◆凛として咲く花の如く

電磁幽体

少年兵と性奴隷

 物心ついたときに家族全員を麻薬組織【快楽の川フィオ・ルット】に殺され自身は殺し屋としてここまで育てられた、齢一四の少年【首斬りのラミナ】に、自分の意思というものは存在しなかった。自分の意思が顕現する余地がなかった。

 ただ命令を受け入れ人を殺す殺人マシーン。

 だから、余計な手出しをする有力政治家の家族皆殺しという今回の命令も、何の障害もなく遂行しようとしていた。

 無数に配置された黒服のボディーガードが持つウージーサブマシンガンから、ラミナを狙って放たれる弾丸、九ミリパラベラム。

 ——それら全てを静止した雨粒のように認識し、人ならざる速度でかわしていった。

 感覚暴走剤【§《セクション》】。ラミナが用いるそれは人間の感覚、速度を文字通り暴走させる薬だ。

 この世界の一秒は、【§】適合者のラミナにとっては、四秒に相当する。自他の乖離、世界をスローモーションに塗り替えて、疾駆する。

 激しい空気抵抗をその身に受けながら銃弾の雨を掻い潜り、コマ送りのような速度でゆっくりと後ろラミナを振り向くボディーガードの一人に、ラミナは右手に携えるマシェット——刃渡り四〇センチの無骨な黒き刃——を振るう。

 冷たき薄鉄が喉に食い込み、次の瞬間にはザシュッと肉を裂く斬撃音が聞こえ、胴体と頭が断絶された。

 何が起きたのかすら分からないまま驚愕の表情で宙を舞う頭。

 ラミナは走る。黒きマシェットは赤色の軌跡を空中に描きながら、次なる首へと差し込まれてゆく。




 悲鳴がこだまする。「バケモノ」と罵る叫び声がする。それらの音声は、加速化されたラミナにとっては酷く緩やかだった。

 事を終えて、ラミナはマシェットをちらりと見る。刃は少しも欠けていない。

 ラミナは屋敷に入る。使い慣れない拳銃をこちらに向ける年老いた男。一〇メートルの距離からラミナめがけてトリガーが引かれるが、銃弾が放たれる寸前に、風の塊が男の左横を駆け抜けて、その首は鮮血と共に宙に舞った。

 使用人達はそれぞれ散弾銃を持ち合わせラミナを迎撃しようとするが、速度が遅すぎた、片っ端から首が舞ってゆく。瞬く間に築かれる、血の海に溺れる首無しの遺骸たち。

 鉄の匂いが充満する赤い部屋の窓から、加速化された仕草で外を見る。長い黒髪の少女がここから逃げようと庭を精一杯走っていた。

 窓から飛び降りて——ふと怒鳴り声がした——必死に走り続ける少女の元に駆ける。数瞬のタイムラグ、ラミナは怒鳴り声を認識した。——「待て。そいつは殺すな」と。

 しかし体は既に少女の後姿に迫っていた。肉体のブレーキをギリギリまでかけ、刃は少女の柔肌にほんの少しだけ食い込んで、止まった。言われるまでもなくマシェットを仕舞い込む。

 少女が後ろに振り向き、初めてラミナに気づく。

 少女は首筋に温かな感触——首筋から滲みだす己の血——に気付いた。金色の大きな両眼が恐怖で見開かれて表情は絶望に染まる。やがて意識を失って地面に倒れこんだ。

 ラミナは後ろを振り向く。自分に言葉を発した人間、ありとあらゆる欲に塗れたような汚い顔付きの、でっぷりと太ったスーツ姿の男を見る。その口から酷くゆっくりとした言葉が発せられる。

 ——「いい娘じゃねえか。上玉だぜ。殺すなんて、勿体ねぇぞ?」




 【§】の効果持続時間は一〜二時間。副作用は肉体の酷使による数十時間の強制睡眠。それ以外の副作用はまだ解析されていない。明日突如ポックリ死ぬのかもしれない。しかし、【快楽の川】にとってラミナは——貴重な戦力とは言え——所詮捨て駒だ。

 物置のような狭くて暗い一室で目覚めた。時計を見る。一八時間が経過していた。明かりをつけて、壁際に置かれたサンドウィッチをぺろりと平らげる。

 マシェットをその手に持っていないラミナは、顔立ちの整った気弱な少年にしか見えない。こんな血に塗れた世界にいなければ、ただの気弱な少年として青春を謳歌していたのだろう。しかし、ラミナの居場所は、この血に塗れた世界にしか存在しない。

 意思を持たない少年兵は、そのことに否定も肯定もせず、ただただ命令を受け人を殺しながら生きている。

 ペットボトルのコーラを一気飲みして、何も考えずに、あるいは何も考えれずに、低い天井を眺めていた。

 ラミナはふと尿意を覚えた。トイレに行こうと、建付けが悪い引き戸をガラガラと開けて、隙間風が吹く打ちっぱなしのコンクリートを歩いていた。

 すると足元の何かに引っかかってこけそうになった。鍛えられた反射神経が自動的に宙返りの動作を取る。

 足元を見た。

 そこには、ラミナが殺そうとして幹部に止められた、あの少女がいた。

 長い黒髪を床に散乱させて、ぼろきれとしか言えない一枚の服を直接纏いながら、下を向いてガクブルと震えていた。

 ラミナは状況に流されて、とりあえず声をかけてみる。

「あの、どうしたんでしょうか?」

 自分が殺そうとした少女に話しかける口調とは思えないような、優しい響きを持った声だった。

 少女がラミナを見上げる。首筋の生暖かい感触を思い出して、また表情が恐怖に満ちて、声にならない黄色い声を上げる。

 一方、ラミナは薄暗いなか少女を観察する。幼かった。一〇歳ぐらいの少女だろう、長い黒髪と金色の瞳、ハーフなのだろう、と。

「……僕は貴方に危害を加えるつもりはありません。殺すな、と命令されたので。それより、大丈夫でしょうか?」

 ラミナは金色の瞳を覗き込む。少女は、そんなラミナの至って気弱そうな表情に、少しだけ、ほんの少しだけ安心した。

 対してラミナは顔を顰めた。とても厭な臭いがする。

 うら若き少女特有のミルクのような甘い匂いを、上から塗りたくって掻き消すような、醜い、とても醜い男の臭い。

 穢れを知らない少女は、欲望に満ちた獣達に組み伏せられ、劣情をこれでもかと叩きつけられ、そうして、ずっと、ずっと。

「……いたかった。すごい、いたかった。もう、イヤだよ……イヤだよ……」

 少女は初めて言葉を発した。

 幼くて、切ない響き。

 頼れる人間は全員——【首斬りのラミナ】に——殺されて、生き残った自分は地獄を味わって、そうして、ずっと、こんな日々が永遠に続くのかと想像して、少女は泣いた。

 獣達に穢されたその躰を洗い流すように、とめどなく涙を流し続けた。




 どうしよう、とラミナは思った。

 トイレに少女が付いてきた。流石に入り口で待っていたが、トイレから出るとまた付いてくる。更に、ついでにシャワールームに入って体を洗おうとしたら、その横のシャワールームに入って一人で体を洗っているのだった。

 否定も肯定もしないラミナに甘えるように、少女はラミナの裾を引っ張りながら付いてくるのだった。

 少女は、本能的に察していた。ラミナは、悪い人じゃないと。頼れる人間は、この人しかいないと。

 ……要するに、懐かれたのだ。

 少女は、血気盛んな男達の性欲を処理する為に使われる一人。

 壊れたら捨てられる道具という点では、ラミナと少女は同じだった。

 そういえば、ラミナも幹部に「ヤってみねぇか?」と誘われたことはあるのだが、性欲が全く無いため、しかしYESともNOとも言わない為にほったらかしにされて、一度も経験したことがない。

 しかし、そんなことはどうでもいい。どうしよう……その悩みだけがラミナの全てだった。

 自分の物置部屋に少女を連れてきたところで、何の問題もない。だから、ラミナは何も言わなかった。

 狭い一室。蛍光灯が天井に一つ、毛布が一つ、小さな冷蔵庫が一つ、一度も使われたことのないブラウン管テレビが一つ。

 少女はおもむろにテレビの電源を入れ、サッカー番組にチャンネルを合わせた。そして、ごく自然にラミナの膝の上に座りながら、にこにこと観戦しているのだった。 長い黒髪がラミナの頭を覆い視界を無くす。

 そんなことなど気にせずに、ラミナは悩んでいた。

 ……困った。本当に困った。これから、どうしよう? 

 ラミナは、別にこの状況が迷惑だから困っているわけではない。ただ単に、こんな状況は初めてだから。どういう風に対処していいのか分からない。

 ラミナは初めて頭を唸らせながら悩み事をした。

 膝の上から、少女の暖かい温もりを感じながら。




 サッカー番組が終わって、少女はなおも膝の上にちょこんと座りながら、そのままくるりとラミナと向き合った。

 至近距離で二人は見つめあう。

 ラミナは、気恥ずかしさを感じてそっぽを向いた。

 しかし、ラミナにとってこれは初めての〈気恥ずかしさ〉という感情なので、そんな自分の感情が

〈何なのか〉が分からなくて、首を捻った。

「じゃじゃーん! じこしょうかいしまーす! わたし、ナデシコ。ナデシコって言うんだ」   

「ナディシカ?」

「ナデシコだよう、ナデシコ。ブラジル人のおとーさんと日本人のおかーさん。お母さんがナデシコって付けてくれたんだ!」

「ナダシカ。ナデシク。ナデュスカ。ナデュシコ……ナデシコ?」  

「そう! そうだよ!」 

 発音が上手く言えないラミナを無邪気に笑いながら、発音が上手くいくと、ナデシコは手をパチパチと叩いて無邪気に褒め称えるのだった。ラミナの膝の上で。

「そっちは? そっちはなんて言うの?」

「僕は……ラミナ。やいばという意味の、コードネーム。両親に付けられた本当の名前は……忘れちゃった」

 ナデシコは分かっている。ラミナが家族全員の首を躊躇いもなく刈っていったことを、自分の首を刈ろうとしたことを。

 それでも、恐れなかった。知識の無さ、幼さ、無知、だからこそナデシコの本能が「ラミナは優しい人だよ」と、そう語りかけてくるからこそ、たとえ目の前にいる少年が家族を殺した殺人鬼であっても、恐れを抱かなかった。

「ラミナーあ、おなかすいたー。なにか食べるものをー」

「ちょっと待って」と言って、ラミナは小型冷蔵庫を久しぶりに覗いて「あらら、全部腐ってる」と、ため息を。

「ナデシコ、今から冷蔵庫で保存出来る食べ物いっぱい貰ってくるけど……ナデシコはこの部屋にいたいの?」

「……うん。ここにいたい。ずっと、ここにいたい」

 咲き誇る花のような、無邪気な笑顔が一瞬のうちにくしゃくしゃになった。多分、思い出したのだろう。

「分かった、行ってくる。ここから出るんじゃないよ?」   

「はい!」

 



「よぉ、ラミナ。いきなりどうしたんだぁ? そんなに食いもん両手一杯に抱えてさぁ?」

 麻薬組織【快楽の川】の幹部、ナデシコの殺害命令を寸前で引き止めた、でっぷりと太ったスーツ姿の男に話しかける。

「あの、単刀直入に言いますが。ナデシコのことなんですが、」

「ナデシコ? 誰だそれ? ……ああ、そうか、あの少女のことか」

 男はニヤニヤとした笑みを隠せないようだ。脂ぎった表情で、愉快そうに語る。

「あの娘は、なかなか良かった。最近年上ばっかりだからさぁ、たまにはガキでも犯そうと思ってたところなんだぜ。俺が最初にヤったんだが、あの締まりは最高だわ。泣き叫ぶ幼女に無理やりぶち込む。あそこから血がダラダラで、クセになっちまいそうだ」

 ラミナは男が愉悦に顔を歪める光景を、ナデシコが苦痛に顔を歪める光景を想像した。

 ……なんだろう、この感情は? 

 まるで目の前の男が許せないような、今すぐにでもマシェットで男の首を切断してしまいたくなるような、それに足る合理的な理由など一切ないのに、それでも今すぐに男を殺したくなるような、胸の中をぐるぐると回りまわる変に熱い何か。

 ラミナは知らない。それが、〈怒り〉だということを。しかし、実行には移さなかった。そんな意思など、初めからなかった。

「そのナデシコのことなんですが、僕の部屋で暮らさせてもいいでしょうか?」

 男はちょっとびっくりしたような表情を浮かべた。

「へぇ、お前、自分でモノ言えるようになったのか。……まぁいい。好きにしろ。ただし、あいつはただの肉便器だぜ? お前の部屋で食って寝るぐらいならかまわんが、あいつにはウチの男どもの為にしっかりと働いてもらうからなぁ?」

「……はい、分かりました」




「ラミナー、おかえりー」   

「ただいま、ナデシコ」   

「何食べてるの、ナデシコ」

「ん? 新品のポテチ。探したら冷蔵庫の裏にあった。あと二日で賞味期限だよー、あぶないよーう」

 ……やれやれ。

 寝転がりながらポテチを一枚ずつ齧るナデシコを見ていると、心が癒されていくような感慨を覚えてゆく。

 ラミナは部屋の隅にもたれると、ナデシコはすぐにその膝の上に乗ってくる。ずっとテレビドラマを見ている。一言も話さない。

 けれども、ナデシコは後ろに左手を回す。ラミナの左手を握る。少女としての限界のような力で、すがる様に、強く握っていた。

 しばらく時が経ち、その握る手の強さが急に弱まる。寝たのだろう。小さな寝息を立てて、ラミナに持たれながらすやすやと眠る。

 穢れなき天使の様な寝顔だった。ナデシコが寒くならないように、ラミナは毛布を掛けた。

 言えなかった。ラミナはナデシコに言えなかった。言えるわけがなかった。

 これからずっと、苦痛を受け続けるんだよ、と。




 日々が過ぎていった。

 ラミナはいつも通り殺しの命令を受けてマシェットで首を切断していった。

 ナデシコはいつの間にか部屋から居なくなり、いつの間にかボロボロになって帰ってくる。

 ナデシコは、それでも笑顔を浮かべていた。無邪気な笑みを。

 ラミナは段々と、その笑顔が痛々しく思えてきた。共に日々を過ごして、ナデシコを理解していった。

 ナデシコはラミナに心配をかけたくない。無邪気を装い笑顔を偽って、見え見えの虚勢を張って。 

 ナデシコは、ラミナの居ないところで、一人泣いていた。音を出さないように、静かに一人。

 ……それを、ラミナは知っている。

 齢一四の少年【首斬りのラミナ】に、自分の意思というものは存在しなかった。自分の意思が顕現する余地がなかった。 

 ——それじゃあ、これはなんなんだ!?

 ——このどうしようもないほどの、この気持ちはいったいなんなんだ!?




 二人は今日も物置部屋にいる。

 ラミナが部屋の隅に座り、その膝を上にナデシコが座って。

「ナデシコ、あんまり昔のこと覚えていないんだけどね、これだけは覚えているんだ」   

「なにー?」

 ナデシコはこっちを向いた。額と額がぶつかる至近距離。

 ナデシコの、眩しくも、痛々しい笑顔。

 ラミナは、それが嫌だった。ナデシコに、偽りの笑顔じゃなくて、純粋に、笑ってほしい。

「僕ね、今日、誕生日なんだ」   

「えー! すごーい! お祝いしないと! 何にするーう?」

「だから、お祝いと言っちゃなんだけど、——今からここを逃げよう」

 ナデシコはびっくりして、驚いて、下を向いて、押し黙って、……か弱い声で一言。

「……うん」

 ——これが、僕の意思だ。







「なぁ? 傑作だろ?」

「最高だ! 最高に面白い! 殺人マシーンの分際でいっちょ前に人間ドラマ演出しやがって」

 物置部屋に仕込まれた隠しカメラの映像を見て、【快楽の川】の者達は哂う。

「まさかラミナが『今からここを逃げよう』だなんてセリフを言うヤツだったとは。そんな意思なんて、全く無いと思ってたがな」

「いや、俺はその可能性があるかもしれんと思ったぜ? だから隠しカメラをこっそり設置して監視していたわけよ」

 男が得意そうに語る。

「性能は良かったが、所詮捨て駒。兵を呼べ。二人が出てきた瞬間に、鉛弾で蜂の巣だ」




 ラミナとナデシコは、二人で物置部屋の戸を開けた。

 やけに、静かな夜だった。

 ラミナの左手とナデシコの右手、お互いの五指を絡め合って。

 コツンコツンと二人が歩く音があちらこちらに、静かに反響する。

 二人の声も、静かに反響する。

「ナデシコ、」

「なにー?」

「……僕、ナデシコのこと、なんだか好きみたい」

「わたしも……なのかな? ごめんね、わかんなーい」

「そうだね、僕も分からないや」

「でもね、ラミナといるとつめたくない……とっても、あったかい」

 そうして、歩き続けて、開けた場所に出た瞬間だった。

 歪んだ三日月が夜空に浮かんでいた。

 数百もの銃口が、ラミナとナデシコに向いている。

「よう、お前ら。二人仲良く逃避行ってかぁ?」

 建物の屋上に立つ、でっぷりと太ったスーツ姿の男。

 歪んだ三日月を背景にして、男は饒舌に語る。

「止めなきゃ良かったなぁ。ラミナがナデシコを殺しときゃ、こんなことにはならなかった」

 男は右手を夜空に掲げる。パチン、と指を弾く音がこだました。

「まぁ、死ねや」

 無数もの銃声が重なり合い、夜空に轟いた。




 ——僕達は、逃げるんだ!

 ラミナは、奥歯に仕込んだ感覚暴走剤【§】をギシリと噛み砕いた。

 言い表しようのない苦さが口内を伝導する。

 ——その瞬間、世界はスローモーションになった。

 覆い隠すように迫り来る銃弾の豪雨。それはゆっくりと、ゆっくりと。それでも、間に合わない。これでは避けきれない。

 世界の一秒はラミナにとっての四秒となる。足りない、それでは足りない。

 集中する。寿命を削ってでも、今この瞬間に全てを集中する。速度を、速度を。

 世界にとっての一秒が、ラミナにとっての、五秒、五.五秒、六秒、六.五秒、脳がショートしそうになる。七秒、七.五秒、イカレそうになる、それでも、……八秒。


 ——世界の一秒は、ラミナにとっての八秒となった。

 自他の乖離、全てを置き去りにする世界の中で——それでもこの〈あたたかさ〉だけは、離さない。

 ナデシコを左手で担いだ。空気抵抗を浴びせないように覆い、ラミナは疾走した。

 銃弾の豪雨を掻い潜る。髪の毛を掠る。服を掠る。肩を掠る。

 避けれないような、銃弾の嵐は、——マシェットで切り裂いた。

 今のラミナには、銃弾の軌道を見切るだけでなく、銃弾の中心を把握し斬ることが出来る。

 銃弾は真っ二つになって、流星のように、ラミナとナデシコを左右に避けて後ろに流れ飛ぶ。

 風を裂き疾走し、右手を躍らせてマシェットを閃かせて。

 繋がるように連続する金属音。刃が銃弾を切り裂く音。とめどなく流れゆく鉛弾の流星。

 ラミナは走る。

 空気抵抗を強引に無視して、悲鳴を上げる肉体を無視して、このゆっくりとした世界を駆け抜ける。

 ラミナは出口の門まで走り抜けた。

 ——もう、こんなものはいらない。

 ラミナは、後ろに振り向いて、屋上に佇むあの男の股間に向かって、マシェットを投擲した。

 そして、走り抜けた。

 ナデシコを抱えて、どこまでも。

 【§】の効果持続時間が許す限り、どこまでも駆けていった。










「ナデシコ、大丈夫? 風、きつかったでしょ?」

「ううん。わたしは大丈夫。それより、ラミナは大丈夫なの?」

「大丈夫、まだ僕は眠らないよ……一人にしないから」

 知らないどこか、宵闇を塗りたくる色鮮やかなネオンライトに包まれて、ラミナとナデシコは、二人仲良く歩いてく。

 ラミナの左手とナデシコの右手、お互いの五指を絡め合って。

「ねぇ、ナデシコ」

「なに?」

「……逃げ切れたらさ、ナデシコはどこにいきたい?」

「ラミナとならどこでもいいけどさー、海行きたいなー!」

「海か、僕、多分泳げないと思うけど、その時はよろしくね」

「えー! ラミナださーい!」




 ふと、ナデシコの足が止まった。つられてラミナは立ち止まり、向かい合う。




「ラミナーあ」

「なに、ナデシコ」

「はじめてをあげる!」

 ナデシコは、意地らしく背伸びしながら、ラミナの唇を自身の唇と重ね合わせた。

「……プレゼントだよ。これがわたしの、はじめてだから——おたんじょうび、おめでとう!」




END

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