04 結婚式

 急ピッチで結婚式の段取りは行われた。

 私もまた一日の大半を着飾ることに時間を費やされた。突然の結婚式だ。私自身は何の準備もしていない。

 私の手伝いをしてくれたのはナナコだった。私を一つ、また一つと着飾るたびに微笑みの意味が変わっていくように思えた。


「ねえ、ナナコ。あなた、さっきから何で笑ってるのかしら?」

「いいえ。何でもありません」

「本当のことを言いなさい。無礼講よ」

「あら、いいんですか?」


 途端に口調が砕ける。ナナコのことだ。最初から言いたくてウズウズしていたに違いない。


「お嬢様。お嬢様みたいな状況のことを何と言うか知っていますか?」

「さあ? 身代わり?」

「いいえ。それだと悪い意味に囚われがちではないですか。今回の場合、栄転ですよ。――玉の輿に乗ったんです。お嬢様は」


 私はナナコの方に振り向こうとした。が、途中で辞めた。ナナコの意外な一面を、自分は見たくなかったのではないか。

 私の髪を整えているナナコは言い続ける。その口調の奥底にねっとりとした熱が籠もっているように思えた。


「これからお嬢様はブレーシュ家の奥方でもあるんですよ? すごいじゃないですか」

「……そう。それが貴女の幸福なのね?」

「はい。とても憧れます」


 きっとナナコはうっとりとした表情を浮かべていたに違いない。

 アルバ家の礎。ブレーシュ家の身代わり。栄転。玉の輿。――言い方は様々あろう。人はそれを幸福と呼ぶときがある。

 アザレアならば。私は今はいない妹を想った。彼女ならば、この状況を幸福とは思わない。だから逃げたのだ。


  *


 着飾り終えると、私は控え室へ連れられた。一度ブレーシュ家から馬車が来た。結婚式はブレーシュ家が用意した屋敷にて行われる予定らしい。

 大きな屋敷だ。――が、話によればブレーシュ家にとっては別荘の一つに過ぎないようだ。これが財力と身分に違いか。嫌に比較されるものだ、と思う。

 控え室には今、私一人だった。

 大きな鏡面には私が映っている。銀と白の包まれた私。花嫁ヴェールとはよく言ったものだ。

 不意に、かつかつ、と足音が聞こえてきた。中々の急ぎ足だ。音はしだいに大きくなる。明らかに私の方に近づいていた。私が扉に視線を向けると同時に、勢いよくそれは開かれた。


「あなたねッ! ベール・アルバはッ!」


 ――癖のありそうな厄介者が来た。

 赤い燃えるような髪を持つ女――年齢は十四、五。私より低いか――が立っていた。驚くべき美貌を放っている。私は作り笑いを浮かべるか悩んだ。

 その逡巡の間に、女は叫んでいる。


「ギルと結婚しようとしてるのは貴女なのかって聞いてるのよッ!」


 

 ……少し、興が乗った。


「どちら様でしょうか?」


 女に青筋が立った。あたくしを知らないというつもりッ!? ――そう訴えるように。


「あたくしは、シャーレット・グラジオラス。ギルの幼馴染みよッ!」

「……そうですか。私はベール・アルバと申します」

「ええ、知ってるわッ!」


 声が大きいなぁ、という印象しか受けない。大方、ギルバードに幼い頃から惚れた腫れたをしてきたのだろう。ゴタゴタとなったはずなのに、いつの間にか後釜に私が入っていた。それが気に食わない、と。

 シャーレットは私を睨みつけていた。


「結婚式に招待されたのですか?」


 私は、あえて鈍感を装った。


「どうか、ギルバード様の晴れ姿をご覧ください。なにせ、幼馴染みなんですから」


 幼馴染みなんだから。

 貴女は、結婚相手ではない。遠回しに突きつけた言葉にシャーレットは顔を引き攣らせ、直後顔を真っ赤にした。


  *


『――入場』


 私とギルバードは向かい合っていた。

 改めて、彼の威圧的な風貌を目の前にする。――ただ距離が縮まったことでギルバードの容姿が非常に整っていることがわかった。傍から見ると、どうやら容姿の釣り合いは取れていないように見えそうだ。そういった点では妹は最適だった。

 ギルバードは私を見下ろしていた。


「シャーレットが会いに来たらしいな」


 ギルバードは言う。


「はい。元気な子ですね」

「飛んだじゃじゃ馬だ、あれは」


 残念ながら、シャーレットの淡い恋が実る可能性は一ミリ足りともないようだ。冷めた目で見るギルバードに、私は尋ねていた。


「ギルバード様は私に何を望むのですか?」

「ブレーシュ家の礎になれ。――それだけだ」

「成る程」


 実に、ギルバードらしい。


「私は駒ですね」

「それ以上を望んでいるのか?」

「望む、望まない、という単純な話ではないんでしょう? 個人主義なんて幻想です。ここは、ブレーシュという種を繁栄させなければならない。――よく、理解しているつもりです」

「そう。それでいい」


 にやり、と。ギルバードは初めて微かな笑みを浮かべた。



「だから、お前を選んだ」



「それはどうも」


 次の瞬間、私は唇を奪われた。初めてのキスだった。けれど、予想以上に冷たく、無愛想で、そこに感情らしいものは一切無かった。

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双子の妹が駆け落ちをしたので、冷酷王子と呼ばれる彼と政略結婚をすることになった。 椎名喜咲 @hakoyuto

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