03 政略結婚

 ギルバード・ブレーシュ。

 又の名を、冷酷王子と呼ばれる。

 その理由は、彼が貴族であると同時に、武人であるからだった。その強さ、暴力性、そして、――残虐さ。それを表情一つ揺るがすことなく行う彼に名付けられた異名だ。

 私はギルバードを見た。

 これが武人か――、というのが最初の感想だ。

 とても、大きい人だ。

 見ているだけで威圧されそうになる。鋭い赤い色の目、大きな身体、真っ黒の髪。怜悧な視線が父に向けられていた。


「なッ……、ぎ、ギルバード様ですか? な、何故ここに――」

「私の婚約者がどこぞの馬の骨とも知れぬ男と駆け落ちしたという話を聞いたからな」

「そ、それはッ……!」


 父の表情が青褪めた。

 私はそのことに違和感を覚えた。その違和感。それが言語化される前に、ギルバードの視線が私に向けられた。次の瞬間、――ゾクリとした悪寒が走る。

 すべてを見透かされたような、そんな感覚に陥ったのだ。

 ふいっと。ギルバードの視線が私ではなくなった。あの悪寒も消えている。


「これまでの話を聞かせてもらおうか」


 父は渋々――もとから、この貴族に太刀打ちできるはずもなく――、一部始終を語ってみせた。父にとっては非常に屈辱的な時間だったに違いない。

 アザレアを死亡扱いにする。そこまで話し終えると、ギルバードは頷いた。


「なるほど。話はよく解った」


 嫌な予感は膨らんでいく。私の予感は見事に当たっていた。――もちろん、それに気付くのは後になってからだったが。


「妹を死亡扱いする点については良い案だ。そのまま計画を続けろ。何ならブレーシュ家の方から医師を通じて手続きをしてもいい」

「い、いえ。流石にそこまでは――」

「そうか」


 そこで一度、話は終わりかに見えた。

 実際、終わっても良かったのだ。だが、彼にとって本題はこの後だった。



「だが、これで終わりとはいかないな」



 父の表情が引き攣る。

 いつの間にかこの空間はギルバードによって掌握されようとしている。私は彼の一挙手一投足を観察していた。


「このまま結婚式が行われないということは、ブレーシュ家の面子にやや傷がつくだろう。人の口に戸は立てられないというだろう? 妹の死の真実に気づく者もいるだろう」

「は、はい。その点については、再び検討をした上で――」

「いつまでだ? もう今日だぞ? それとも私を前になあなあとやり過ごすつもりか?」

「そ、そんなことは滅相も――」

「結婚式は続行する」


 ギルバードは宣言する。流石の父も茫然としていた。私は。私だったからか。その先の意図を見抜いた。

 ギルバードは私に目を向けた。


「お前、姉だな?」

「はい。ベールと申します」

「聡明な女と聞いている」

「それこそ、滅相もない話でございます」

「いや謙遜は良い。俺の眼に曇りはないつもりだ」


 アルガスト・アルバよ。――ギルバードの重々しい声音。父の名を呼んだ瞬間、父は金縛りにあったかのように姿勢を正した。



「私はこの娘をの妃として貰い受ける。――それでいいな?」



「え、いや。しかし。ベールは修道女を目指す者であって、ギルバード様の相手としては――」

「私は決定事項を述べているんだ。わかるな?」


 これは政略結婚だ。

 それも中身はとても浅い。アザレアの代わりとして、ブレーシュの面子のため、父の信頼のため。私は犠牲になる。美化的に言うならば、礎となる。

 ギルバードは私から目を逸らさなかった。私も逸らさない。次の瞬間、彼の口元に微かな笑みが浮かんだように見えた。それは本当に一瞬のことであり、気のせいであると思い込むこともできた。


「ベール。お前は私の妃だ。解ったな?」

「――畏まりました。ギルバード様」



 ――わたくし、わたくしの人生は自分で生きたいの



 何故か。

 その時、私はアザレアの言葉を思い出した。

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