名もなき恐怖

岸亜里沙

名もなき恐怖

リンの為に心を込めて作ったんだ。良かったら食べてみて」


恋人の貴史たかしが珍しくキッチンで何かしているなと思ったら、どうやら料理を作っていたようだ。

彼の手料理なんて、同棲を始めて数回しか食べた事はない。


「あ、ありがとう。とても嬉しい」


しかし言葉とは裏腹に、私は目の前に出された料理を見つめたまま、困惑した表情を浮かべていた事だろう。


申し訳ないが、このゲテモノ料理を形容する言葉は、私の語彙力では思い付かない。


強いて言えば、

何の料理かすらも、私には分からなかった。


「い、いただきます」


だけど、彼がせっかく作ってくれたんだから、一口は食べないとと思い、勇気を出し、スプーンで料理らしきを口に運ぶ。

砂を噛んでいるような食感と、あまりの苦味と雑味に思わず吐きそうになる。

涙目になりながら、やっとの思いでのみ込む。


「作ってくれてありがとう。だけど、今お腹いっぱいで・・・」


「いいからいいから、ほら食べて」


そう言うと彼は満面の笑みのままスプーンで料理をすくい、私の口に無理矢理押し込んだ。


口いっぱいに広がる、毒々しい感じ。

あまりの苦痛に、私は失神した。



それから暫くして私はベッドの上で目覚めた。パジャマは汗でじっとりと湿っている。


隣のベッドでは、貴史たかしいびきをかきながら眠っていた。


「夢だったんだ。口の中にまだ味が残ってる気がするし、本当最悪な夢だ・・・」


私はのそのそと起き上がり、洗面所へと向かう。

欠伸あくびをしながら鏡を覗くと、自分の口元にが付いているのに気がつく。


「え、何?」


恐る恐るを手に取り、凝視してみて私は一気に血の気が引いた。


「こ、これって、く、蜘蛛の足だ・・・。まさか、私、寝てる間に、食べちゃった?」


大きな蜘蛛の足を洗面台に流すと、私はそのまま嘔吐した。



【補足】

人は一生の内、寝ている間に蜘蛛やゴキブリなどの虫を数匹食べている、といった都市伝説がありますが、実際にはそのような事はないそうですので、ご安心ください。

あなたの同棲者パートナー悪戯イタズラでふざけて、あなたの口の中に入れない限りは・・・。

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名もなき恐怖 岸亜里沙 @kishiarisa

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