第四話

 私には、わからない。

 誰かが死んで、死んで、死んで。何に役立つの? 自分が恨みを持っている人間ならまだしも、名前も知らない沢山の人を無作為に攻撃して、自分になんの得があるっていうの?

 わからない。


 あの日から何年かたって、私はまた歩けるようになった。でも、声は戻ってこない。

 気づいたら、家にいた。お父さんとお母さんは、私が起きたことに気づくと泣き出した。両親の傷一つついていない顔が、羨ましかった。

「お前が生きてて、よかった……!」

 私は生きていてよかったのですか?

「ずっと心配してたんだからね」

 私より死んだお姉ちゃんのことを想ってください。

 伝えたい言葉が山ほどあるのに、声が出ない。


 お母さんと散歩した。

 私の知らない風景が広がっていた。

 新しいビルを作るための工事がされていたり、よくわからないモニュメントがあったり。

「これ? これはね、……あの時の惨状を、後世に伝えるためのモニュメントなのよ」

 お母さんはそう説明した。あの時のことなんて、思い出したくもないのに。友達もみんな焼き尽くされた。そんなもの、つくらなくていいのに。核兵器なんて知らない人ばかり溢れる世界になればいいのに。

 周りを歩く人が、私の顔を見てひっと声を上げた。そんなにこの火傷が恐いか。

 家に帰って、鏡を見た。ずっと自分の顔を見ていなかったから、想像以上にひどい姿になっていた。


「いいよ、似合ってる」

 私を飾るのは、きらびやかな振袖。成人式に行くのだ。

 でも、見知った顔はほとんどなかった。それもそうだ。みんな、死んでしまったのだから。

 腕の火傷は隠れるけれど、顔はどうしようもない。こんな姿を写真に残すのかと思うと、気乗りしない。


 疲れたのか、家に帰った途端にふっと力が抜けて倒れてしまった。

 どれだけ眠っていたのか知らないけれど、起きた瞬間、とてつもない頭痛が襲ってきた。

 こんな感覚、久しぶりだ。

 いつ死ぬかわからない緊迫感の中に、得体のしれない冷静さが入り混じっている。

 また、あの日常が戻るのだろうか。起きては寝、起きては寝。その繰り返し。


 私の予感は当たった。

 容態が急変したのだ。今までは平気だったのに。

「大丈夫か、大丈夫か」

 毎日のように浴びせられるその言葉も、だんだんとぼんやりとしていくようだった。

 お父さんが何か言っている。聞こえない。そう伝えたいのに。口から出るのは言葉ではなく、血だけだった。

 家に医者が来て、聴診器やら何やらを使って私の体を調べた。

 医者が何を言っていたのかはわからなかった。ただ、首を横に振ったことだけはわかった。

 私の顔を覗き込むお母さんの顔も、次第に見えなくなっていった。


 ああ……。

 やっと、死ねるんだなあ。

 私が死んだら、ちゃんとそれを後世に伝えてくれる?

 あんなモニュメントなんか作るんだったら、私のことも伝えてよ。

 核兵器をここに落とした誰かさん。私、死ぬよ。喜んでくれる?


 死ねば、春陽くんにも会えるんだね。

 春陽くん、私もそこに行――。

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八月六日、またあの日 emakaw @emakaw

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