2.弱さと環境
この「弱さ」に関連して、2000年代にデビューした作家西尾維新の初期作品『戯言』シリーズは独特な位置をとる。ミステリから伝奇作品へと転換していく中で、主人公は自身を弱い、薄弱と述べながらも、その精神に特殊性を持つ。いくつかの場面では、目的のために自らの身体の毀損を厭わない描写が描かれる。精神によって身体的な苦痛を乗り越えるという描写は、むしろ主人公を弱さや強さという次元ではなく、特異性を描いている。精神が身体をあっさりと凌駕してしまうことの不気味さがそこにはある。
現実の人間の精神は、その身体の置かれた環境や身体の限界とともにある。睡眠不足が続くだけで人間は鬱になりやすい。周囲から否定的なメッセージを受ける環境に居続けば精神は失調していくだろう。主人公の発言に共感があったとしても行動に対しての共感は難しい。西尾は、『戯言』シリーズにおいて、ヒロインが精神的な強さ・弱さの象徴である青い髪を失わせることをハッピーエンドとした。
主人公の精神による身体の凌駕の不気味さの描写の後に、精神的な強さや弱さを失わせることの意味は、個人に帰着する強さと弱さという軸の棄却を意味する。「弱さ」に対して個人の問題でもないとした時に、次に現れるのは、社会という領域である。
実際に、その後の西尾は『化物語』において、登場人物たちの置かれた社会環境ゆえに怪異に日常を破壊される姿を描く。西尾は2000年代に「弱さ」の問題を身体や精神といった個人に帰結するものから離陸させたのである。
その後の2010年代には、それまでの個人の傷や関わり方をどうするか、という問題から「ポリティカルコレクトネス」を重視する時代に突入している。SDGsへの関心の高まりやSNSを活用したマイノリティや社会的に不利な立場からの異議申し立てに対する共感の声が上がってきた。異議申し立ての思想の背景には「環境」が女性、セクシャルマイノリティ、高齢者、障がい者、貧困、外国人、といった人々にさまざまな社会的に不利な立場に置かれている、という考え方がある。この中では、特定の人たちが不利になるような社会環境があり、その社会環境が視点や言説を生み出し、その視点や言説が社会環境を再生産している、と言われることがある。そこで、日常的な視点や言説を変えていこうとするSNSでの異議申し立てが生まれている側面がある。
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