第173話

『おいおい偉くなったなぁ、ヴェルディ少佐殿ォ? 俺を差し置いてよ』

『勘弁してくださいジーヴェ従兄上』

『俺はヴェルディ少佐殿の部下でありますからな。敬語なんて要りませんわ少佐ァ』

『たまたまです、部下の娘が言った通りに動いたら……』

『冗談だよ冗談。書類仕事とか面倒だから、こっちとしてもラッキーってもんよ。気にすんな気にすんな』







「って感じの人ですね、ジーヴェ従兄上は」

「そうなのですか」


 ヴェルディさんが突然、笑い出した理由を聞くと。


 ジーヴェ大尉は普段とても気さくな人で、柄にもなくカチカチに緊張しているからだそうです。


「実はジーヴェ従兄上は、女性がとても苦手な人でして」

「女性が苦手、ですか」

「幼少期から男の家族に育てられ、男社会の士官学校を卒業し、風俗も利用せず軍人一筋。女性と関わる機会が殆どなかったせいで、免疫がないそうです」


 話を聞くにジーヴェ大尉は昔から真面目で、女遊びを一切してこなかったそうです。


 最近は軍に女性兵士が増えましたが、もともと軍といえば男所帯。


 そんな環境で育てば、女性に免疫がない人が出てきても不思議ではないでしょう。


「それで、その。普段と態度が違い過ぎて、思わず吹き出してしまったというか」

「そんなに様子が違うのですか」

「こんなに緊張している従兄上は初めて見ました。……それが面白くてつい」


 ジーヴェ大尉は自ら、女性が不得手であることを自覚していました。


 なので通信兵を含め、女性を近づけないで欲しいという要望まで出していたようです。


 俺は軍人、女性にかまけている暇はない。


 女を作ると、いざという時に死ぬ覚悟が鈍る。


 だから俺は兵士であるために独り身を貫くのだと。


 そんな事を言い続け、レンヴェルさんに何度もお見合いを勧められたようですが、全て断ってしまったそうです。



 ……なかなか愉快な人の様ですね。


「ジーヴェ従兄上は非常に優秀ですし、トウリちゃんを変な目で見なさそうなので副連隊長に抜擢しました。……多少は慣れて欲しいですし」

「なるほど」

「まさかここまで、借りてきた猫のようになるとは。……そんなに苦手ですか、女性」


 ヴェルディさんは少し笑いながら、ジーヴェ大尉に話しかけました。


 小声で「覚えとけよヴェルディ」と、呟いたのが聴こえました。


「実務経験の乏しいトウリ少佐を支える人として、従兄上はどうしても外せなかったのです。国家の非常時ですし、そろそろ女性士官にも慣れていただかないと」

「だが……しかしだな、ヴェルディ」

「あー、自分は見ての通り小娘ですので。緊張されず、男と思って接してください」

「トウリちゃんは、話しやすい女性ですよ。従兄上も、これを機に治してみてはどうです」

「……別に」


 自分が話しかけると、ジーヴェ大尉は目を逸らして黙り込んでしまいました。


 これは嫌われているのではなく、緊張されていたんですね。


「まあ、おいおい慣れていただければ幸いです。これからもよろしくお願いします、ジーヴェ大尉」

「御意」

「ブフっ……。御意って、従兄上の口から初めて聞きました」

「……」


 ツボに入ったのか、ヴェルディ中佐は再び笑いをこらえはじめ。


「それでは私はこれで失礼します」

「……あ痛っ」


 ジーヴェ大尉は去り際に、ヴェルディさんの頭を小突いて退出しました。


 どうやら、お二人は結構仲良しのようです。







 こうして自分は前線を離れ、司令部で勤務することになりました。


 司令部はエンゲイ市内にあり、一応は安全な後方ということになりますが……


 エンゲイと前線の塹壕までの距離は、10キロメートルほどしかありません。


 塹壕が破られれば、自分達も一網打尽に殺されるでしょう。


 命がけなのは、今まで通り変わりません。


「定刻だ。ブリーフィングを始める」

「「おはようございます、レンヴェル大佐」」


 エンゲイ司令部の仕事はまず、早朝のブリーフィングから始まります。


 ここでそれぞれの指揮官が、情報の共有を行います。


「まずは連絡事項。本日よりトウリ・ロウ少佐が司令付少佐になった。彼女は優秀だが若い、手を貸してやってくれ」

「トウリ・ロウです。よろしくお願いします」


 司令部の会議室ではレンヴェル大佐を中心に、二十名ほどの将校が円形に座っていました。


 お年を召した方もいれば、若い将校も見受けられました。


 彼らが現在、オースティン軍を支える屋台骨なのです。


「偵察部から、敵砲兵部隊の移動が確認されたと報告がありました。おそらく近日中に、北D地区周辺で敵の攻勢が予想されます」

「物資輸送部からの報告です。ドクポリ周辺に100人規模の賊が報告されています。軍部に鎮圧の要望がきています」

「クリールィ参謀長代理です。東A17地区で発生した銃器窃盗事件について続報です、犯人と思わしき人物がレリーディ村で確保されました。逃走したメイビス二等兵と風貌が一致しており……」


 会議はレンヴェル大佐の進行で、次々と将校が報告していく形でした。


 新米少佐である自分は、話について行くだけで精一杯でした。


「今月は、B地区の兵士消耗がやや多いな。ヴェルディ、被害が増えた原因をどう思う」

「はい、レンヴェル大佐。3週間前からB地区に、エース級に相当する敵が出現しているのが原因と推測します」

「報告にあったやつか。そのエース級の、詳細な情報を報告せよ」

「はい。所属はおそらくフラメール軍、大柄で筋肉質な男性で、金属製の大盾を持って突撃してくる兵士です。【盾】の魔法も使うようで、銃や手榴弾では倒せないと報告されています。前線では【大盾】と呼称し、よく警戒しています」

「対策は考えているか?」

「無人の塹壕に釣りだして、包囲・砲撃する予定です」

「なるほど、その件はヴェルディに任せる」


 ヴェルディさんはレンヴェル大佐のすぐそばに座り、話を振られるとスラスラ返答していました。


 ……改めてヴェルディさんは、優秀な人なんだと思いました。


「では以上で、ブリーフィングを終わる。各自、職務に移れ」

「「了解です」」


 ブリーフィングは1時間ほど続き、重要な情報を頭に叩き込んだあと。


 各将校は、それぞれ自分の私室に戻って仕事を始めます。


 自分も同じように私室に戻り、渡されていた書類を仕上げていきます。


「トウリ様、報告書の収支に問題はございませんでした。ご確認をお願いします」

「はい」


 まずは秘書さんがジーヴェ大隊とケネル大隊からの報告書を読み、弾薬残量などの計算に誤りがないかチェックしてくれます。


 それらの戦闘記録や部隊損耗率、トラブルや備品情報などを見て承認していきます。


「ケネル大隊の小隊5個から、合計11名の補充申請が来ています」

「壊滅しているロベルト小隊を分解して、兵士を回してください」

「小隊数が減りますが宜しいですか? 後方で訓練中のドロール遊撃中隊から、前線勤務が可能な兵士のリストが来ていますが」

「……その中隊が結成されたのは6月でしょう? たった3か月の訓練で、新米兵士は使い物になりませんよ」


 この書類業務がなかなか大変で、秘書官さんの手を借りながら頑張っています。


 ほんの数キロメートル先で起きている事が書面で報告され、暖かな個室内で問題が処理されていく。


 そこには、何とも表現しにくい気持ち悪さがありました。


「朝のブリーフィングの議題にありました、ヴェルディ中佐の敵エース包囲作戦についてですが。作戦提案書に、修正を要する箇所がございまして」

「はい」


 今は戦争中です。


 前線では塹壕の中で、血と泥と汗にまみれた兵士が恐怖で震えています。


 自分はそれを見てきましたし、良く知っています。


「────戦闘報告です。現在。B20地区でフラメール軍が大隊規模の攻勢を仕掛けてきたそうです」

「戦況はどうでしょう」

「ジーヴェ大尉からの第一報では、『手持ちの戦力で対応可能、援軍は不要』との事です」

「了解しました、お任せします」


 この日は正午ぴったりに、フラメ-ル軍の攻勢がありました。


 オースティン軍の籠る塹壕に、命知らずのフラメール人が乗り込んできました。


「ジーヴェ大尉から、続報はありませんか」

「定時連絡のみです。現在の状況を報告させますか」

「いえ。……きっと、お忙しいのでしょう」


 前線で兵士が命がけで撃ち合っている間、自分には何も出来ません。


 ただ、目の前の書類業務と向き合い続けるだけです。


「トウリ様。ジーヴェ大尉から『戦闘終了、敵の撃退に成功』と報告がありました」

「了解しました。ありがとうございます」


 この日の戦闘は、5時間ほどでした。


 フラメール軍は結局、我らの塹壕を一つも奪取することなく撤退したそうです。


 オースティン軍の、完全勝利です。


「ジーヴェ大尉から戦闘詳報が送られてきました。ご確認をお願いします」

「はい」


 その日の晩、仕事が片付き食事をとっている時に、『戦闘詳報』が送られてきました。


 これは戦闘でどのような事が起こったか記した、戦闘の報告書です。


『報告者:ジーヴェ大尉。敵の推定被害:400名程度。味方の死者は48名、負傷者188名、行方不明51名。消費弾薬数は概算で1600発────』




 この日。自分の指揮するトウリ連隊の兵士48名が、命を落としました。


 部屋の片隅にまとめられていた軍籍票の束から、該当の兵士のものを探し出しました。


 そして48名の兵士の遺族に送る死亡通知書を、作成せねばなりません。


『~は非常に勇敢に戦い、~年の~日、フラメール軍の攻め立てる塹壕を死守し、激戦の末に命を落とす結果になりました。彼のような勇士を失い、我々としても非常に痛ましく残念であり~』


 死亡通知書に関しては、殆ど秘書官が作ってくださいました。


 文面のテンプレがあるようで、機械的に淡々と書類を作ってくださいました。


 自分は彼らの上官として、その通知書にサインをするだけ。


「……若い、ですね」

「ええ、死ぬのはだいたい若い兵士です」


 15歳、男性。徴兵されたのは、たった3週間前。


 緊張した面持ちで敬礼している男の子の写真が、死んだ兵士の軍籍票に貼られていました。


「トウリ少佐殿は、補充人員の割り当てを指示してください」

「……」

「先ほど躊躇われましたが、ドロール中隊は3か月も訓練しているのです。十分、実用には耐えうりますよ」


 秘書官さんは、自分に中隊の兵士リストを手渡しました。


 ……そのほとんどが10代で、自分より年下です。


「ジーヴェ大隊は、健康で元気な兵士を50名も失ったのです。行方不明者や負傷者を合わせると、400名に上ります」

「はい」

「補充しないと不利な戦域が増え、被害は増大する一方です。少なくとも戦死・行方不明を合わせ100名の補充は必須です」

「……はい」

「ドロール遊撃中隊を再編成し、人員を補充しましょう。トウリ少佐、ご決断を」

「分かりました」


 ドロール遊撃中隊は、ちょっと前の『トウリ遊撃中隊』と同じ立場です。


 輸送任務などをこなしながら訓練を積み、前線兵士を育成するための部隊。


「第1、第2小隊と第4小隊は、前線に出てもらいましょう。第3小隊、第5小隊はまだ練度が不十分で────」

「……」


 自分はそんな、徴兵されて間もない若者たちのリストを眺め。


 ドロール少尉の付けた『兵士としての点数』を参考に、前線送りのリストを作成しました。


「ドロール中隊から、新兵を100名ほど補充するよう手配します。この書類にサインをお願いします」

「はい」

「ドロール中隊は一時凍結し、すぐ新兵を配属させます。もし人手が足りなければ、次はブラウディ中隊を分解しましょう」

「分かりました」







 少佐に就任して、たった1日で48名の部下が死にました。

 

 アルガリアの戦で、初日に犠牲になった兵士が40名。


 あの戦いの犠牲者より多い死人が、今日の戦闘で出たのです。


「……明日のブリーフィングまでに、戦闘報告を纏めないと」


 実感がわきません。


 今日、たくさんの若者が犠牲になった筈なのに、ピンとこないのです。


 書類上で48名が死んだと言われても、現実味がないのです。


 彼らの死亡通知書は殆ど秘書さんが作ってくれましたので、自分はサインしただけです。



 きっと今日の前線は、過酷だったでしょう。


 小隊は一度の交戦で、だいたい2~3名が死亡するそうです。


 今日の死者が48人なので、20~30個の小隊が戦闘に関わったと推測されます。


 

 そんな中、自分は安全な司令部の中で書類とにらめっこしていただけ。


「……」


 自分の担当戦域で戦闘があった場合、ブリーフィングで報告しなければなりません。


 ジーヴェ大尉の報告を見ると、死因の内訳は砲撃魔法が29名、銃撃が9名、手榴弾などの火薬兵器が8名、敵前逃亡による処刑が2名でした。


「銃の被害は、思ったより少ないですね」


 機関銃がオースティン軍に投入されてから、銃撃戦は有利に戦えているようです。


 それで銃撃死はやや減っており、現在は砲撃魔法か手榴弾が主な死因になっているようです。



 一番被害が大きいのは砲撃魔法ですが、現状は「防ぎようがない」そうです。


 威力が強すぎて【盾】魔法では防ぎきれず、落下地点の予測も困難なので避けることも出来ません。


 なので、外れてくれることを祈るしかないのです。


 一方で手榴弾には対策があり、風銃の配備、対手榴弾教育の徹底などが挙げられます。


 爆発前に伏せて頭を守ることが出来れば、死亡率はぐっと減るのです。


 自分の仕事は、1人でも兵士の被害が減る方法を考える事。


 その為に、出来る事は何でもやっていきましょう。


「……もう、寝ますか」


 一通り被害状況を確認し、自分なりに解決策を考えた後。


 清潔なシートでくるまれた温かいベッドの上に横になり、そのまま寝息を立てました。







 ────戦場の、匂いがする。


 冷たく湿った土が、軍服にこびりついて染み。


 多くの戦友が寝そべる塹壕の奥で、周囲の喧噪が強まってきて、自分はぼんやり目を覚ましました。


「おはよう、トウリちゃん」

「……おはようございます、グレー先輩」


 地面に誰かの体液が溢れていないと確認し、手をついて頭を上げ。


 欠伸をしながら起き上がり、カバンに入れていたタオルで顔を拭いました。


「今は、何時でしょうか……」

「4時50分だ。もうすぐ、ブリーフィングが始まるよ」

「何と。ありがとうございます」


 グレー先輩に教えて頂いた時刻は、ブリーフィングの10分前でした。


 自分は慌てて、物品の点検に入ります。


 もしブリーフィングに間に合わなければ、顔が腫れ上がるまでブン殴られるでしょう。


「おはようございます、ロドリー君」

「ああ、おチビか。今日は寝坊助だったな、お前」


 衛生兵の装備に、銃がなくて助かりました。


 銃の点検をしていたら、10分ではまず間に合いません。


「点検終わりです!」

「もう集まってるぞ、こっちこいトウリ」


 ギリギリで、準備を済ませた後。


 自分は大きなリュックサックを背負い、小隊長のテントの前に集合しました。


「……よし、定刻だ。点呼を始め!」

「「はい!!」」


 テントの前には、小隊メンバーが既に揃っていて。


 仏頂面のガーバック小隊長が、中央にどすんと地面に腰を下ろしています。


「アレン分隊、以下5名、準備整いました」

「マリュー分隊、以下4名、準備整いました」

「トウリ1等衛生兵、準備整いました────」


 整列して、ぞれぞれ点呼を終えると。


 ガーバック小隊長は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべました。


「今日は出撃だ。お前ら、装備の点検は終えてるだろうな」

「「はい、小隊長殿」」

「予定地にはここより11キロメートルに進んだ地点だ。移動開始!」


 運が悪いことに、今日は突撃作戦の日でした。


 命令が下された以上、兵士達は命を賭けて塹壕の間を駆け抜けねばなりません。


「さぁ、いっちょやってやるか」


 自分はロドリー君と、狭い塹壕の中をトコトコ歩きました。


 移動のための塹壕は広くないので、基本的に一列になって進みます。


「……ん? 砲撃音」

「近いな。攻勢の場所は、もう少し先のはずだが」


 ガーバック小隊長の先導で、10分ほど歩いたころ。


 ズガァン、という不快な炸裂音があちこちから聞こえてきました。


「確かに妙だな。突撃の予定区域を確認する、行軍停止」

「すぐそこで、砲撃音が聞こえてますね」


 攻勢の予定があれば、準備砲撃が行われます。


 なのでてっきり、これは味方の砲撃魔法音だと思っていましたが……。


「ガーバック小隊長殿、敵も攻勢をしかけてきたようです。ここから南3㎞地点で、サバト陣地からの砲撃魔法を確認しました」

「そうみてぇだな。少佐の指示を伺う、しばし待機せよ」


 どうやらこの砲撃音は、敵の砲撃だったようです。


 ガーバック小隊長はレンヴェル少佐に指示を伺い、


「突撃作戦は中止だそうだ。防衛部隊の援護に向かう。お前等、戻るぞ」

「うーす」

「ったく、水を差しやがって」


 ガーバック小隊長は苦々しい顔で、サバト軍の陣地を睨みつけました。


 攻勢がしたかったんでしょうね。


「この辺りも、砲撃範囲に入ってそうだ。警戒を怠るな」

「了解……。っと、至近弾きます! 伏せて!」


 すると突然アレンさんが、大声で伏せるよう叫びました。


「ぎゃああぁ!」


 慌ててその場に倒れ込むと、直後に前の塹壕で赤い血飛沫が上がりました。


 激しい炸裂音と共に、人間の血肉が吹き飛んでいます。


 ……恐らく、砲撃魔法が人に直撃したのでしょう。


「至近弾! しきんだーん!!」

「分隊長ォォォ! くそ、次の指揮官は誰だ!」

「助けてくれぇええ!」


 すぐ近くから爆発音とともに、悲鳴のような野太い声が上がりました。


 同時に激しい雷鳴音と、銃声が木霊します。


「ガーバック小隊長! 前の塹壕から、銃撃音まで聞こえます!」

「サバトの連中、詰めてきてやがる! 砲撃だけじゃないぞ、警戒しろ!」


 塹壕から顔を出してみたら、足を失った兵士が助けを求めて自分に手を伸ばしていました。


 その奥の塹壕から、サバト軍兵士が這い上がってくるのも見えました。


「もう敵が、目の前に詰めてきてます!」

「早すぎるだろ、どうなってんだよ!」

「……大丈夫、トウリちゃ────」


 衛生兵じぶんに向かって手を伸ばす負傷兵に、後ろ髪をひかれながら塹壕に戻った瞬間。


「顔を上げ過ぎだ、グレーっ!!」

「ちュっ」


 目の前で心配そうに自分を覗き込んでいたグレー先輩の、顔が吹き飛びました。


 真っ赤な肉の飛沫が散乱し、噴出した動脈血が自分の頬に降り注ぎます。


「オイ! 前の塹壕の連中は何してる、もう突破されたのか!?」

「金色槍をもったサバト兵が、ものすごい勢いで突っ込んできてます!」


 目の前でザクロのようになったグレー先輩に、硬直して腰を抜かしていたら。


 ガーバック小隊長が猛々しく吠え、塹壕外に飛び上がりました。


「ソイツは『雷槍鬼』だ、アレン! 俺が出る、お前らは援護しろ!」

「了解!」


 グレー先輩を撃ち殺した部隊のエースは、金色長槍の偉丈夫でした。


 彼はガーバック小隊長に向かって雷を放ち、咆哮を上げています。


 ────エース級サバト指揮官、雷槍鬼カミキリ


「雷鳴が眩しすぎて、前が見えないっ……」

「サバト兵ども、光に紛れて突っ込んできてるぞ! 気を付けろ!」


 ガーバック小隊長の軍刀が、雷槍鬼の槍を弾き。


 凄まじい熱と光量の中で、二人のエースが激突しました。


 そのあまりの激しさに、思わず見とれてしまいました。


「……おい、手榴弾だ! おチビ避けろ!」

「えっ」


 光で視界が悪くなり、更にエース同士の撃ち合いに気を取られたせいで。


 愚かにも自分は、すぐ近くに手榴弾が投げ込まれたことに気付きませんでした。


「ったく、仕方ねぇチクショウ……っ!」

「ろ、ロドリー君!?」


 直後、自分はロドリーくんに抱きしめられて、


「ヴぁあああああ」


 爆風から庇うよう、ロドリー君は自分に覆いかぶさって。


 直後、爆炎とともに目の前で火だるまになりました。








「……なんて、夢ですか」


 次の日の朝。


 ガーバック小隊のブリーフィング時刻である、午前5時前に目が覚めました。


「……」


 ガンガンと頭が痛む中、起き上がって机を見ると。


 そこには、戦果報告書が昨日のまま置かれていました。



 ────報告者:ジーヴェ大尉。敵の推定被害:400名程度。味方の死者は48名、負傷者188名、行方不明51名。消費弾薬数は概算で1600発。


 ────死因の内訳は砲撃魔法が29名、銃撃が9名、手榴弾などの火薬兵器が8名、敵前逃亡による処刑が2名。

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