9章 エンゲイ防衛戦
第164話
自分達がアルガリアの戦いに勝利したことは、オースティンの運命を大きく変えました。
もしアルガリアが陥落していれば、年内に首都ウィンまで占領されていたでしょう。
そういう意味で、我々がもてはやされるのも無理はありませんでした。
アルガリアの戦いが新聞で報じられ、トウリ中隊の活躍はオースティン中に轟きました。
あの勝利は、偶然の産物です。
戦友たちの覚悟、エイリス軍の近代戦の無理解、アルガリアの地形など、様々な要因が絡んで生まれた奇跡だと思います。
ですが結果だけが切り取られ、まるで自分が『天才指揮官』であるかのように称賛されました。
戦女神だの、姫君だの天使だの、悪ノリみたいな美辞麗句が飛び交いました。
謙遜するのも辟易する、さまざまな賛美を浴びせられました。
新聞を読んだ、オースティン国民の反応はさまざまでした。
記事の内容を信じ、我々を狂乱して讃える人もいた一方で。
誇張があるだとか、プロパガンダの虚報だとか、疑ってかかる人もたくさんいました。
しかしその実、これ以上戦果を脚色したら現実味が無くなるとして。
いつも戦果を『盛りがち』なウィン新聞が、珍しく事実しか報道していなかったのだとか。
ただ、忘れてはならない事もあります。
ベルン・ヴァロウの首都攻略失敗により、戦局は大きく不利に傾いたという事です。
この遠征のために、オースティンは貯蓄を使い果たしてしまいました。
生産力で劣る我々は、長期戦になれば不利を強いられます。
サバトの援助があるとはいえ、フラメール・エイリスの生産力に敵いません。
短期決戦だけが、唯一の勝ち筋だったのです。
だというのにベルンが敗走したため、オースティンの勝利はなくなりました。
これからは戦争を続けるほど追い詰められる、『詰み』に近い戦況です。
この時点で政府は『講和』に方針を切り替え、終戦する条件を模索し始めていました。
この先のオースティンにあるのは、引き分けか敗北のみ。
……それは、絶望的な状況といえました。
「今日ここに集まった勇者達は、我がオースティンの誇る英雄である」
ですが、たった150人で2万人の敵を追い返したという『奇跡』は、それを誤魔化すのに十分でした。
「トウリ少尉。貴殿はアルガリアにおいて素晴らしい指揮を行い、此度の勝利の立役者となった。ここに、その功績を称える」
「光栄です、皇帝陛下」
首都に到着した我々トウリ中隊は、皇帝陛下に呼び出され勲章を授けられました。
大勢の人が集まる中、陛下自ら励ましの言葉を掛けられました。
「貴官のような兵士がいれば、勝利は間違いない。心強いものだ」
「身に余るお言葉です」
勝ち目が無くなった戦争に、参加しようとする兵士はいません。
もうひと頑張りすれば勝てる、勝ったら豊かな暮らしが出来る。
今まではそんな甘い蜜に騙され、貴重な男手を戦場に送り出していたのです。
「以上、叙勲式を終える。各員、これからもオースティンに尽くしてほしい」
「謹んで承ります、皇帝陛下」
物資の枯渇したオースティン軍に、未来はありません。
現在オースティンは、食料や武器生産をサバトの援助に頼っている状況です。
裏を返せばサバトの援助が続く限りは、戦争を続けられるのです。
まだフラメールやエイリスの国力は、余裕があります。
もう少しだけ、彼等には死者を出して貰わねばなりません。
オースティンとしては、彼等に数十年ほど戦争できない傷を負って貰いつつ。
ほどほどの所で講和を行うという、繊細な外交を行う腹のようです。
この頃からオースティン軍は、戦術目標を「領地確保」から「敵兵殲滅」に切り替えました。
領地より敵の被害を優先し、民間人であろうと一人でも多くのフラメール人を殺す。
それが、オースティンの生き残る道だからです。
なので突撃作戦を行わなくなり、ひたすら拠点防衛に努めるようになりました。
ここから我々は戦場に、血で血を洗う地獄絵図を作り上げます。
……いよいよ、戦争は最終局面に踏み入ろうとしていました。
「授与式、お疲れ様だったなトウリ少尉」
「はい、お気遣いありがとうございます」
そして、勲章授与式の後。
自分達は首都官邸に招かれ、フォッグマンJr首相と会食を行いました。
「若いのに堂々たる態度、素晴らしいことだ。私の部下に欲しいくらい」
「光栄なお言葉です」
首相は筋肉質で若々しく、毛深い男でした。
30代と言われても違和感がないのですが、彼は何とヴェルディさんより一つ歳下、二十歳だそうです。
そんな年でオースティンの内政を取りまとめているのは、傑物の証でしょう。
「失礼な事を言うが、君があの戦果を挙げたなど信じがたいな」
「戦友たちの頑張りがあってこそです」
「それだよ。君の年齢で部下を統率できていることが、信じられんのだ。政治家どもは、私を軽んじて従ってくれん」
フォッグマンJr首相は『自信の塊』のような人でした。
自らの考えが正しいと信じ疑わず、強引に実行していくタイプの人のようです。
「君はどうやって部下を従えている? その容姿風貌で、軽んじられないのか」
「軽んじられないか……ですか」
自分は彼を、毒にも薬にもなる人だと感じました。
フォッグマンJr氏の考えていることが正しいうちは、頼れるリーダーになるでしょう。
ですが彼の考えが変な方に向いた時は、愚物になるかもしれません。
「自分に人を従わせる圧はないので、従いたくなるように振る舞っています。そのため誠実で、真摯にあろうとしています」
「なるほど、従いたくなるよう振る舞うのか。君は中々、食わせ物だな」
自分の答えを聞いて、フォッグマンJrはゲラゲラと笑いました。
……もしかして、腹黒いとか思われたのでしょうか。
「実は君の遍歴を、少し調べさせてもらっている。何とまぁ、辛い過去を持っているな」
「辛い過去、ですか?」
「安心しろ。言及されたくないなら、する気はない」
フォッグマン首相はニヤニヤと笑みを崩さないまま、話を続けました。
一方で自分は、頭に疑問符を浮かべたままです。
思い当たることが多すぎて、本気で分かりません。
「いい報告だ。来年度から、復興援助を始める予定だ。君の故郷ノエルも、対象に組み込まれているよ」
「おお、感謝いたします」
「これからは、内政にも力を入れねばなるまい。ノエル孤児院の再建も、急がないとな」
フォッグマン首相は『感謝しろよ?』と言わんばかりに、自分を見てほほ笑みました。
成程。『辛い過去』とは、ノエルを焼かれた件みたいですね。
「そこでだ。あー、情けない話なのだがな? 馬鹿どもの一部が、この方針に反対しているんだ」
「はあ」
「今は復興支援より、軍事産業を回す方が大事だとのたまうのだ。どうせ賄賂を貰ったんだろう」
「……」
「ま、確かに銃弾も大事だろうさ。だが、復興にも力を入れないと産業効率が落ちるに決まってるだろう!」
フォッグマン首相は苛立たし気に、机をガンと叩きました。
自分は一瞬、ビクっとしました。
「連中、戦争に目がくらんでその塩梅を理解しとらんのだ。国内産業の安定化を図るには、治安の維持と労働力の確保こそが重要。孤児院を建て、その孤児を国営事業に従事させた方が良いと何故わからない!」
「そ、そうですね」
「銃弾が大事なことくらい言われずとも分かるわ! その銃弾を作る国民の生活とインフラをだな────」
首相は怒りのままに、自分の前で猛々しく叫びました。
いきなり怒鳴りだした首相の奇行に、自分は唖然とするのみでした。
「いや、すまん。熱くなりすぎたな」
「い、いえ」
「今、予算決議で揉めているのだ。最終的には皇帝陛下の判断になるが……、復興予算が採択されなければマズい」
フォッグマンJrは嘆くように目を覆い、再び机に座りました。
どう声を掛けようか困っていると、彼は急に起き上がり、自分の手を握りました。
「そこで君の力を借りたいのだ! トウリ少尉」
「へ?」
「君、復興予算に寄付をしてくれないか」
話の流れが切り替わり、自分は目を瞬かせました。
……いち軍人である自分が、寄付ですか?
孤児院再興にはもちろん協力しますが、自分の財産などたかが知れているような。
「ああ、君が懐を痛める必要はない。英雄である君が、寄付をしたという事実が大事なんだ」
「は、はあ」
「寄付資金は、こっちで用意する。ただ出資者として、君の名前を使わせてほしい」
フォッグマン首相は何やら、難しい話をしているようです。
彼の口ぶりが、胡散臭いような気もしますけど……。
「自分の名前に、そんな価値があるでしょうか」
「ああ、君の力添えがあれば多くの人を救えるんだ。お願いだ、頼む」
何となく、彼が孤児院を再興しようとしているのは『本気』だと感じました。
……自分の故郷である、ノエル孤児院を。
「分かりました。孤児院の再建、よろしくお願いします」
「ああ。決断をありがとう、トウリ少尉。後はこちらで上手くやっておく」
あの場所を引き合いに出されたら、協力せざるを得ません。
貧困で苦しむ孤児の助けになるなら、ちょっとくらい利用されても本望です。
「いやぁ、トウリ少尉が話が分かる人で良かった。これからもよろしく頼むよ」
「ど、どうも」
ちょっと欺瞞を感じながらも、自分は差し出されたフォッグマン首相の手を取りました。
財産など、セドル君とつつましく生活できる額が残ればそれでいいです。
自分は戦争で、多くの人を殺めました。
人殺しで得た財産ならば、良いことに使わねば罰が当たるでしょう。
「その代わりと言っては、だ。トウリ少尉」
「はあ」
「君の階級は期待しておいてくれ。適切に、公正に、君の戦果は評価されるだろう」
自分の手を握り返しているフォッグマンJr首相が、とても悪い笑顔を浮かべているのは気になりますが。
その後、自分の名前はガッツリと
書類上、軍の予算から自分の目が飛び出るほどの報奨金が支払われ、自分がそれを丸々『復興資金』に寄付したことになっていました。
フォッグマン首相は復興予算が通りそうにないので、自分の寄付という形で軍事費から予算を確保したみたいです。
自分が孤児院出身なので、報奨金を孤児院に寄付しても不自然じゃなかったのでしょう。
……フォッグマンJrは強引ですが、結構やり手なのでしょうか。
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