第126話

「噂で聞いたんだけど、君、降格になるみたいだよ」

「はい」


 思えば自分が、本格的にこの男と関わるようになったのはこの日からでした。


 自らを悪と断じるダークヒーロー気取りの異常者、ベルン・ヴァロウ。


 オースティンが生んだ、今世紀最悪の快楽殺人鬼。


「ヴェルディ少佐も酷いよね。あのサバトの内乱を生き延びて、命からがら戻ってきた軍人に対する仕打ちじゃないよねぇ」

「いえ、自分は納得しています」

「畏まらなくて良い、誰だって不満に思うはずさ」

「本当に気にしておりませんので」


 彼は『うんうん、俺には分かっているよ』と言いながら病床業務中の自分に向かって歩いてきました。


 清潔にしておかねばならない物品があるので、無暗に歩き回られると困るのですが……。


「大丈夫。俺だけはちゃんと、君の輝きを知っている」

「……」

「トウリ衛生准尉。久しぶりに会ったけど、とても魅力的になった」


 そのまま彼は自分の肩を抱いて、耳元でそう囁きました。


 嫌悪感でゾワリと鳥肌が立ちましたが、上官なので我慢しました。


「その、ベルン様は自分に何を仰りたいのですか」

「俺はただ、君が羽ばたく力添えをさせて欲しいんだ」

「はあ」


 ベルン氏は吐息交じりに、顔がこわばった自分の肩を抱き寄せました。


 変な柑橘系の香水の匂いが、ほんのり漂ってきました。


「……おお」

「どうしたんだ、トウリ衛生准尉?」


 この時にやっと、自分がセクハラを受けているのだと気がつきました。


 ベルン氏に限らず、女性兵士にこういうセクハラを仕掛けてくる軍人さんは多いです。


「つまりベルン様は、自分の手伝いをしたいと仰るのですか」

「ああ」


 今まで自分がセクハラを受けなかったのは、見た目が幼かったからでしょう。


 しかし今年で自分も17歳。複雑ですが、自分もとうとう大人の女性と見なされる日が来たのです。


 こういうナンパを上手くあしらえる様になってこそ、一人前の衛生兵。


「ではベルン様、消毒液をこの辺に散布しておいてくれますか」

「えっ」


 自分はベルン・ヴァロウに練習中の笑顔で微笑みかけると。


 持っていた散布用の消毒液を、より掛かってくるベルン・ヴァロウ氏に手渡しました。




「あ、その辺にも撒いといてください」

「お、おう」


 彼は自分の指示通り、素直に消毒液を散布してくれました。


 ついさっき患者さんが敗血症でお亡くなりなった場所なので、感染予防として病床の洗浄が必要だったのです。


 続いてシーツの交換、器具の補充、医療ゴミの廃棄とやることはたくさんありました。


「次は手袋を着けて、シーツをたたんでください。膿が付着している場所は感染源なのでなるべく触らずに」

「あ、ハイ」


 オースティンの英雄っぽい雑用係は、要領よくテキパキと掃除を手伝ってくれました。


 流石に少佐ともなれば仕事が早いですね。遠慮なくこき使わせていただきましょう。


「じゃあシーツ替えますよ。そっちの端を持ってください」

「……はぁ」


 こういった雑用は、下っ端である自分の仕事です。衛生准尉なんて階級は関係ありません。


 衛生部では人を殺して高い階級を得た人より、治療の腕と知識がある人が偉いのです。




「あのー、これいつまで続くの?」

「まだまだやるべきことはありますよ。衛生部は忙しいのです」

「じゃあどこか適当なところで切り上げて、そろそろ俺の話聞いてくんない?」


 そんな感じでベルン氏を気にせず仕事を続けていたら、とうとう止められてしまいました。


 このまま誤魔化せるかとも思ったのですが、上手く行かないものです。


「……ねぇ。本当に降格になる件、気にしてないの?」

「はい、むしろ感謝しております」

「何で? ヴェルディのヤツに上手いこと言いくるめられちゃった?」


 仕事を手伝って貰ったお礼という訳では無いですが、自分はベルン・ヴァロウに向き合って話に応じました。


 ……目が合うだけで嫌悪感が湧き上がりましたが、悟られぬ様に抑え込みました。


「自分は管理職などまっぴらごめんです。上に立つ者の器も能力もありません」

「そんなこと言って。本当は前線指揮官として、バリバリ戦ってみたいんじゃないのかい」

「そんな筈がありますか」


 ベルンが一体どういう情報を得て、自分にアプローチを仕掛けてきたかは分かりませんが。


 この自分の返答は予想外だったようで、彼は目を丸くして驚いていました。


 自分が前線を熱望しているとでも思っていたのでしょうか。


「すまんね、ちょっと情報に食い違いがあったみたいだ。……君、あんまり前線部隊に興味はないの?」

「それが正規の異動命令であるならば、自分の上官であるヴェルディ少佐を介してお命じ下さい。貴官は、自分に対する人事権をお持ちでない筈です」

「いやいや、これは命令じゃなくて提案さ。君がその気なら、俺は力になるよっていう」

「では、大変恐縮ですがお断りさせて頂きます」

「……」


 自分はベルン・ヴァロウの目を見てはっきりとそう告げました。


 前線勤務など、まっぴら御免です。自分は生きて、セドル君の下に帰らなければならないのです。


「聞いてた情報と大分違うなぁ。少佐である俺から直々のスカウトなのに、こうも冷たく対応されるとは」

「先ほどのが、スカウトに来た方の態度なのですか? ベタベタと体を触ったり、嫌がる女性の方が多そうですが」

「ああ、それはチャラ男好きって噂の君に合わせたつもりだったけど。もしかしてデマだった?」

「まぁ、その噂はデマじゃないですが」


 成程。それで妙に馴れ馴れしく体を触ってきたのですか。


 ……どれだけ調べてここに来たんでしょうか、この人。


「じゃあ気が変わったら俺に言ってね」

「気が変わることは無いかと思います」


 自分はグレー先輩を尊敬しているだけで、チャラいだけの人には全く興味ありません。


 かなり強い拒絶の意思を込めて、自分はベルンを睨み付けました。


 この時のベルンの、後ろ髪を引かれるような顔はよく覚えています。

 


 ────自分は、人の死を見るのが嫌いでした。


 これまで余りに多くの人の死を経験して、少しその感覚が麻痺しつつありましたが。


 西部戦線で、無造作に転がる敵味方の遺体を見るのは嫌でした。


 マシュデールで、まだ息がある重傷者を見捨てるのは心が痛みました。


 目の前で、体温を失っていくロドリー君を思い出すだけで涙が溢れてきます。


「自分は、もう2度と前線に出たくありません」


 命の危機と隣り合わせの歩兵は、自分には余りに荷が重すぎました。


 自分に前線の適性など、無かったのです。


「そうかい」


 その返答を聞いたベルン・ヴァロウは、つまらなそうな表情を浮かべて、


「誰よりも楽しそうに敵を撃つ、戦場の銃姫。……君、サバトでそう呼ばれてたそうだよ?」

「えっ?」

「もうちょっと、正直になってくれれば助かるんだがな」


 そう言い捨て、立ち去ってしまいました。








「南軍の英雄から誘われとったそうじゃな」

「耳が早いですね、ドールマンさん」


 あの時ベルンが何を考えていたか、なんて事を考えるのは時間の無駄です。


 結論から言うと彼は、何でも考えています。


 彼は言動に裏があるタイプではなく、目的に応じて複数の意味を用意しておき、その場で最適な選択をしていくタイプの参謀です。


 この自分を誘った時だって、ただ降格の不満につけこむだけではなく「口説いて手込めにすれば従順になる」だの「戦闘狂だったらより過酷な戦場を用意できる」だの「孤児院の再建に協力する」だの、様々な交渉札を用意して勧誘に臨んでいたのだそうです。


 あまりに自分の拒否が強すぎて、早々に諦めたそうですが。


「あまり面識はないが、不気味な男よの。あれほど無機質な目をする人間はなかなか見ない」

「無機質、ですか」

「ああ。昔から腕の良い参謀は、目が無機質なものだ」


 そんな悪人ベルンに目を付けられてしまった時点で、自分の命運は決まっていたのでしょう。


 この日、彼は諦めて帰ったように見えましたが……。


 彼が諦めたのは自分を「説得する事」だけで、自分を引き抜く事はこれっぽっちも諦めていなかったのです。


 ベルン・ヴァロウと初めて出会った日、余計なことを言わずアリアさんの後ろで震えてさえいれば。


 口は災いの元、とはよく言ったものです。


「あまり気を許さん方が良いぞ。参謀という人種には特に」

「気を付けておきます」

「まぁ、単にあの男が小児性愛という可能性もあるが。……あ、すまん。失礼だったな」

「自覚はありますのでお気遣いなく」


 なお、ベルンが自分を口説いている様子は衛生部の皆に見られており。


 彼はしばらくロリコンの謗りを受けたそうですが、気に留める様子は全くなかったそうです。










「トウリちゃんに、ベルン少佐が会いに来たのですか?」

「はい。ヴェルディさんは何か事情を知りませんか」


 とまぁ、そんな事があったので。


 自分はヴェルディさんに、不審者情報を届け出ました。


「うーん、すみません。彼の考えていることはさっぱり分からないのです」

「そうでしたか」

「彼が若い少女兵士を口説いているという噂は聞いていましたが、トウリちゃんだったんですか」


 ヴェルディさんは、ベルン・ヴァロウの奇行に首をかしげていました。


 どうして面識のない自分を口説きに来たのか、本気で分からないようです。


「他にベルン殿は何と仰っていましたか?」

「自分の活躍の手伝いがしたい、歩兵部隊に移らないかと」

「えっ、正気ですかあの男は」


 しかし相手はベルン・ヴァロウ。オースティンの英雄で、勝利の立役者。


 雑に対応していい相手ではありませんので、ヴェルディさんに対応いただくのが無難でしょう。


「自分は出来れば、前線に立ちたくありません。情けない話ですが、恐怖で足が竦むのです」

「わかりました、折を見て釘を刺しておきましょう」

「ご配慮、感謝いたします」


 ヴェルディさんは、自分の言わんとすることを察してくれた様子でした。


 こんな些事でヴェルディさんに手を煩わせて、申し訳ないです。


「これからも困ったことがあれば、遠慮なく頼ってください」

「ありがとうございます、ヴェルディ少佐殿」


 申し訳なさそうに礼を述べると、ヴェルディさんは気にしていないよという風に手を振ってくれました。


 頼りになるお方です。







 自分はヴェルディ少佐に敬礼を返し、彼のテントを退室しました。


 時刻は夕暮れ、そろそろ忙しくなる時間です。


 防衛部隊が交代する時間なので、前線にとどまっていた負傷兵がわんさか押し寄せてくるからです。


「あ、トウリ衛生准尉殿。これはどうも」

「……おや」


 忙しくなる時間帯までに帰ろうと、小走りで衛生部を目指している道すがら。


 幼さの残る我の強い顔の男が、自分に敬礼を向け挨拶してきました。


「ガヴェル曹長、どうもお疲れ様です」

「ああ、うん。トウリ殿はヴェルディ少佐と、話をされていたのですか」


 それは先日、輸送部隊で共に戦った指揮官、ガヴェル曹長殿でした。



「自分に敬語は、使わなくて結構ですよ。来月から衛生曹に降格が決まりましたので」

「え、何で?」


 自分はまず、彼に降格したことを伝えました。


 来月から再び、彼の方が階級が上になります。それを伝えておかないと、軋轢を生みそうだからです。


「レンヴェル様は自分が殉職したと思って、階級を無駄に盛ってくださったみたいです。士官学校を出ていない自分が尉官なんて変でしょう?」

「はあ」

「なので自分が生還した今、つじつまを合わせるため本来の階級に戻るみたいです」

「あ、なんだそうなの」


 自分が降格になった事情を説明すると、ガヴェル曹長は納得した顔になりました。


 士官学校出のエリートに敬語を使われるのは慣れませんし、ちょうどよかったです。


「ヴェルディさんのご配慮です。能力に見合わぬ階級は、害にしかなりません」

「そんなもんかな」


 ガヴェル曹長はピンと来てなさそうですが、器の無い人物が権力を握ると録な事になりません。


 サバト政府軍のブレイク氏などが良い例でしょう。あの人の無茶振りのせいで、兵士は散々な目に逢いました。


 ……シルフ曰く、悪い人ではないそうなのですが。


「じゃあ、もういつも通りに話すけどいいか?」

「かまいませんよ。自分に何か御用でしょうか」

「ああ、お前に聞きたいことが有ったんだ」


 ガヴェル曹長はすぐに敬語をやめ、自分に詰問する態度になりました。


 何となくですが、ちょっと不機嫌そうな表情に見えます。自分が何かやってしまったでしょうか。


「その、お前は結構やるんだってな。ヴェルディ様から聞いたよ」

「結構やる、とは何のことでしょう」

「北部決戦の時、あの撤退作戦を立案したのはお前だって聞いたよ。お前の提案を、ヴェルディ様が採用したって」

「ああ、その事ですか」

「……実に見事な作戦だと、ヴェルディ様は手放しに誉めていた。俺も感心したよ、一介の衛生兵とは思えない」


 ガヴェル曹長は淡々とした口調で、自分を褒め称えました。


 ……ベタ誉めする割には、顔に不満の色が浮かんでいますけど。


「随分とヴェルディ様に気に入られているみたいじゃないか、お前。よくそんな簡単に、面会要請が通るもんだ」

「……はい。申請したらあっさりと、アポイントをくださいました」

「あの人は本来、ただの衛生兵と会える立場の人じゃない。オースティン軍の最高権力者の一人だぞ」

「すみません」

「謝ることは無い、ただお前はもっとその幸運を自覚しろ」


 ガヴェル曹長は自分に、以前の様に気安くヴェルディさんに会うなと忠告しました。


 確かに、今のヴェルディさんはとても忙しそうな身です。かなりやつれていましたし、今回のような軽い要件で相談しに行くのは不味かったかもしれません。


「はい、ご忠告感謝します。以後気を付けます、ガヴェル曹長殿」

「分かればそれでいい。だが、本題はそれじゃない」


 それは確かにその通りなので、素直に反省しておきました。


 いちいち面会せず、書面などで相談した方がヴェルディさんも楽だったかもしれません。


 しかしガヴェル曹長の用件はそれだけでは無かったようで、


「先日、俺の輸送部隊が襲撃を受けた。お前も居た、あの戦闘だ」

「はい」

「あの時のお前の作戦提案の根拠を聞きたい。内容を文書に残すから、虚偽なく報告しろ」


 本題は、襲撃を受けた際の自分の提案の根拠を問うものでした。


 成程。指揮官であるガヴェル曹長は、その作戦内容を上官に報告する意義があります。


 作戦提案者である自分に問いに来るのは、当然でした。


「……それは申し上げた通り、確認した敵の様相から敗残兵と思われたからです。我が隊の積み荷の中には武器弾薬もありましたし、待ち構えての防衛戦であれば輸送部隊の兵力で十分に対応可能であると考えました」

「それは結果論だ。もし敵の戦力が想定以上だったらどうしていた」

「それは。……ガヴェル様の仰る通り、リスクのある行動であったと反省しています」


 ────何となく、そんな事にはならないだろうという勘があっての提案だったのですが。


 そんな不確かなものを根拠としてあげたら、とても怒られる気がします。


 素直に謝っておきましょう。


「まあいい。リスクの無い戦闘なんてない。先程のお前の発言内容を、そのまま報告書に記載するが問題ないな」

「問題ありません」

「協力感謝する」


 ガヴェル曹長はメモを取りながら、自分の言葉を聞き終えました。


 ……自分が怒られたりするのでしょうか、これ。


「心配せずとも、お前が何か言われることは無い。戦闘の功績も、叱責も、全て部隊の指揮官に付随する」

「は、はい」

「お前のリスキーな提案が失敗だったとしても、採用した俺の責任だ。今日は、報告書に記載する内容を補足したくて時間を貰っただけ」


 自分が少し不安そうな顔をしたのがばれたのでしょうか。


 ガヴェル曹長はフンと鼻を鳴らして、そう教えてくれました。


「尤も、作戦を提案したお前は褒められるかもな」

「それは、どうしてですか」

「ただでさえヴェルディ様は、俺の前でお前をよく誉めるんだ。トウリを信じて何度も生き延びた、幸運運びラッキーキャリーの名は伊達じゃないと」

「え、まだその変な愛称残ってるんですか」

「むしろ、お前が死んだせいで伝説になったぞ。我が身を犠牲にして国を守った、気高い少女だっつって」


 ……まあ、確かにプロパガンダにしやすそうな話ですが。


 それが事実なら、あまり歩兵陣地に近づかない方がよさそうですね。


 去年の時点で拝まれたり撫でられたりと、お地蔵様みたいに扱われることが多かったのです。


「伝説って……」

「ああ。そういう話があった方が、士気が上がる」


 自分が生還したことが広まったら、変な宗教みたいになるかもしれません。


 幸運運びが生きて帰った、なんて聞けばご利益がありそうに見えるでしょう。


「あの、出来れば、自分が生還したと広めないでくださると助かります」

「もう一部で噂になってたけどな」


 ガヴェル曹長にそうお願いして、自分は何とか噂が広まるのを阻止しようとしました。


 仕事が回らなくなるのは困るのです。


「それよりだ。トウリ、お前に聞きたかったのはソコだ」

「……はあ、何でしょう」


 しかしガヴェル曹長は、自分の幸運云々にまったく興味なさそうでした。


 そんな事はどうでも良いと言いたげに、彼は本題に入りました。 


「戦況を判断するコツみたいなのがあるなら、教えて欲しい」

「こ、コツですか。自分の場合は、直感的なところもあるかと思います」

「その直感ってのは、どういうものだ」

「どういうものかと問われましても……」


 彼はどうやら、自分が作戦を提案した根拠などを聞きたかったみたいです。


 確かあの時はいつもの通り、直感でイケると思ったから迎撃を提案しましたっけ。


「すみません、うまく説明できません」

「そっか。ふん」


 答えられるなら、答えたいのですが。


 自分の中の声に従って動いているとか言ってしまったら、正気を疑われそうです。


 ゴルスキィさん曰く、戦場に適応した自分の第2人格だそうですが……。これは、なるべく内緒にしておきましょう。


「どうして、そのようなことを自分に問うのでしょうか。無学の自分なんかより、教えを乞うべき優秀な方は軍にたくさんいそうですが」

「……ああ、その通り。お前は、士官学校すら出ていない一般人だろ」

「ええ」


 それに、自分は作戦立案の講義・訓練を受けた人間ではありません。


 ガヴェル曹長が欲するスキルは、自分ではなくもっと他の……、熟練の指揮官から学ぶべきではないでしょうか。


 そう提案すると彼は眉を顰め、


「ただの募兵組の癖に、お前の方が俺よりヴェルディ様の信頼を得ているのが気に食わん」

「えぇ……?」

「ずるい。お前のその直感とやら、俺に教えろ」


 かなり正直に、そう吐露されてしまいました。



「……えーっと、こう、これ以上進むと不味いなという感覚でして」

「分からん」


 そこまで言われては仕方がないので、自分はあやふやなまま直感の使い方についてレクチャーしてみました。


 ……講義している側が言うのもなんですが、怪しい宗教みたいな説明しかできませんでした。


「その、全身が総毛立つ感覚と申しますか。本当に、ヤバイなと言うラインギリギリまで攻めると言いますか」

「何を言っているかさっぱり分からん」

「自分も、何を説明しているのかさっぱりです」


 理論立てて説明できない事なのもあるでしょうが、単純に自分のプレゼン能力が低いのが原因な気もします。


 元々、あまり人前でしゃべるのは得意じゃないんですよね。


「……もういい」

「あまりお力になれず、すみません」


 結局、30分ほど時間をとって説明してみましたがガヴェル曹長は頭に疑問符を浮かべたままでした。


 笑顔だけじゃなく人と話す練習もしておこうと心に決めていたら、


「いずれ俺はヴェルディ様の右腕になる男だ。お前みたいなのには負けんからな」

「はあ」


 ガヴェル曹長は自分に『アンタなんかにヴェルディ様は渡さないわ』という宣戦布告をして去っていきました。


 軍隊には多いそうですし、彼もそうなのでしょうか。

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