第165話
「なぁ、トウリ中隊長殿。当方は……どうすれば娘と仲良くなれるでしょうか」
「はあ」
授与式の後、自分達は1週間ほど各地を凱旋して回りました。
プロパガンダの為とはいえ、一日中笑顔を振りまき続けるのは疲れました。
「娘さんと上手く行ってないのですか、ナウマン兵長」
「ええ。娘のアンナが、なかなか甘えて来んのです……」
凱旋が終わった後は、1か月の休暇を貰えました。
その間、兵士達はそれぞれ故郷に帰る許可も下りました。
このナウマンさんは報奨金でウィンに新居を構え、家族と住まう事にしたそうです。
「こう、なんかアンナと微妙な距離を感じましてね?」
「娘さんも思春期なのでしょう。父親には、甘えたりしませんよ」
「でも昔はパパ、パパって抱きついてきて」
「幼児の頃でしょう、それは」
念願の娘と再会が叶ったナウマンさんは、気持ち悪いパパになっているようです。
話を聞けば、一緒に寝ようとしたら避けられ、隣に座ろうとしたら逃げられるそうです。
……年頃の娘を相手に、ベタベタしようとしたら避けられて当然でしょう。
「父親としてはもっと、こう……」
「近親相姦を避ける為、思春期の女性は血縁男性に嫌悪を抱くと聞いた事があります。あまり付きまとうと、嫌われますよ」
「そんなぁ。何とかなりませんか中隊長」
「それは自分の管轄外です。ご自身で解決してください、ナウマン兵長」
兵士に許された、つかの間の平穏。
生きて帰れる保証のない我々にとって、それはかけがえのないもの。
願わくば、兵士達には幸せな時間を過ごしてほしいものです。
「うぅ……、甘えん坊な時期の娘と暮らしたかったなぁ」
「パパは大変ですね」
ナウマンさんには、娘にあまりしつこく絡まず、お菓子などを買って会話のきっかけにしましょうと助言しました。
どれほど役に立つかはわかりませんが、今よりはましになるでしょう。
「ではガヴェル曹長、自分が留守の間はよろしくおねがいいたします」
「ああ」
そして家族に会いたいのは自分も一緒です。
自分は長期休暇を貰えると聞いて、セドル君に会いに行く計画を立てました。
このタイミングで彼の所へ行かないと、次はいつ会えるか分かりません。
「ガヴェル曹長に、トウリ中隊の指揮権を譲渡します。非常時は任せました」
「おう」
ガヴェル曹長の故郷はウィンなので、休暇中もウィンから離れないそうです。
火急の際には、彼が指揮官として動いてくれるでしょう。
「でもサバト経済特区に行って大丈夫か? 殺されたりしないか?」
「もう同盟国ですよ、サバトは」
「うーん」
ガヴェル曹長は、サバト経済特区に向かう自分を心配していました。
今は同盟こそ結んでいますが、やはり10年来の怨敵。
オースティン人とサバト人のトラブルも、確かに報告されています。
「俺はやっぱり、サバト人は嫌いだ。アイツらのことは許せない」
「自分も、サバトの旧政府軍は嫌いですよ」
「割り切らなきゃならねえんだろうけどさ」
一応、経済特区の人はオースティン人と扱われるそうです。
彼らは貴重な働き手なので、優遇していかねばなりません。
「……自分は、大丈夫ですよ」
「そっか。なら、休暇楽しんで来い」
一応は納得してくれたガヴェル曹長に、別れを告げ。
自分は行商の馬車に揺られ、セドル君の下へと旅立ったのでした。
「トウリです、よろしくお願いします」
「ああ、聞いてるよ。英雄さんなんだってな」
当時のオースティンは、まだ鉄道が整備されていませんでした。
なので旅行の際には、運賃を払って行商の馬車に乗るのが一般的でした。
自分は信用が出来る行商を探し、乗せてもらいました。
彼らの移動日程の都合上、二週間ほどしか滞在できないのが残念ですが……。
一人旅して捕まり、売り飛ばされるよりはマシでしょう。
「おい英雄ちゃん、あと数時間で廃村に着く予定だ。今日はそこで夜を明かす」
「……分かりました」
馬車の移動はゆっくりなので、目的地までは数日かかります。
その間、賊に襲われる可能性があるので、警ら隊が巡回している廃村を伝うルートが安全なのだそうです。
「寝るのは一人がいいか? それとも、誰かと一緒がいいか?」
「……一人で、大丈夫です」
「そうか。何かあったら叫べ」
ここは二年前、シルフ攻勢で焼かれた村の跡地だそうです。
オースティンの各地には、このような廃村が放置されていました。
路と広場だけ整地されていますが、家の壁は崩れ、玄関に蔦や雑草が生い茂っていました。
「ゴミは持っていくからな」
「はい」
自分達は村の広場に、テントを張って晩を過ごしました。
家屋は崩壊する危険があるので、中に入ってはいけないそうです。
「この村には、もう誰も住まないのですか」
「さあな。誰かが戻ってきて再開拓するかもしれない」
広場の傍らには、荒れ果てた田畑の跡がありました。
灌漑の基礎も残っているので、整地すれば住めると思います。
「だけどよ、ホラ。そこの水路の下を覗いてみな」
「……衣服?」
「2年前の骸の名残さ。水底を攫えば骨が出てくると思うぜ」
ただ、やはりというか。
こういった農村のご遺体は、供養されず放置されていたようで。
「地上の死体は獣が、川の死体はフナムシが綺麗にしただけだ。この廃村は、サバト兵に焼き討ちされた日から誰の手も加わっていない」
「……」
「今、嬢ちゃんが立てたテントの下にも骨が埋まってるかもな。こんな場所に住みたいか? 俺ぁ御免だね」
シルフ攻勢の後に自分達が見たあの地獄は、今も手つかずのようでした。
自然により、綺麗になったように見えるだけ。
「この村は収穫祭前だったらしい。教会跡に、木の祭具が朽ちてた」
「……」
「金属製品はほぼ盗られてるけどな。人間ってのはあさましいぜ、まったく」
行商人はそう嘲って、崩れた教会跡をボンヤリ見つめていました。
「この広場は、村のガキどもが走り回ってた遊び場だった。前に来たときは、そうだった」
「そうなのですか」
「俺ぁサバト人が嫌いだ。どうしても好きになれん」
行商人はそう言って、自分の方をジロリと睨みました。
自分がサバトの移民村に行くことを、咎めているのでしょうか。
「……貴重な話をありがとうございます。自分は、もう寝ます」
「そうか」
いくら国同士が同盟を結ぼうと、そう簡単には割り切れない。
講和が結ばれ戦争が終わっても、人々の心から恨みは消えません。
それらはやがて、次の戦争の引き金になるでしょう。
「おやすみなさい」
「ああ、嬢ちゃん」
戦わないと、殺される。
でも戦うと、殺し合いの火種が生まれ続ける。
この愚かな行為に、早く終止符を打ってほしいものです。
「俺達はここから、港町に向かう。2週間後に再び、この町に訪れる。良いな、嬢ちゃん?」
「ええ、ありがとうございます」
自分は行商人と別れたあと、数キロメートルほど歩いてサバト経済特区に向かいました。
……森を分けるよう作られたその道は、セドル君と別れた時と何ら変わりません。
「……」
この先にセドル君がいる。
そう思うと、心が晴れやかになっていきます。
彼は元気にしているでしょうか。アニータさんに怒られてはいないでしょうか。
明るい野道を踏みしめて、自分は半年ぶりにその村の入り口へと向かいました。
「お前は誰だ。何をしに来た」
「は、はあ」
久しぶりに、経済特区の入り口に着くと。
門には強面のオジサンが立っていて、ジロリと自分を睨みつけました。
「通行手形はあるか」
「な、ないです」
「じゃあ帰れ。ここはサバトの領域だ、オースティン人は入れない」
そのオジサンに見覚えはなく、微かに敵意を感じました。
……自分がオースティン人だから、でしょうか?
『アニータさんという女性が、この村に住んでいませんか』
『む、サバト語?』
『自分は彼女と、セドル君の家族です。どうか会わせていただきたい』
そう思った自分は、サバト語で彼に話しかけてみました。
自分はサバト語が分かります。敵ではありません、仲間です。
そういうアピールも込めて。
『アニータって、癒者のアニータか』
『はい。自分は彼女に、薬学を師事していました。自分はアニータさんの弟子です』
『むむむ。そうか、なら真偽を確かめてやる』
オジサンはそう言うと、入り口の鐘をカランコロンと鳴らしました。
間もなく、ぞろぞろ村人が集まってきます。
……随分と、警備が厳重ですね。
『なんだ、どうした』
『事件か、敵襲か?』
『この子がアニータの知り合いで、はるばる訪ねてきたから会いたいと言ってる。お前等、見た事があるか?』
『ほーん? ……あ、この娘は確か』
集まってきた人の中に、見知った人が居ました。
オースティンに移住するまでの間、同じ難民キャンプにいたサバト人です。
『お久しぶりです、ヨザックさん。自分の事を覚えていますか』
『ああ! このオースちゃんなら覚えてるよ。
『ヨザックが見たってなら、信用してやるか』
彼がそう言うと、門番だった男の眉間から皺が取れました。
そして無言で、中に入れとジェスチャーします。
彼に頭を下げた後、自分は村へと足を踏み入れました。
「お、おお……」
まだ半年ほどしか経っていない筈なのに、村は旅立った日から大きく変わっていました。
まず最初に目に飛び込んできたのは、
「完成したんですね、ヴァーニャ」
「ああ、皆で協力して建てたんだ。今度一緒にどうだい」
「ええ、是非。ヨザックさん」
出発の時には作りかけだったヴァーニャが、完成している事でした。
どこから持ってきたのか、豪華な彫刻まで入り口に添えられています。
「みんなで力を合わせて彫ったんだ。凄いだろう」
「……ええ、素晴らしい出来です」
ヴァーニャには宗教的な要素もあり、神様の彫刻が奉られることも多いそうです。
……遠くオースティンの土地でも、サバトらしさを出したかったのでしょう。
「にしても随分と、警戒が厳重になりましたね。前は門番さんなどいなかったような」
「あー、オースが盗みに来るからね。オレ達の酒や食料を」
「そうなのですか」
「若い女を攫おうとしたこともあった。だから村の入り口には門番を置いて、ぐるっと塀で囲む様にしてるんだ」
ヨザックさんによると、よく村に賊が襲撃を仕掛けて来るみたいです。
恐らく盗賊は、無差別に襲っているのだと思いますが……。
サバト経済特区にとっては『オースティン人が襲ってくる』という認識みたいです。
「オースの役人は偉そうだし、工場で働けってうるさいし。サボったら配給を絶たれるし」
「……はあ」
「早く自給自足できるよう、田畑を広げないとな」
この経済特区に移住している人は比較的、親オースティン派のはずですが……。
移住してから、オースティンに不信を抱いているようでした。
「……自分も、賊に攫われました。そして奴隷として売られかけました」
「おいおい、見境がないなオースは! 同胞まで攫うのかよ」
「ああいう賊には、我々オースティン人も迷惑しているのです」
今は、サバトといがみ合っている余裕はありません。
オースティンにとって、レミさんの新サバト政権は貴重な同盟国です。
サバトの内情も良く知る自分が、軋轢を解く架け橋になれば良いのですが。
「賊が来たら、微力ながら自分も協力しますよ」
「おいおい、そんな体で何が出来るってんだ」
もしも滞在中に賊が来たら、自分も協力して村を守るつもりです。
おそらく『賊』の正体は、食うに困ったオースティン国民だとは思うのですが……。
彼らを放置しても、悲劇が広がる一方だからです。
「こう見えて、現役の兵士ですよ」
「兵士と言っても、衛生兵だろ」
「ほら、銃だって持っているのです」
自分は正規のルートで購入し、銃を所持しています。
人買いに攫われかけましたし、旅には自衛手段が必須だと思ったからです。
オースティンでは一定階級以上の兵士は、公的に銃所持が認められるのです。
「じゃあ、いざという時は呼びに行くよ。『怖い賊が出たんだ、オースちゃん助けて』ってな」
「民間人を守るのは軍人の務めです。何時でもお呼び下さい」
「こいつぁ、頼もしいこった」
自分の話を聞いてヨザックさんはおどけて、からかう様に笑いました。
真面目に答えたのですが、ジョークと思われたようです。
「この先が、アニータの診療所だ」
「ええ、あそこですね」
そんな風に雑談をしながら、自分は村の奥へと歩いて行きました。
村を一望できる小高い丘の一軒家、それがアニータさんの家です。
「オレはお前は良いオースだと知ってるが、攻撃的な考えの奴もいる。気を付けて過ごせよ」
「ご忠告ありがとうございます」
「同じ船でオースティンに渡った縁だ、困ったことがあればオレに言え。そんじゃな」
丘の前で自分は、ヨザックさんと別れました。
そしてゆっくりと坂を上り、木造りの家へと向かいます。
「……」
アニータさんは、この村で癒者として働いています。
だからずっと、家にいる筈。
自分は玄関にたどり着くと、診療所の看板の下で扉を叩きました。
「誰かいますか」
「はーい!」
中へ呼びかけると、威勢のいい子供の声がして。
ゆっくり、木の扉が開かれて行きました。
「どうしましたかー!」
懐かしい、無邪気な声。
自分は扉が開くのを待ってから、出てきた子供に声を掛けます。
「……あ! あっ!!」
「お久しぶりです」
子供は自分を見るや、満面の笑みを浮かべ飛びついてきました。
自分も屈みこんで、抱き着いてくる彼の身体をしっかり受け止めます。
「トゥーちゃんだ! トゥーちゃん来た!!」
「ええ」
久しぶりに会った自分の家族────セドル君は、大はしゃぎで飛び跳ね続けました。
腕の中で甲高い声を上げる彼を抱きしめたまま、自分は万感の思いを込め、彼に言葉を掛けました。
「ただいま、セドル君」
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