灯りともす日

水崎雪奈

第1話 転移魔法

 晴天の青い空の下、一面緑色の草原に雷のような一つの眩い光が見え、その直後、「ドン!」という大きな音が鳴り響いた。


「っ、いったぁ」


 上空から落ちてきてしまったのか、想像以上のダメージに口から声が漏れ、私は涙目になる。


 そして、思いっきり尻餅をついたことに気づいた私は、ぶつけた箇所を撫でつつゆっくりと視界を上げた。


「…青い、空。それに、一面の野原…?」


 周りを見渡せば、そこは大自然。そして、遠くには城壁らしきものがある。


 ここは都市から離れた草原と裏手に森がある地形であるらしい。私はそれを認識して、近くにいる黒猫に声をかけた。


「クロ、起きて。ちゃんと転移できたっぽいよ」


「…んあ?」


 寝ていた猫は体を起こしつつ、そんな声を出す。


「寝ぼけないで。…景色、凄くいいよ。後、これは成功って言ってもいいんじゃないかな」


 腕をめいいっぱい広げて、私はそう猫のクロにそう言った。そして、クロの方を見てニコッと笑う。


「…あぁ、そうっぽいな。この空気は前いたところでは味わっていない。…とはいえ、国が違うだけという可能性もあるが…」


 体を起こしたクロは周りを見渡しつつ、私の言葉にそう返してくれる。


 そんな私とクロは主従関係にある。というよりは、私がクロの召喚士ってところかな。とは言え、敬語を使うことはないし、お互いに心の許した友人関係みたいな存在。


 …さて、改めまして自己紹介。私の名前は、ルーチェ。家名は多分あるだろうけど私は知らない。そんな私の家はどうやら召喚士と呼ばれる人が生まれる家らしく、私も召喚士としての才能は期待されていた。


 まぁ、結局その期待に応えられず、今は家出してきたところなんだけどね。


「確かに、その可能性はあるかも。国の外になんか一回も出たことないし、なんならあの領地からも出てないもんね」


 クロの言葉に頷きつつ、私はそんなことを言う。出たことはないし、出させてもらったこともない。…私は誰にも認知してもらってないため、こうして家出しても影響はない。


「となると、まずは確認からかな」


「そうなるな。…あるじ、あの街まで行くのが1番いいと思うぞ」


 私の提案に対して、クロはそう言ってくる。


 家から出るために転移魔法を使ったんだけど、一応別世界に飛べるように改良したやつなんだよね。これで同じ世界にいて聞き馴染みのある国名とかあったら泣くしかないかも。


「ふむふむ。…で、歩いていく?」


「だるいから却下で」


「だよねー。使うね、魔法」


 その気はないだろうと聞いたけど、本当にそうする気は無いらしい。私はそんなクロを抱き抱えると、魔法を一つ使った。


「〈フライ〉」


 移動魔法もあるけど、距離感が分からない以上使えない。となると飛行魔法が一番なんだよね。あ、ちなみに詠唱は無くても魔法って使えるんだ。まぁ、詠唱した方が正確に使えるから、無詠唱の人はいないと思うけどね。


 そんなことを思いながら、ふわっと体が持ち上がり、私はそのまま森の上まで出て街の近くの怪しまれない付近まで飛んでいく。


「…使いやすい…かも」


 ゆっくりと森を抜け、低空飛行に変更しつつ私はそうつぶやいた。


「そうなのか?」


「うん。動きやすいし、魔力の循環もいい気がする。気のせい、かな」


「主がそう思うなら気のせいではないとは思うが」


「そっか。あ、着くね。バレないように手前で降りた方がいいだろうから、ちょっと調整いるかな…」


 城壁に門があることを確認し、一応念の為門番に視認されないところで私は着地する。


 にしても、使いやすい。というか、飛行ってこんなに動きやすいんだ。良いな、これ。


「…よし、行こうか」


「あぁ。…ところで主、どういう理由を付けていくつもりなんだ?」


「え?普通に行こうと思ったけど。ダメかな?」


 門番に会いに行こうとしたところで、私はクロにそう言われて足を止める。


「いや、この世界にどれだけ魔法が浸透しているのかが分からないだろ。それに、世界をまたぐ転移魔法を使ったんだ。目を付けられるのは嫌だろ」


 低い声でクロは諭すようにそう言ってきた。確かに、世界をまたごうと魔法使ったもんね。転生、死者蘇生と同じく禁忌の一つに加われてるって話は聞いたし…。


 そうなると、バレるのだけは勘弁願いたい、か…。


「…目は付けられたくないかも。でも、どう言ったらいいかな」


「んー、田舎から出てきたって言っていいかもな。実際、異世界の町なんて誰も知らない田舎になるだろうし」


 理由づけについて、私はクロとすり合わせを行うことにする。認識のずれが発生しちゃうと、怪しまれたりする可能性があるから。


「田舎から来た。って言っても、その出てきた理由はどうする?」


「…ここは結構大きめの都市、だよな?」


「多分…?」


 少し遠くに見える城壁の方を見ながら、クロはそう言ってくる。


 私はそんなクロの言葉に首を傾げ、そう返した。


「なら、どうとでもなるか。主、理由を聞かれたら世界を見たくて旅してるって答えていいと思う」


 クロは一瞬何か考える素振りを見せた後、そう私に言ってきた。


 私としては別にクロの意見に反対する理由がないから、その提案に首を縦に振る。


「旅人ってことね。分かった」


「大体怪しまれても乗り越えられると思うしな」


「だといいけどねー」


 決まったところでクロを抱き抱え、私は門番の元へと歩いていく。


 クロを見せたほうがいいだろうし、歩こうとしてる感じはなかったからね。面倒くさいけど。


「こんにちはー」


 門番の前に辿り着くと、私はニコニコと笑みを浮かべ、挨拶をしてみる。


「こんにちは」


「…」


 2人いる門番のうち、明るい感じの雰囲気の人が私に目線を合わせて挨拶を返してくれる。しかし、強面の人の方は何も言わず、ただ私とクロの方をじっと見ているだけ。


 少し嫌ではあるけど、警戒されても仕方ない。


「何の用事かな?この街の子?」


「…旅してここまで来ました」


 怪しまれてる。きっと出入りの関門があるんだろうな。そして、こんな子どもは見てはいないってことでしょう。


「旅?へー、こんな小さい子がね」


「珍しい…ですか?」


 早速作った理由を活用していく。ていうか、私そんな小さくないもん。召喚獣と一緒にいるし、基礎系の魔法は一通り覚えたよ。


「うん。旅人は珍しくないけどね。それで、この街に入りたいってことでいい?」


「はい」


 聞き方が一つ一つ優しい彼に少し心を許しつつ、私は頷いた。


「分かった。それじゃあ、身分証って持ってる?」


 身分証…。前の世界のやつは使ったらダメだよね。持ってないけども。


「…ないです」


 売れる物は話の通じるメイドから貰ってるし、換金することはできるけど、身分証発行に幾らぐらいかかるのかな。


「なるほどね。それじゃあ、この板に右手を乗せてくれる?その後にその猫ちゃんにもやってもらうね」


「この上に…ですか?」


「うん。大丈夫だよ、怪しいものではないから」


 いや、疑ってるのはそっちではないんだけど。


 門番に出された木の板の上に、おそるおそる指示通りに右手を乗せる。クロもやってもらえるみたいだから、これで街中でもクロといれるね。


 そして、おそらくこれはステータスを読み取る機械みたいなものなんだと思う。とはいえ、仮発行のものなら、簡易的なものなんだろう。


「…なるほどね。はい、これ仮発行の身分証代わりになるやつだから、無くさないでね」


「ありがとうございます」


「それじゃあ、猫ちゃんもお願いできるかな」


 カードを受け取り、クロを板に近づけて触れてもらう。


 …というか、クロが一言も発さないけど。もしかして、喋ると怪しまれるって思ってるのかな。


「ありがとう。召喚獣って出たから契約してるのかな?」


「はい。この子は相棒です」


「なら、この首輪付けてもらえるかな。これで警戒されることないし、一緒にいても問題ないから。…後、猫ちゃんは喋ってもいいからね」


 クロの結果を見て、そう言ってくる。ふーん、なるほどね。クロ、バレてるじゃん。


 首輪を受け取り、私はクロに手を借りつつ、付けてみる。黒い体に白い首輪がよく映える。そしてネームタグがあり、クロの名前が印字されていた。


「ありがとうございます。似合うよ、クロ」


「…ならいい。で、これは無料なのか?」


 喋ってもいいため、私はクロにそう聞いてみる。なんとなく嫌そうにしてるのは、こういうの付けたことないからかな?


 テンションが低いクロはそのまま、門番にそう聞く。そう言えば、仮発行ってことはどこかで正式な身分証を発行してもらう必要があるよね。後で聞こう。


「うん。そうだよ。あ、首輪もそのカードも仮の物だから、1週間以内に正式な証明書を発行してもらってね。1番手っ取り早いのはギルドでの登録かな。君の場合、猫ちゃんもいるから」


「ギルドの登録…?」


 聞こうと思っていたことを先回りされ、私は少し驚く。しかし、そのことを顔には出さず、私はそう聞き返した。


「冒険者ギルドだね、正式名称は。そこなら、仕事もできるし、どの街言っても問題ないからね。…でも、君たちは旅してるわけだから、知ってはいるかな?」


「知らないな。魔物を狩ってそれを売る生活をしていたんだ」


 門番の鋭い一言に対し、私よりも先にクロが返してくれる。聞き返したのはこっちだけど、墓穴掘りそうになったんだ。危ない…。


「そのギルドなら、仕事が貰えるってことか」


「そうそう。あ、そっか。君の年齢的に出来なかったのかな、出てきた時。確か、10歳以上だったはずだから」


「そうですね」


 クロの綺麗なカバーにより、深く言及されるどころか勘違いしてくれる。私もクロのカバーに乗っかり、そう言ってクロの方をちらっと見た。


 とは言え流石にまずいとクロも感じたのか、クロの爪が私の腕に食い込んでいる。力は弱いけど、離してくれそうにないから、ダメージがどんどん蓄積されていってる。


「じゃあ、もう行けると思うし登録しとくといいよ。…長い間足止めしてごめんね。…ようこそ、世界一の都市、プリミエールへ。君たちにとって居心地のいい街であることを祈るよ」


 説明を終えた門番はそう言ってくれる。プリミエール、か。聞いたことはない。調べなきゃいけないけど、これは期待できるかも。とりあえず、私のいた国ではないはず。


「ありがとうございました」


「説明助かった。…行こうか、主」


「うん、そうだね」


 門番に挨拶を済ませ、私たちは大きい門をくぐり、中に入る。


 そして、最初に見えた景色に私たちは思わず声がこぼれた。


「…ふわぁ…!え、すごいすごい!流石、世界一の街だね」


「あ、あぁ。ここまでの活気だとは思わなかったが、あの厳重な警備もこの賑やかさを見れば納得がいくな」


 街に入ってすぐ目に入るのは、カラフルな屋根とそこに群がる大勢の人。中には、耳が生えてるような人もいる。種族の違いかな。


 それから、いい匂いがしてくる。もしかして、露店っていうやつかも。本でしか見たことないけど、こんな賑やかなんだ。


「露店があるってことはお祭りかなぁ。クロ、どう思う?」


「多分違うだろうな。毎日出ているんだろう」


「そっか」


 露店はお祭りの日に出てくるもので、別名・屋台だっけ。結構特別なものだって本で見たけど、ここだと特別なものではなく、日常生活に馴染んでいるものって感じかな。


「…お金換金するところってどこにあるかな」


「早速買い物でもするのか?」


「ううん。身分証発行のために、必要になるのかなって」


 とりあえず換金しないといけないんだけど、そのことをクロに聞くとそう質問される。私はそれを否定して、身分証を発行したいと伝えた。


「確かに、仮は無料でも正式なものは有料の可能性はあるか」


「そうそう。ま、その後に買い物してみたいけど」


「…一瞬でも感心した俺の気持ちを返してくれ」


 クロが納得したところで買い物をしたいことを言うと、クロから抗議が出てしまった。…だって、こうして外に出れたんだからやりたくなるじゃんか。


 その文句は飲み込んで、私とクロは街中へと足を進める。目的地は換金できるところか、勧められた冒険者ギルド。街の人に聞いてもいいんだけど、散策も兼ねているから、あえて聞かずに歩く。


「何となくではあるが、交流しやすい雰囲気があるな」


 抱きかかえたままなため、私の方を見上げてクロがそう言ってくる。


「確かにそうだねー。良い街っぽい」


 クロの感想に私は頷く。よそ者であっても、気にかけてくれるような感じがある。これなら、何かあった時に助けてくれそう。


「家に比べたら何倍もマシ、だろうな。…主、あそこがギルドっぽいぞ」


「ん?」


 露店の並ぶ通りから少し外れた通りに入ったタイミングで、私はクロに言われて足を止めた。クロが指をさす先には、大きめの建物があり、看板がかかっている。


 私たちのいたところと文字に変化はないのか、その看板の文字を私は読むことができた。


「冒険者、ギルド。あ、本当だ。結構大きいんだね。4階建てかな?」


「そんな感じはするな。で、入ってみるのか?」


「うん。だって、身分証作らなきゃだし。それに、お金を稼ぐ手段は無いと生活できなくなっちゃうでしょ」


 冒険者ギルド。依頼を受け付けていますって書いてあるから、これがギルドの人たちの仕事ってことなのかな。それに、玄関の方はすごくにぎやかで、色々な人が集まっているのが伝わってくる。


 そんな状況に思わず足がすくんでしまい、私は身動きが取れなくなる。そのことに気付いたのか、クロが見上げて聞いてくれた。…怖いけど、行かないと。


「それはそうだが、他にも稼ぐ手段はあるだろう。ここにこだわらなくても…」


「うーん、それはそうなんだけどね。ま、その仕事を見つけるまでの繋ぎでやってもいいと思うんだ。…さ、行こうか。クロ」


 何言っても不安が付きまとうけど、それを押し隠し、私はクロにそう言った。ニコッと、笑みを浮かべて。


「…はぁ。無理してるわけではないならいいんだが」


「うんうん。大丈夫だよー」


 クロを抱き直し、私は開きっぱなしになっているドアから中に一歩足を踏み入れる。


 そのまま、受付のところまで歩いて行く。その時、周りから視線を感じるけど、今はとりあえずスルーをしよう。


「――すみませーん、登録したいんですけど」


 登録と書かれている受付に行き、お姉さんにそう声をかけた。


 とはいえ周りがガヤガヤしててうるさいため、少し声を張る。


「登録ですね。かしこまりました」


 私に向いている視線はお姉さんも気づいているはずだけど、スルーして対応してくれる。神対応です、お姉さん。


 とはいえ、めちゃくちゃに気になるんだけどね。


「それでは、まずこの板に手を乗せてください」


「分かりました」


 机の下からお姉さんは大きな木の板を取り出し、机の上に乗せる。そして、そう案内してくれる。


 その木の板は門で見た物より大きい。きっとこっちの方で詳しくステータスが見えるのかな。


「…反応無いか?」


 スッと手を乗せても、さっきと違いこの木の板は反応を示さない。その様子を見て、小さな声でクロが聞いてくる。私は声を出さずにバレないように小さく頷いた。


「…ごめんね、もう一度置いてくれるかな」


「あ、はい。こうですか?」


「ありがとう。…うん、読み取れたかな」


 …あれ、今お姉さん口調変わった?ま、まぁいいか。読み取ってくれたっぽいし。


「…はい、こちらがステータスになります」


 木の板に映っているステータスをお姉さんは見せてくれる。そこには、ルーチェという名前と種族、それから年齢など、必要なステータスが表示されていた。


 種族は人間。そして、年齢は15歳。あれ、もう15歳になるんだ。そういえば、仮発行の身分証にも年齢が書かれていたっけ。後、使える魔法の属性、それからきっとこれから活躍すれば貰えるであろう[称号]という欄が用意されている。今は何もないからなのか、空白になっているんだけど。


「あ、クロの名前も入っているね。その他の欄の所。良かった、ちゃんと契約できてたんだね」


「それは当然だろ」


「そっか」


 属性については色々と使えているのもあって、[火、水、氷、風、土、光、闇]が載っている。それよりも、ちゃんとクロが契約獣ってなってるのが嬉しいかも。召喚士って書いてあるし、一応召喚士としては認められていたのかな。


「それでは登録の手続きを進めますので、こちらについてきてもらえますか?」


「…?あ、はい。分かりました」


 ここで済むわけではないらしく、私とクロはお姉さんの後をついていく。お姉さんは建物の奥の方へと歩いて行き、やがて一つのドアが視界に入った。


「…説明が遅れましたが、ギルドに入る前に、実力を測る必要があります。それに、前衛、後衛。それからどういった戦いが得意なのかも把握するため、ここで試験官の方との手合わせをお願いしています」


 ドアの前に立ち、お姉さんはそう説明をしてくれる。なるほど、実力測定ってことか。


 色んな依頼を引き受ける冒険者ギルドは危険な仕事も請け負ったりすることがあるのだろう。それは納得できる。それに、今どこまで実力があるのか知りたかったし、この機会はありがたいのが本音になるかな。


「分かりました!クロも一緒ですか?」


「そうですね。召喚士としての戦い方というのもありますし。…それでは行きましょうか」


「はい」


 とりあえずクロと一緒。それは嬉しいかもしれない。別に、クロと2人で戦ったことないんだけど。


「…広い、庭?」


「ここでやるのか。動きやすくていいな」


「う、うん。そうだね」


 少し不安を感じつつ、私たち3人は広い庭に出る。とはいえ、壁で囲われていて、さっき入るときにちょっとした違和感を感じたから、何かしら壊れないための措置はされているんだとは思うけど。


「――お、新しい候補者か。レイン」


「いきなり切りかからないで下さい、ラシオン様」


 庭に出てすぐ、後ろから太い男の人の声と空を何かが切る音が聞こえた。そして、私は反射的にその音から身を守るように体をひねる。そして、その声の主を視界に収めた。


 お姉さんは呆れたように男の人の言葉に返し、その男の人と何か話に行く。その様子を見つつ、私は少し息をついた。


「ふぅ。…びっくりしたぁ」


「結構手練れっぽいな。そして、あの様子からすればあの人が相手か」


「へっ?」


 クロは男の人から視線を外すことなく、そう私に言ってくる。そして、私はその一言にそう返してしまった。


「だとしたら、大変な相手じゃない…?」


 さっきの攻撃、声を聞くことが無ければ確実に避けれなかった。そんなレベルの相手にして、実力測定を行う…?


「むしろ、強い人の方が良いんだろうな。負けてしまえば、測れるものも測れなくなるだろうし。…実戦経験はないが、アドバイスはできるし俺も動く。だから、何とかなるとは思うぞ。全属性の魔法適正はあるからな」


 不安な私の顔を見上げて、クロはそう言ってくれた。どういう気持ちで言ってきているのかは分からないけど、それなら頑張らないと。だね。


「う、うん。分かった」


 ぐっと両手を握り、私はクロの方を見て応える。


「…そっちも話が済んだみたいだな」


「そのようですね。…では、ルーチェさん。この方が本日の試験官である、ラシオン様になります」


 男の人に声を掛けられ、私は少し体がビクッと震える。それを押し殺しつつ、私は声の方へと体を向けた。


 そこにはお姉さんとさっきのガタイの良い男の人が並んでいた。


「ヨシュア・ラシオンだ。ヨシュアって呼んでもらって良い。一応、このギルドのトップパーティーの一人で、前衛としてやらせてもらっている。今日はお手合わせの方、よろしくな」


「あ、はい。私はルーチェと言います。そして、この子は相棒のクロです。よろしくお願いします」


 ヨシュアさんの挨拶を聞いて、私も自己紹介を済ませる。クロはもちろん私の腕の中にいる。


「ルーチェか。戦い方としては何が得意だ?」


 私のサラッとした自己紹介に対し、ヨシュアさんは私にそんな質問をしてきた。んー、言わなきゃダメって感じかぁ。…それはそっか。前衛だと言ったんだもんね、ヨシュアさんは。そうなると、こっちも言わないとフェアではないって感じか。


「…私は、魔法が得意です」


「…そうか。分かった。それじゃあ、こっちが切りかかった時点でスタートだ。俺を負かすことができるか、それとも俺の判断で試合は終わる。良いな?」


 渋々答えると、何かうんうんと1人で納得するヨシュアさん。そして、そう言ってきた。


 試合の説明、でいいんだよね。勝つことができるか、それとも限界で止められるか。それで決着のつく試合という認識でいいかな。


「了解です。いつでも行けます」


 とりあえずやってみないことには分からないこと。それに、結果はどうであれ、今はギルドの仕事ぐらいしかできることはない。なら、ここで本気で戦ってみるしかないんだよね。


 ちなみに、家の敷地から出たことは無い。後、戦闘経験は皆無だから純粋な魔法の技量で戦うしかないんだけど。ま、やってみますか。


「それじゃあ、早速行かせてもらうよ」


 その一言をスタートの合図として、試合が始まった。クロは私の足元で待機してくれている。


 まずは一発、相手の剣を私は躱す。鞘に入ったまま使っているのはケガさせないためとかなんだろうけど、殴られてもケガすると思うな。


「…とりあえず。詠唱は、しておこう。〈ウォーターボール〉」


 躱した後、ヨシュアさんに人差し指を向けて魔法を一つ使ってみる。


 この魔法は私のところでは初級魔法。その中でも火力が良く、また安全に使いやすいのが水魔法である〈ウォーターボール〉は、水の玉を飛ばすやつなんだ。ちなみに、泡みたいにするアレンジもある。


 ちなみにダメージはそこまでなく、当てることが目的じゃない。陽動できるはず。


「今の避けるのか。…ルーチェ、来てるぞ」


「当てる目的じゃないから、大丈夫。〈アイスニードル〉」


 剣を持ち直し姿を消すヨシュアさんに対し、クロが警戒する。とは言え、私にはクロという相棒がいる。別に相棒が戦ってはいけないというルールは聞いてないし、逆に姿を消すのは危ないんだけどな。


 何も使わず私は魔法を一つ発動させ、クロに協力してもらう。私の相棒はね、すごい特技持ってるのよ。


「…いい場所だ」


「うん。クロ、ありがと」


 発動と言っても魔法陣を仕掛けるだけっていうやつ。ちなみに、クロは気配を探ることに特化していて、姿を消していてもヨシュアさんの位置はクロにバレている。


「さて、もっと仕掛けよう。クロ、やるよ」


「分かった。派手できれいな魔法を使って、動きを封じに行くぞ。まず、主はそこに再び〈アイスニードル〉を」


「はーい」


 遠くにいれば聞こえないぐらいの小さな声量で、私とクロは計画を立てて実行する。こういう時は、わざわざ詠唱する必要は無いし、むしろその方が相手に気付かれにくい。だから私はクロの指さす先に無言のまま、〈アイスニードル〉の魔法陣を仕掛けていった。


「これが囲い、だね」


「あぁ。…っと、主。右から来るぞ」


「え、あ。わ、分かった」


 設置を終えたタイミングでクロが私にそう言ってくる。それとほぼ同時に、風を切る音が右から聞こえた。


 私は避けることができないことをすぐに察知すると、魔法を一つ発動させて攻撃を防ぐ。


「〈ストーンウォール〉!」


 強度が最も高くなる石の壁。とはいっても、一発分防ぐだけで、魔力は最小限に抑えている。


 実は魔法というのはその人の技量や込める魔力の量でその威力が変わってくるんだよね。魔導書で読んで知った。


「やっぱりすぐ壊れるよね」


 私は壊れる壁から避けようとして、捕捉されているヨシュアさんの剣先を視界に入れる。


 そして、避けても無理だろうと私は理解してしまい、クロにヘルプを求めることにした。


「クロ、シールドお願いできる?」


「もう展開始めてる」


 クロのその一言を聞いて、私はその後ろへと移動する。そして、剣とクロの盾がぶつかり合い、「キンッ」という甲高い音が鳴り響いた。


「っ…。力強すぎるだろ、壊れるぞ」


「そっちこそ、いい盾の使い方をする。ここまで壊せないシールドは初めてだ」


 2人の力のぶつかり合いを見つつ、私はどうすることもできない疎外感を一人感じた。とは言っても、この2人の実力は確実に互角。クロは私の魔力を貰っていないから、私が契約を活かして魔力を渡せばもっと強力なシールド使えるだろうけど…。


 そんなことよりもこの状況、活かすほかない。相手も相手で何かやる時間を用意したんだろうけど、それはこっちも変わらない。


「…えっと、大元となる魔法陣を作ってあるから、そこに魔力を通して…」


 こそこそとクロの後ろで私は大がかりとなる魔法の発動を準備を進める。ちなみに、気付いたヨシュアさんは頑張ってクロのシールドを突破しようとしている。まぁ、私の相棒のクロがそんな簡単に負けるわけないんだけどね。


「よし、発動するよ、クロ」


「分かった。思いっきりやれ」


 クロに魔力を渡し、私とクロを包むドーム型にシールドを変換してもらった。


 そして、私は用意した魔法陣全てに残っている魔力を注いでいく。


「…発動。〈アイスニードル〉!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灯りともす日 水崎雪奈 @kusanagisaria

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ