第18話 作戦会議

 ゾンビキャットに荒らされた教室の片付けには、6人がかりで2時間近くかかった。

 ゾンビキャットはライオン以上にデカかったけれど(見たことないけどサイくらいありそう)、染井と百合園が常人離れした力を発揮してくれたおかげで短時間で運び出す事ができた。

 死骸は少し離れた校舎裏の茂みに捨ててある。

 ゾンビが群がってたから、たぶんそのうちにキレイになるんじゃなかろうか。


 その後、僕らは教室の真ん中に椅子を円形に並べて座った。

 これからの事を話し合うためである。

 ちなみにだけど東野以外のヒロインたちからは距離を置かれている。

 東野も他のヒロインたちに遠慮してか、ちょっと遠い。


「みんな、これからの事なんだが」


 なんて思っていると、染井が言った。

 司会進行役は染井。

 彼は清掃作業などを通じて、いつの間にかチームのリーダー格みたいになっていた。

 僕の時は『出しゃばるな』みたいな態度を取ってくる百合園さんも、染井に関しては実力を買ってるのか文句を言わないみたい。


 ちなみに染井がリーダーをやる事についてだけど、個人的にはありがたい。

 百合園がリーダーのままだと全滅しかねないし、染井は僕に信頼寄せてくれているから生き残るために必要な方法などは実行して貰えるからだ。

 後はリーダーとしての仕事(ヒロインたちのメンタル管理その他、雑務等)をしなくて済むのも利点だった。

 余り忙しいと必要な個人行動が取れなくなる可能性がある。


 欲を言えば女性陣からもきちんと評価されたいって気持ちはあるけれど、現状としては悪くない。


「あの……ッ!

 クズ山さん……ッ!」


 なんて僕が思ってると、隣で涙声がした。

 東野だ。

 申し訳なさそうな顔で僕を見ている。


「すみませぇん……!

 私のせいでこんな事になってしまって……!」


 別に謝るほどの事じゃないだろう。

 食料取りに行って襲われたんだからまあ仕方ない。


 僕がそう言って宥めようとすると、


「東野さんのせいではありません。

 みなさまにご迷惑をおかけしたのも、全て私のせいです……!

 申し訳ありません……!」


 東野の隣に居る清楚なシスター服に身を包んだ黒髪ロングの少女が、祈るように両手を合わせて言った。

 その重苦しそうな眼の輝きから、彼女が自分を責めている事が分かる。


 このシスター風の少女の名前は『美桜みさくら 夕衣ゆい』。

 染井の幼馴染にして、ヒロインキャラの一人。

 学園の近くの教会の子で、学校なのにシスター服を着てる理由は『礼拝中にゾンビに襲われたから』らしいが、ちょっと無理やり過ぎないかって思う。

 見ての通り真面目な性格の持ち主。


「そ、そんなことないですよぉ!

 美桜さんは私のためにケガして……!

 悪いのはぜんぶ私なんですぅ!」


 東野が言った。

 だが美桜は聞かない。

 彼女はゆっくり首を横に振ると、


「いえ……!

 神の子として、人のために生きるのは当然なのに、みなさんに迷惑をかけてしまうなんて……!

 本当に申し訳ありません……!」


 一層暗く呟く。

 美桜は理想が高すぎるのか、いつも自分を責めてばかりいる。

 そのためメンタルも病みやすく、また正義感も強いのでトラブルを起こしやすいキャラだった。

 特にクズ山を仲間にした場合が酷く、クズ山が何かする度に内心で怒りゲージを溜め続けるのである(多分今も溜めている)。

 やがてそれが爆発してしまうと、プレイヤーはクズ山を追放するか美桜がパーティを抜けるかの二択を迫られる。

 なお美桜がパーティを抜けた場合、漏れなく幼馴染の染井も抜けるので、基本はクズ山を追放する一択だ。


 そういう意味でもクズ山を仲間にするメリットって皆無なんだよなあ。

 でも僕自身だから抜けるわけにいかないし。 


「……」


 なんて他人事のように考えていると、いつの間にか美桜がジト目で僕を見つめていた。

 深いブルーの宝石のような瞳からは、軽蔑の感情しか感じられない。

 そして、


「葛山。

 さっきはありがとうな。

 美桜たちを助けてくれて」


 唯一爽やかな声で言ってくれるのは染井。

 ギャルの江西田や百合園は僕の方を見ようとさえしなかった。


 この二人はホントはっきりしてるよな。

 少しずつ信頼を勝ち取るしかない。

 

「…それでどうすんの?」


 江西田が染井に聞いた。


「先に聞きたいんだが、みんなの方の状況はどうなってるんだ?

 食糧とか」


 染井は百合園に尋ねる。


「ありませんわ」


 百合園は溜息混じりに答えた。


「残っているのは水が数日分。

 食べるものは昨日からありませんの。

 最後に食べたのは江西田さんが持っていたチョコですわ。

 ですから皆で食べ物を探していたんですけれど」


「なるほど。

 となると食糧が一番の急務だな。

 それと破壊された窓も直さないといけない。

 このままじゃゾンビが入ってくる」


 染井の話に百合園が「ええ」コクリと頷く。

 二人の会話を聞きながら僕も頷いていた。


 なるほど。

 まあインフェルノじゃキツイだろうな。

 よほど効率のいい回収しないと。


 思う。

 インフェルノは様々な点で難しいんだけど、アイテム収集に関してもそう。

 普通の難易度でアイテムが10個落ちている所1~2個しか落ちていない。

 ただ生存するだけで難しいのだ。

 更に。


 僕はスマホを取り出し時間を確認した。

 既に15時を過ぎている。


 夜になると敵が強化される。

 だからゾンビが入ってくるってのもそうなんだけど、今のうちに窓の補修をしておかないと僕はともかく女の子たちがヤバイ。

 一人死ぬとそれだけで難易度爆上がりするから、対策は打っておくべきだろう。


 そんな事を考えていると、


「葛山。何か案はあるか?」


 染井が僕に尋ねてきた。

 どうやら僕が思案気にしていた事に気付いたらしい。

 気付けば百合園を初めとするヒロインたちも胡散臭そうに僕を睨みつけている。


「何か案があるなら言って欲しい。

 お前が俺たちの中で一番この環境に適応してるから」


「あー」


 発言する前に、僕はこれからの事を考える。


 このゲームのクリア方法なんだけど、1人では絶対にクリアできない仕様になっている。

 実は、このままだといずれ僕らは死ぬ。

 第一章の舞台であるこの学園にはゾンビ化ウィルスが蔓延しており、僕たちプレイヤーも感染しているのだ。

 時間経過或いはゾンビから攻撃を受けることによって、感染はどんどん進む。

 だから例え生き残れたとしても、結局ゾンビになってしまう。


 それを回避する手段は一つ。

 ゾンビになる前にこの学園の地下にある『研究所』という場所に行って『ワクチン』というアイテムを入手する必要がある。

 この研究所に入るためには『保険医』っていう美女キャラと仲良くなる必要があるんだけど、彼女はイベントで染井の前に現れて一緒に行動するようになるのだ。

 だから少なくともそれまでは染井たちと一緒に居ないと、研究所にも行けずワクチンが入手できなくて死ぬってわけ。


 ちなみにワクチンを入手した染井たちを襲って奪う、なんて鬼畜みたいな方法もあるんだけど、みんなと敵対するメリットは少ないし、そもそもこの難易度じゃ難しすぎて染井たちがワクチンを入手できない。

 研究所内部の難しさは校舎の比じゃないからだ。


 僕はざっとそこまで考えると、


「とりあえず食糧だけど、なんとかなると思う」


 染井に言った。


「なんとかなるのか!?」


 途端に染井の表情が明るくなる。

 見回せば、百合園たちの表情も驚きに変わっていた。

 

 食糧ぐらいはなんでも無い。


「うん。

 食糧あるところ知ってるから」


「どこにあるんだ!?」


 言われて僕は説明する。


「この学校で食糧が手に入るところは主に4つ。

 自動販売機と購買の貯蔵庫と宿直室等の冷蔵庫と食糧備蓄庫。

 そのうち食糧備蓄庫にはかなりの量が保存されてる。

 鍵がかかっている上にゾンビも大量に湧いてて危険なんだけど、僕ならたぶん取ってこれる」


「食糧備蓄庫……?

 そんなものがあるなんて聞いたこともありませんわ」


 僕がざっと説明すると、百合園が疑い深そうな目で僕を見て言った。

 他の皆も大体同じような反応である。

 

 そりゃそう。

 食糧備蓄庫は学園の地下にある『研究所』に付随した施設だから、学生は知らない。

 しかもちょっとプレイしただけじゃ気付かない場所にある。

 僕はやり込んでるから当然知ってるけど。


 さて、なんて説明しようか。


「僕普段から校内よくうろついててさ。

 それにパパから色々聞いてるし。

 学園長だから」


 とりあえず思いついた事を言った。

 すると、


「……」


 染井が僕の顔をチラっと見た。

 その目は僕の説明を訝しんでいるように見える。


 さすがに適当過ぎたか?


「……なるほど。

 そしたらその『備蓄庫』に行くのがよさそうだな」


 やがて染井が提案してくれた。


「でも備蓄庫の辺りは危険なんだ。

 ゾンビがわんさか出てくる」


 僕も話を続ける。


「となるとメンバーじゃないとキツそうだな」


 言って染井が真っ先に僕を見やった。


「フン。

 資材の場所も知ってそうですわね?」


 すると百合園が話に割り込んでくる。

 相変わらず目つきと声音の圧がキツい。


「資材は屋上にある。

 古くなった机とか椅子とかロッカーが山積みになってるんだ。

 鍵は開いてたと思う。

 僕が見た時はゾンビもいなかったし」


 実際ゾンビは配置されていない。

 インフェルノ以外の難易度だと常時何匹か湧いてるんだけど、たぶん最低限のバフってやつ。

 インフェルノだとさっきみたいに窓やらバリケードやらが壊されまくるので、資材ぐらい安全に調達できないとゲームが成立しない。


「どうして今まで黙っていたんですの?

 わざとかしら」


 百合園が怒りを露わにした口調で僕に言ってくる。


 そんなヒマなかったけど。

 百合園さんにも襲われてたし。


「仕方ないと思うぜ。

 俺たちが合流したの昼前さっきだし。

 しかもゾンビにも襲われてたしさ」


 僕が思った事を染井が代わりに言ってくれる。


「ところで補強用のテープはあるか?」


「……ありますわ。

 教卓の下にまとめて置いてあります」


 言って、百合園が視線で教卓を示した。

 クラフトテープやガムテープの類が沢山転がっているのが見える。


「なるほど。

 屋上への階段はすぐそこだし、そっちは比較的簡単そうだな。

 補修も食料調達も早いに越したことはない。

 ここは二つの班に分かれて同時に取りに行くのはどうだ?」


 染井が提案する。


「僕が一人で食糧取って来てもいいけど、できれば荷物持ちが欲しいかな。

 その間に他のみんなで教室を補修してくれれば一番安全だと思う」


 僕は答える。


「わかった。

 じゃあ食糧調達班と資材調達班に分かれよう。

 食糧班は俺と葛山と百合園。

 資材班は江西田と美桜と東野がいいと思うんだが、どうかな?」


 僕もそれでいいと思う。

 ホントは東野が居ると一度に沢山アイテムを持ち帰れるんだけど、インフェルノだと死ぬ可能性があるから。

 スキルを強化してからの方がいい。


「戦闘要員を固めすぎですわ。

 ゾンビが現れた場合を想定して、わたくしか染井のどちらかが資材班に移った方がいいと思いますけれど」


 今度は百合園が言った。


 百合園はちょっと不安かな。

 前回東野を置いてけぼりにしてたし。


「葛山。

 俺か百合園が抜けても備蓄庫に行けそうか?」


「うん。

 荷物持ってくれる人だけ来てくれれば」


「わかった。

 それなら百合園には資材班に移ってもらおう。

 代わりに江西田たちの中から誰か食糧班に来て欲しいんだが……」


 染井がそう提案した時、


「ハアアアアア!?」


 江西田がいきなり声を荒げた。


「言っとくけど、アタシこんな奴と組むの絶対にイヤだから!

 何されるか分からない!」


 僕を指差して『こんな奴』と言ってくる。


 いくら相手がクズ山だからって口悪すぎないかコイツ。

 ゲームプレイしてた時は『オタクに優しい系のギャルカワイイ!!』ってはしゃいでたけど、名指しで罵倒されるとさすがにイラっとくる。

 優しくないし。


「同感です……!

 身の危険しか感じません……!」


 江西田の言葉に、美桜も追従してきた。


「ご、ごめんなさい……!

 でも怖い……!」


 東野まで怯えた目で僕を見て言う。


 東野が行きたくないのは、僕が原因じゃなくてゾンビが怖いからか。

 まあでもこれで全滅。

 一人で往復するしかないか。


「でしたら、わたくしが食糧班に残りますわ」


 最後に百合園が言った。

 江西田たちが一斉に百合園を見る。


「染井とクズ山だけでは食糧を運べないでしょう。

 どのみちこの学園に居る限り安全地帯はありませんし。

 でしたら拠点に近い所での作業の方がまだ安全ですわ。

 それに」


 百合園はそこまで一気に言うと、再び僕をギロリと睨みつけてきた。


「わたくしでしたらこの男に襲われてもなんとかなります」


 襲ってきたのはそっちなんだよなあ。

 殺す気マンマンだったくせに。


 内心で突っ込む。


「まあ、確かに食糧班に移った方が危険だとは俺も思う。

 となると最初の予定通り江西田と美桜と東野に資材を頼むことになるんだが大丈夫か?」


 染井が江西田たちに尋ねた。


「大丈夫!

 こう見えてゾンビも倒してるし、美桜ミサも結構戦えるもん!

 東野のっちんもケガしたこと一度もないよね?」


「……ゾンビを倒したことはありませんが、棒や消火器を使って牽制するぐらいはできます……」


「にっにっ逃げ回るぐらいならぁ……!」


 美桜に続き東野も同意する。


「わかった。

 それじゃ三人ずつで分かれよう。

 だが油断はしないでくれ。

 何かあったらすぐ逃げること。

 俺らにも連絡するように」


 染井がパンと両手を合わせて言った。


「そうしましょう」「うん!」「わかりました……!」「はいぃ!?」


 百合園たちが各々頷いて、立ち上がった。

 彼女たちは自分たちの寝所へ向かっていく。

 準備をするためだろう。


 染井はともかく百合園か。

 何事もないといいけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ザコモブ無双~いじめられっ子でゲームオタクな男子高校生、ゾンビゲー世界のザコモブに転生するも鍛えたゲーム知識と経験により無双してしまう~ トホコウ @aya47

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ