「何って、別に耳が付いているだけだけど?」


「......」


 ――あれ、耳?やっぱり?

 すぐにスマホを取り出して内カメを起動。そこに映っていたのは――。


「......わぁ、耳だ」


 古谷と全く同じ、犬のような、狼のような長くはないけどしっかりした耳がいつの間にか生えていた。


「おぉ......」


 それは私が力を入れると向きをひょいっと変えて、ペタンと下がったり、ピンッと縦に伸びたりしていた。

 何だかいつもより遠くの音が聞こえるような、音が聞こえてくる位置が違うような。でも人間の耳はあるし、それ以外は特に変わったところはなかった。


「古谷とお揃いだ」


「ん?別に前からそうだったじゃん」


「あれ、でもそっか」


 ――何だか嬉しいなぁ、古谷とお揃いになれて。いや、お揃いでよかった?あれ?また変な感覚が。

 ――まぁ、いっか。

 そんなことよりも、すっかり気分はよくなってきた。ここに座る前の私は何に動揺していたんだろう?別に、変なことも何も起きてないのに。


「私、もう元気になったから行こう。ジュースありがとね」


 勢いよく立ち上がって、空き缶をゴミ箱にぽんと投げ捨てた。


「いいよ。でも、フードコートに着いたらあたしにジュースを奢ること」


「はいはい」


 今日はなんだか体の調子がいい日。雲の少ない晴天に、ちょっと涼しい優しい風。いつもと違った風景だけど、気づけば完全に色付いていて目に映るものが新鮮に見えていた。

 この場所は私と古谷だけに用意されたと言っても間違いじゃないかも。

 誰一人として私を縛る存在もいなければ、逆にこの場所全てが私と古谷の取材に協力してくれている。そう思わせてくれるほど、この場所は気持ちが良かった。


「――ねぇ、古谷。今の私ってどんなキャラクターになってる?」


 私の後ろをとぼとぼと歩いている古谷に振り返ってそう聞いてみた。


「それさっきも聞いてきたようなぁ......。まぁ、そうだね。ある意味、本来の有佐途乃香ってキャラだね」


「あはは。さっきも聞いたから同じように答えるよね」




「うん。――本来の、人から自身に向けられた欲望羨望失望嫉妬を力として吸収して、その力で周囲を思いのままに改稿していくキャラだね」




「..................え?」




 理解できそうで、できない、不思議なことを言う古谷の眼差しが私の心を突き刺した。

 考えることも、口を開くこともできないまま、私はただ古谷を見つめるばかりだった。


「......」


 ――その後ろ、一瞬の瞬きにも満たない時間、黒影ちゃんが私を笑って見ていたような気がした。

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