第146話

「楽しんでいますか、ナウマンさん」

「お、中隊長殿」


 その日の晩。


 部隊結成祝いとして、各兵士にワインとお菓子が配られました。


「交ぜていただいてもいいですか?」

「ええ、もちろん。来てくれるとは」

「この小隊が、一番のんびり出来そうなので」


 ガヴェル曹長も、自らの増強小隊メンバーと席を囲んでいます。


 皆は久しぶりの酒に目を輝かせ、程よく盛り上がっている様子です。


「ナウマン工作小隊にようこそ」

「よろしくお願いします」


 ただ、自分が顔を出すとその盛り上がりが狂乱に変わります。


 酒が入り自制が外れたのか、全身を撫で回されそうになりました。


 そんなこんなで辟易していたら、ナウマン工作小隊はシックに大人な雰囲気で飲んでいたので、混ざりにいきました。


「少尉殿は、お酒はお持ちでないんですか」

「まだ飲める歳ではありませんので」

「おや、そうでしたか。少尉は風格がありますので、たまに年下だって忘れちまいますな」


 ナウマンさんは笑いながら自分を上座へ座らせると、自分の水筒と乾杯しました。


 工作小隊の面々は、ナウマンさんに倣って静かに飲んでいる様子。


 この席は居心地がいいですね。


「昼に喧嘩があったそうですが、どうなりました?」

「ああ、彼らには適正に処分を下すのみです」

「おぅおぅ、おっかない」


 殴り掛かった兵士には、口頭注意だけに留めました。


 喧嘩っ早いのは良くないですが、大きな罪を犯したわけではありません。


 問題は殴られた方、敵前逃亡疑惑のある兵士です。


「一人、作戦本部に呼び出されたみたいですが、どうなるんですかい」

「どうにもしませんよ」


 彼は作戦本部に呼び出され、尋問を受けました。


 そこで彼は、幼い自分を慮って「いざという時は逃げろ」という助言をしたと述べたそうです。


 敵前逃亡は「説得力を出すための作り話だ」とか。


 その供述を上層部は受け入れ、通常の罰則処分で済んだそうです。


「今のオースティンは、どんな兵士でも無駄にできないのです」

「なるほどですなぁ」


 そういう事にしないと、処刑しないといけなかったですからね。


 こんな苦しい言い訳が通ったあたり、作戦本部も処刑を回避したかったのでしょう。








「トウリ中隊長はサバト兵の奇襲を、輸送部隊だけで追い払ったのだとか」

「ええ。輜重兵の方々がよく戦ってくださいました」

「いや、実にお見事。その雄姿を見たかったものです」


 宴席では、ナウマン兵長は軽やかに自分を褒めました。 


 媚を売るような感じではなく、父親が娘を褒めるような感じです。


「どうです、大戦果を挙げた気持ちは。良い自慢になったんじゃないですか」

「いえ。もっと上手くできたんじゃないかという、後悔でいっぱいです」

「何とまぁ、向上心に溢れた人だ。我らの優秀な指揮官に乾杯」

「どうも」


 ……しかしただ誉めているだけではなく。


 ナウマン氏はさりげなく、自分の器を測っている気がしました。


 ベテランであれば、何となく指揮官の質が分かる筈です。


 彼はこの宴席で、自分が信用に足るかどうかを見ているのでしょう。


「当方は実に幸運ですよ。貴女の下で戦えるなんて、ね」

「……むしろ、貴方のようなベテランを配属できて幸運です」

「いやいや、またそんな」


 ナウマン兵長は瞳の奥を見透かすように、自分を真っすぐ見つめ笑っています。


 探りの入れ方が実に老獪、頼りになりそうな人です。


「ナウマンさんは、話しやすくて助かります」

「お、それはどういう意味でしょうかね」

「自分は見ての通り鉄面皮ですから。皆、遠慮がちにしか接してくれないのですよ」


 もう1つのナウマン兵長の特徴は、程よく気さくな点でしょう。

 

 思春期の少女────特に自分は不愛想なので、どうしても話しにくくなるものです。


 ナウマン氏は、距離感を掴むのが上手いですね。


「自分くらいの娘に話しかけるのに、気は使いませんか」

「いえいえ。私は上の娘が、ちょうど中隊長殿と同年代なのです」

「そうでしたか」

「思い出したら会いたくなってきた。早く戦争を終わらせ、故郷に帰りたいもんですな。頼みますよ中隊長殿」

「ええ、尽力するつもりです」


 ナウマン氏はワインを含みながら、優しい笑みを浮かべて娘自慢を始めました。


 戦場での娘自慢は縁起が悪いですが、ナウマン氏は気にする様子がありません。


 彼は自分を撫でに来ませんでしたし、迷信を気にしない人なのでしょう。


「やはり、娘さんは恋しいですか」

「そうですなぁ。娘に『行かないでパパ』と泣きつかれたのが、もう5年前」

「はい」

「そろそろ、気立ての良い美人に育っている筈です。会いたいなぁ」


 彼は小さな姉弟の写真を取り出すと、懐かしげにキスをしました。


 その写真はもう古く色あせていますが、大事にされ綺麗な状態でした。


「ああそうだ、中隊長殿。娘にプレゼントを贈る予定なのですが、何か助言はありますかね」

「プレゼントですか」

「酒保に、フラメールからの鹵獲品が流れてきてるみたいでして。工芸品やアクセサリーなど、送ってやろうと思うのです」


 ナウマンさんは家族を大切にしており、定期的に手紙やプレゼントをやり取りしているそうです。


 きっと、家では良いお父さん何でしょう。


「そうですね、フラメール人形などはどうでしょうか」

「人形ですか。……うーん、小隊長の歳で人形遊びなんてしますかね」

「自分はしますよ。人形遊び」

「……するんですか」


 芸の練習として、人形遊びは今でもたまにやります。


 戦争が終わったら癒者兼芸人になるつもりなので、研鑽に手は抜きません。


「お人形遊びしてる女の子が中隊長……」

「はい、中隊長です」

「い、いやぁ。可愛らしい所もあるんですねトウリ少尉」

「どうも」


 人形で遊ぶと宣言したら、ナウマン工作小隊の皆様に引かれました。


 そんなに変でしょうか、人形遊び。


「人形劇も馬鹿にしたものではないですよ」

「人形劇、ですか」

「よろしければ余興として、一席設けましょうか」


 工作兵たちが怪訝そうな顔をする中、自分は用意していた人形をカバンから取り出しました。


 自分はもともと、旅芸人として生計を立てていくつもりでした。


 かつては腹話術を使った人形劇で、孤児院の子を夢中にしたものです。


 本職プロのアルノマさんにも絶賛され、『絡繰り人形姫メカドールプリンセス』と恐れられました。


「に、人形劇かぁ」

「恐らく、期待の上を行く自信がありますよ」






「狐さんは言いました。十五夜に皮を剥かれ、串刺しにされて晒されたウサギが居て────」

「……はえー」


 やはり自分の人形劇は、大うけでした。


 宴会芸は数少ない、自分が『得意だ』と言えるスキルです。


 人形劇だけは、オースティンの誰にも引けを取りません。


「こいつは参ったなぁ。オジサンがやろうとしてたギター芸が霞んじまう」

「ふふん」

「トウリ少尉が、笑顔浮かべてる……」

「笑うんだな、少尉殿」


 宴会芸は偉大です。


 自分が人形劇を披露してから、ナウマン工作小隊の皆さんの態度が柔らかくなりました。












 楽しかった宴会の、翌日。


「どうやら士気を上げるのが目的のプロパガンダ部隊らしい」


 自分達は朝一番から、模擬戦形式で訓練を行いました。


 まず最初に、現在の兵士の練度を確かめようとしたのです。


「遊撃中隊と名乗っているが、実情は予備戦力なのだとさ」

「ちぇ、緊張して損したぜ」


 我々は遊撃中隊、言ってみれば便利屋です。


 これからどんな作戦に駆り出されるか、想像も出来ません。


 多彩な任務に対応するため、高い訓練度が求められます。



「やーらーれーたー!」



 ……しかし現実は、そう甘くなく。


 補充された101名の兵士のうち、74名は徴兵されたての素人同然でした。


 何も訓練を施されないまま、補充速度を重視し採用されたようです。


「もう駄目だ、体が動かない」

「足が痛いよ、腕に力が入らないよ」


 部隊の大半が素人では、訓練になるはずがありません。


 初日の実戦訓練は、昼の間に兵士の大半が脱落してしまう酷い有様でした。


「では本日は午後から、体力訓練を行いましょう」

「は、はい……」


 このままでは作戦行動はおろか、訓練すらままなりません。


 なので実戦的な訓練は後回しにして、まずは体力面の強化を図る事にしました。


「ぷく……」

「我々はナウマンさん率いる工作小隊と合同で訓練です」

「ぷくぷー?」

「駄目です。貴女こそ体力をつけるべきです、アルギィ看護兵」


 自分とアルギィ看護兵は、ナウマン工作小隊の訓練に交ぜてもらいました。


 アルギィは男性恐怖症を言い訳にプクプク言ってましたが、強制参加して貰いました。


 訓練は生死に直結するので、サボると彼女が困るのです。


 ……なの、ですが。


「はい、ワンツー、ワンツー。こらお前ら、よそ見すんな」

「……」


 訓練中、彼女の胸が揺れる揺れる。


 艶やかなアルギィのトレーニング姿に、若い工作兵さん達は釘付けになっていました。


 性格に難がありますが、アルギィは物凄い美女なのです。


「ごくっ」

「ぷ……ぷくぷくぷくぷくぅ」


 彼女が汗をかきながら胸を揺らしトレーニングする姿は、かなり目に毒でした。


 アルギィが皆の前で訓練したがらない理由が分かりました。


「……ぷーくっ」

「あー、悪かったです。これからは二人で訓練しましょうか」


 見られる恐怖もあったのか、訓練が終わるころにアルギィは涙目になっていました。


 申し訳ない気持ちでいっぱいです。


「ぷくぷくぷく……」

「それは駄目です、体力訓練自体は必須です。アルギィさん自身の為にも」

「ぷえー」


 ですが中隊として行動する以上は、体力をつけないといけません。


 いざという時に逃げ出すだけの体力が無いと、死んでしまいます。


「ぷくぷくぷぅ」

「ええ、配慮はします」

「なぁ、トウリ小隊長」


 怒るアルギィを宥めすかして、何とか訓練を続けるように説得しました。


 他ならぬ彼女の為なので、頑張って頂かねばなりません。


「どうしました、ナウマン兵長」

「その娘が何言ってるのか分かるんですかい?」

「……」


 ナウマン氏は怪訝な顔で、自分とアルギィを見ました。


 そう言えばアルギィの言語は、初対面だと分かりませんよね。


「いえ、実はあんまり自分も分かってないです」

「ぷく!!?」

「何かこう、ボディランゲージで推測してる感じです」

「成程」


 意味は理解できませんが、アルギィの表情や態度から察する事は出来ます。


 アルギィは結構、分かりやすい性格をしているんですよね。


「あ、それと別にお耳に入れたいことが」

「何でしょうかナウマンさん」

「実はですね」


 ナウマンさんは周囲を軽く見渡した後。


 真面目な顔で、自分にある情報を耳打ちしてくれました。








「大変ですガヴェル曹長。兵士が真面目に訓練してくれません」

「そうだな。ドイツもコイツも身が入ってない」


 ナウマンさんに聞いた話によると。


 どうやら「トウリ遊撃中隊は実戦投入されない、プロパガンダ部隊である」と噂が流れているようです。


「プロパガンダの為だけに150人も遊ばせておく余裕なんざねーよ。誰だそんなデマを流したのは」

「自分の噂のせいでしょうか」


 幸運運びラッキーキャリーの噂が、想定外に広まっていたのが原因でした。


 プロパガンダによる士気高揚のため、軍部は慰安イベントの為の遊撃部隊を新設したのだという噂です。


 それは、若く幼い自分が中隊長に選ばれた理由として、この上ない説得力を持っていました。


「その噂のせいで、『実戦に出ないなら訓練いらないじゃん』と思われているみたいですね」

「やっぱり俺が中隊長のままでよかったんじゃねぇか?」

「自分もそう思います」


 トウリ遊撃中隊は普通に実戦投入されると聞いています。


 その時に、訓練不足で死者が出たら目も当てられません。


「訓練をサボるヤツに、良い感じに罰を与えられないか」

「罰と言っても……」


 こういった時は、どうすればよいのでしょうか。


 自分には、訓練をサボらせないカリスマがありません。


 こういう時に相談に乗ってくれそうな人は……。


「知り合いに相談してみます」

「知り合いって、誰にだよ」


 自分の頭に思い浮かんだのは、ドールマン氏でした。


 彼は歩兵上がりの衛生兵で、その軍歴の長さは半生に及びます。


 タイミングを見て、顔を見せに行く予定でしたし。


「一応、当てはありますのでご安心ください」

「そうか」


 今日はもう遅いので、明日アポイントを取りましょう。


 ついでにケイルさんにも顔を見せて、無事を説明しておかねばなりません。


 そう考え、ガヴェル曹長との会議を終わろうとしたその折でした。



「あ、トウリ少尉。手紙が回ってきています」

「手紙ですか」

「ええ」


 中隊の見張り兵から、自分に宛てて一通の文を届けられました。


 その手紙の差出人を見ると……。


「お、おい。その手紙」

「ヴェルディ少佐からですね」


 見張り兵に手渡された手紙は、ヴェルディさんからでした。


 封筒にはヴェルディ少佐の捺印が施され、厳かな書体で『連絡状』と認められていました。


「何と書いているんだ?」

「明日、空いている時間に話がしたいと」

「む」


 ヴェルディ少佐は怪我から復帰され、仕事を再開しているようです。


 元気になったので、自分と話がしたいのだとか。


「すみませんが明日、ヴェルディ少佐の下へ行きます。訓練はお任せしてよろしいでしょうか」

「……俺はついて行かなくていいのか?」

「自分一人で来るよう書いてます」

「……」


 そういやガヴェル曹長、ヴェルディさんの大ファンでしたね。


 彼を英雄視しているんでした。


「……妬まないでくださいよ? おそらく内容は、取った作戦行動に対する質問などでしょう。指揮官である自分が呼ばれるのが筋です」

「妬んでないし」

「なら良いのですが」


 妬んでいないと言いつつ、ガヴェル曹長はジトーっと恨みがましそうな目で自分を見ていました。


 何かを疑っています、か?


「一応言っておきますが、自分とヴェルディ少佐の間には何もないですよ」

「何の話だよ」

「それを心配されているのかなと」

「してねーよ!!」


 ガヴェル曹長の顔は真っ赤でした。

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