第125話
あれからもリナリーは、あまり友好的な態度を取ってくれませんでした。
話しかけても皮肉を飛ばしながら、淡々と最低限の受け答えをするだけです。
そういった態度は自分に限定したことではなく、どうやら通信兵仲間にも煙たがられている様子でした。
その全方位に敵意を振りまく態度はロドリー君と一緒だと伝えたら、リナリーはどんな顔をするでしょうか。
深いところで、やはり二人は血を分けた兄妹なんだなと感じました。
「来てくれてありがとう、トウリちゃん」
「いえ、ご招待頂きありがとうございます」
その後自分は、ヴェルディさんにお茶の誘いを受けました。
「……そうですか。トウリちゃんにも態度を変えませんでしたか、リナリーは」
「はい」
「彼女は家族を失ったばかりで、まだ不安定なのでしょう。……出来れば、気にかけてあげてください」
どうやらヴェルディさんは、自分にリナリーの件を相談したかったみたいです。
彼女はヴェルディさんにとって、悩みの種のようでした。
「リナリーは今も毎週のように、歩兵への転属願を持ってきます」
「それは」
「余程、フラメール兵が憎いのでしょうね」
ヴェルディさんはリナリーの後見人を引き受けて、世話を焼いているそうです。
彼はリナリー以外にも、旧ガーバック小隊の遺族に個人的な支援を行っているのだとか。
「私は彼女を歩兵にする気はありませんよ。……誰にとっても良い結果にはならないでしょう」
「自分もそう思います」
「どうせ戦争が終わるまであと僅か。彼女には戦後の生き方を、模索していただきたいのですが」
ヴェルディさんは年齢を理由に、リナリーの歩兵への転属願を却下したそうです。
そして終戦まで、リナリーの転属願いを却下し続けるつもりみたいです。
軍規上、前線で歩兵として戦えるのは15歳以上の成人です。未成年の兵士は、基本的に戦闘に参加できません。
その理由は単純で、15歳未満は体がまだ出来ていないからです。
どうせなら成長し、戦えるようになってから前線に出せと言う軍規でした。
例外として未成年でも、尉官以上の兵士に補佐官として抜擢されれば前線に出られるそうですが……。数十年前まで遡らないと、その前例は出てこないようです。
だから14歳のリナリーは、前線には立てません。
彼女の割り振られた通信兵の仕事は、戦闘ではなく事務仕事です。
通信兵は比較的新しい兵科で、魔法による通信が開発された後に生まれた、通信魔法具を扱う専門の兵科です。
その主な仕事は魔法具から送られてきた情報を文書化して、上層部に伝達する役割です。
リナリーの様な下っ端にそんな仕事を任せて良いのかと心配になりましたが、どうやらちゃんと通信内容は暗号化されているようです。
この時代の通信魔法は傍受が簡単なため、暗号にしないと敵に筒抜けになるのだとか。
なので通信兵は無意味な文字列を正確に記載する必要があり、大雑把な人には向きません。
その一方で文字さえ覚えれば仕事ができるので、通信兵には女性や未成年が起用されることが多いです。
賃金こそ低いものの衣食住を保証されるので、リナリーのような孤児にはうってつけの仕事でした。
その仕事を投げ捨ててまで危険な前線を希望するなんて、普通は考えられません。
「大丈夫です、リナリーがどう足搔こうと軍規に則って15歳までは歩兵になれません」
「……彼女が15歳になるまでに、戦争は終わりますか」
「ほぼ確実に終わるでしょうね」
自分の問いに対して、ヴェルディさんは自信満々にそう言い切りました。
そして自分は、今迄の戦争の経緯について教えてもらいました。
戦争が始まった直後は、敵連合軍が圧倒的に優勢でした。
当時のオースティン主力軍は北部決戦の真っ最中で、暴れまわるフラメール・エイリス連合軍に何も出来なかったそうです。
敵は「オースティンは滅びゆく国だから、何をやっても問題ない」という認識でした。
実戦の練習だと言わんばかりに、次々と村を焼いて暴虐の限りを尽くしました。
彼らの想定では、オースティンは北部決戦でサバトに敗北し滅亡する予定だったのでしょう。あったとしても、両国が潰し合って痛み分け。
まさかオースティンが倍の戦力差をひっくり返して勝利するなど、考えもしていなかったのです。
そんなオースティンを舐め腐っていた連合軍は、好き放題に暴れまわりました。
立ち上がった民兵も物量差でねじ伏せ、女や食料の備蓄を奪い、欲望のままに蹂躙していきました。
この頃、敵司令官は「すでに戦争に勝利せり、現在は残敵を掃討中である」と本国に報告していたらしいです。
彼らは勝利したつもりで、後はいかに被害を少なく領土を広げるか議論していたのだとか。
……戦後のフラメール側の資料によれば、彼らは銃を持っただけの市民を『正規軍』と勘違いしていたようで。
市民兵を打ち破ったことで、オースティン本隊を壊滅させたと思い込んでいたようです。
そんな敵軍を、オースティンは入念に準備して迎え撃ちました。
開戦した瞬間から、フォッグマンJrはウィン市民を動員して決戦に備えていたのです。
彼は半年かけて大量の鋼材や弾薬を運び込み、ウィンの周囲に何層も塹壕や土嚢を張り巡らせました。
その距離はぐるりと50㎞に及び、そこら中に鉄条網や魔法罠が張り巡らされたそうです。
備えはそれだけではありません。
ウィン内に沢山の軍事工場が移設され、稼働していたのです。
国土の大半が焼け落ちた今、まともな生産施設を動かせる労働力があるのはウィンだけでした。
武器の数こそ歩兵の数。そんなスローガンの下、フォッグマンは大幅な武器弾薬の製造計画を実行したのです。
その代わり食料生産力は落ちましたが、想定以上に人口が減っていたので備蓄分で補えたのだとか。
そして昨秋、ウィンに戦火が及ぶ直前にオースティン本軍が戻ってきました。
フォッグマンJrは帰還した兵士を自ら出迎えてその戦功を称え、アンリ中佐と抱き合って指揮権を渡しました。
ウィンに戻った兵士たちは、その張り巡らされた完成度の高い防衛線に仰天したそうです。
指揮権を受け取ったアンリ中佐も「これだけ準備されてたら誰が指揮しても勝てる」と、感嘆したといいます。
戦争は準備段階で勝負が決まると言いますが、今回の戦いはまさにその言葉通りの展開になりました。
さて、季節は冬の終わりごろ。ちょうど、自分がヨゼグラード侵攻に出征していたのと同時期です。
フラメール・エイリス連合軍はいよいよ、首都ウィンの攻略に手を伸ばしました。
ウィンが陥落すればオースティンは滅び、戦争が終結します。
向こうも「これが最後の戦いだ」と、気合を入れて戦争に臨んだでしょう。
しかし連合軍はこのウィンで、想像を絶する苦戦を強いられる事になります。
オースティン主力兵は、堅実な戦いを徹底しました。
塹壕から頭を出さず、気配を押し殺して潜み、一瞬で敵を撃ち抜きました。
手榴弾や魔法罠などを駆使し、塹壕付近に敵を寄せ付けません。
西部戦線時代から生き残り、塹壕戦を知り尽くした兵士は比べ物にならない練度でした。
ここでようやく連合軍は『本物のオースティン兵』と戦ったのです。
戦車も飛行機もないこの時代には、突撃以外に塹壕を攻略する方法はありません。
そして練度の高い兵士の籠る塹壕を落とすには、かなりの犠牲が必要になるのです。
今までの戦いとの被害の差に、敵は動揺しました。
「くそ、抵抗が今までと段違いだ!」
防衛側の有利は大きく、無策で突撃を繰り返した連合側に凄まじい被害を出しました。
彼らは最初の塹壕1層を制圧するのに1週間かかり、1万人以上の死者を出したそうです。
しかし、それでも20万と4万人の戦い。連合軍は潤沢な資源と兵力にものを言わせ、少しずつ塹壕を制圧していきました。
この時はまだギリギリ、目が眩むような量の血を流しつつも連合側が押していると言える状況でした。
「おい、何だアレは」
「銃なのか?」
しかし、戦闘開始から1か月。
連合側がおびただしい数の死者を出しながら、やっと数層の塹壕を攻略出来た頃です。
ついにオースティンに新時代の兵器が導入され、とうとう連合軍の進軍が止まりました。
それは数年前から研究が進められ、西部戦線で実戦に投入される予定だった『小銃の進化系』ともいえる武器。
「違う、銃じゃない。あれが銃の筈がない、デカすぎる」
「あそこに近づくな、皆殺しにされるぞ!」
その新兵器は台車の上に載せられた不格好な砲身から、雨あられと銃弾をまき散らしました。
オースティン50連式銃と呼称されたその兵器は、何と50発の弾丸を絶え間なく連射することが可能な新時代の銃────いわゆる機関銃でした。
機関銃から放たれた弾丸は、多くのフラメール兵を肉塊へ変えました。
この『凄まじい連射ができる銃』というコンセプト自体は以前から提唱されていたのですが、本格的に実戦投入されたのはこの戦いが初めてでした。
西部戦線の中期からサバト、オースティン両国で開発が進められていましたが、なかなか実戦投入に足る出来にはなっていなかったのです。
残念ながらこの時投入された機関銃も完成品とは言い難く、熱により自壊・暴発しやすいという未完成な兵器でした。
しかしそれでも、機関銃の登場は戦争に大きな変化をもたらしました。
熟練の兵士が1週間塹壕に籠ることで、殺せる敵兵の数は平均して10人ほどだそうです。
一方でこの兵器はたった10秒で……数十人の敵をミンチに変えてしまうのです。
その威力の絶大さに、最初の撃ち手に選ばれた兵士は「俺たちがしてきた戦争は何だったんだ」と顔を青くしたのだとか。
「あの銃がある場所に近づいたら無駄死にだ」
機関銃の前に姿を見せるのは死体を増やすだけの、無謀な行為でした。
連合側はその性能に恐れおののき、機関銃が設置してある塹壕を避けるようになりました。
だから機関銃が壊れてもそのまま敵避けに置いておく、なんて事も多かったみたいです。
故障してなお絶大な威力を発揮する機関銃のお陰で、連合軍の侵攻は完全に停止してしまいました。
機関銃の登場で戦線は膠着しましたが、連合は攻め手を止めませんでした。
いえ、止める判断が出来ませんでした。
連合は定例行事のように毎日突撃を敢行し、仲間の血で大地を赤く染め続けました。
もう「戦争に勝利している」なんて報告を送ってしまった敵の司令官は、今更負けましたなどと言えないのです。
司令官の意地とプライドが、多くのフラメールの若者の命を奪いました。
連合軍からすれば、この様は悪夢だったでしょう。
ここまで苦戦するとは、こんなに人が死ぬとは思わなかった筈です。
彼等は20万人という大軍を以て、オースティンの首都ウィン攻略に臨みました。
これほどの人数を動員すれば、ほぼ勝利は疑いないと考えていたようです。
「……」
しかし首都ウィンの手前5㎞の地点で戦線が膠着し、兵力が10万人を切りました。
ここまで被害を出したにもかかわらず、連合軍はまだ撤退を判断できず。
無謀な戦いを強いられた連合の兵士達は、恒例行事のように肉塊になりました。
死ぬだけの無意味な突撃を命じられる兵士の士気は下がり、やがて命令を拒否するようになりました。
「……もう駄目だ」
連合側は鳶が油揚げを攫うように、オースティンの領土を欲し侵攻しました。
サバトとオースティンの戦争に介入し、漁夫の利を狙って殺戮を繰り広げました。
その結果、オースティンとサバトが溺れていた昏く深い『戦争の沼』に、自分達まで浸かりこんでしまったのです。
連合軍がそんな自分達の陥った状況に気づくのに、1年もの年月を費やしました。
やがて、冬が明ける頃。
連合軍は攻勢の失敗を認め、態勢を立て直そうと撤退を決断しました。
「今回は退いてやる、次はこうはいかないぞ」
「次はしっかり銃を研究してきてやる」
連合側は「これは敗北ではなく、一時休戦だ」と自国の兵士に言い訳して、全軍撤退を行いました。
オースティン軍と距離を取り、ウィンの手前に防衛線を設置しようとしたのです。
「……お?」
「アイツら、追ってきてないか」
しかし簡単に撤退なんてベルン・ヴァロウが許すはずがなく。
それを見て「待っていました」と言わんばかりに、オースティン兵が猛追撃を始めました。
追撃戦では、基本的に撤退側が不利と言われています。
それは防御戦と違って、守りを固めて待つ時間がないからです。
ずっと連合側の横暴に耐えてきたオースティン兵は、鬱憤を晴らすかのように追撃しました。
「オースティン領土内はあいつらのテリトリーだ、分が悪い」
この反転攻勢で連合側は、奪ったオースティン領地を殆ど手放すことになりました。
ベルン・ヴァロウの指揮により敵の弱点を見抜いて連絡線を切り、各個撃破していったのです。
「くそ、いつまでも追ってくる」
「早くフラメール領に逃げるんだ」
戦列が崩壊してしまった連合軍は、脆いものでした。
彼らは連携を取ることもままならず、戦線を大きく押し戻されてしまいました。
「よし、やっとフラメール領だ」
「ここまでは奴らも、追ってこないはずだ」
生き残った連合兵は、
彼らは、オースティンはフラメール領土内まで攻めて来ないだろうと高をくくっていたみたいです。
サバトとも戦争中の我々に、侵略戦を仕掛ける余裕なんて無いと思ったのでしょう。
「この先の村で、保護して貰おう」
「久々に、まともな食事がとれる────」
しかし、ほぼ同時期。
ヨゼグラード攻略戦が決着してレミ・ウリャコフがサバト革命を成し遂げていました。
レミさんはオースティンとの同盟を宣言し、またフラメール・エイリスとの戦争に対し支援を表明しました。
こうなればオースティンに、フラメール侵攻を躊躇う理由はありません。
サバトとの国境に居た兵士も動員可能となった事もあり、オースティン政府はフラメールへ侵略戦争を決断しました。
そして国境付近のフラメール村落の民は、無惨に虐殺されたそうです。
「何て連中だ、野蛮にもほどがある」
「国境を越えたことを後悔させてやる」
同胞を虐殺されたフラメール国民は激怒し、すぐ反撃に出ようとしました。
彼らは自国の兵士の蛮行など知らされておりません。
オースティン人が国内で悪事を働いたので報復として攻め込んだら、それにオースティン軍が逆切れして侵攻してきたという認識です。
そんな状況でしたので、国民はオースティン人を悪魔の化身と信じ、多くの若者が軍に志願しました。
「敵の新型銃が強すぎて歯が立ちません」
「射程が違い過ぎて、こちらの銃が当たる距離まで進めません」
「くそったれ! これじゃウィン攻略の時と一緒だ」
しかしいくら兵士が集まろうと、所詮は素人の集まり。
練度と技術力に差がありすぎて、フラメールはどんどん領土を切り取られて行きました。
フラメール政府はまさか、ここまで自国軍が弱いとは思っていなかったようです。
彼らが虎の尾を踏んだ事を理解したのは、フラメールの主要都市のひとつエンゲイが陥落したころでしょう。
エンゲイはフラメール最大の商業都市で、多くの食料物資が集まっていました。
食料不足に悩んでいたオースティンは真っ先にエンゲイを攻め落とし、食料備蓄を接収してしまいました。
それに逆らうものは皆殺しにされ、数日ほど銃声と断末魔が響かぬ夜は無かったそうです。
エンゲイ陥落時のフラメール政府の反応は、怒りではなく『恐怖』だったそうです。
大都市がなすすべなく落とされたことで、フラメール首都の占領が現実味を帯びてきたのでしょう。
この頃からフラメール軍はプライドをかなぐり捨てて、必死で停戦を要求するようになりました。
食料の供与や多額の賠償金など、かなり良い条件を提示して講和を求めたそうです。
「終戦は貴国の無条件降伏以外に認めない。フラメールの資源も人手もすべてオースティン復興に使わせていただく」
「そんな馬鹿な要求が飲めるか!」
しかしオースティン側が求めたのは講和ではなく、フラメールの無条件降伏でした。
オースティンの条件を飲んでしまうと国民は総じて奴隷にされ、事実上の植民地にされてしまいます。
流石に条件を飲むことは出来なかったフラメールは、あの手この手でオースティンの外交官に交渉をしました。
……その要求の殆どを、父を殺されたフォッグマンJrは笑顔で突き返したそうです。
「フラメール大使殿。我々エイリス軍は態勢を立て直すべく、本土に戻ってまいります」
「そんな!」
同盟国の筈のエイリスも負けを悟ってか、フラメール領から兵士を引き上げ始めました。
相方に見捨てられ、フラメールは存続の危機に瀕している状況でした。
戦い続ければいずれ無条件降伏を引き出せる状況でしたので、オースティンが戦争をやめる筈がありません。
少なくとも鉱山や穀倉地域など、自国の復興資源を確保するまでは戦い続けねばならなかったのです。
この時のオースティンは、かつて無いほどに勝勢でした。
だから自分を含めた兵士達は、みな心に余裕がありました。
毎日のように進んでいく侵攻ラインを見て、祖国の勝勢を肌で感じていたのでしょう。
「今日もたくさん負傷者が出たなぁ」
「そろそろ休憩が欲しいもんだね」
衛生部は相変わらず修羅場でしたが、西部戦線時代ほどの忙しさではありません。
衛生部の規模は変わらないのに、兵力は半減しているからです。
単純に仕事量は、以前の半分ほどで済んでいました。
「もう1か月も休暇を貰っていないぜ」
「次の休日はいつになるかね」
西部戦線時代では考えられませんが、何と衛生兵にも休暇が言い渡されることがありました。
かつて無いほどに、オースティン軍には余裕がありました。
きっともうすぐ、戦争は終わります。
フラメールさえ降伏させれば、オースティンの平和を脅かす国は居なくなります。
オースティンの平和で理想的な未来は、もう手が届く場所まで来ていたのです。
少なくともこの時の自分はそう信じて、日々を勤勉に過ごしておりました。
「あー、痛たたたぁ。すまんが、ちっと俺を診てくれねぇかね」
「あ、はぁ」
なのでこれは、もしかしたら罰が当たったのかもしれません。
「診察を希望なら、此処ではなく診療所へ向かってください。ここは、病床です」
「いや、君じゃないと俺の病は治せないんだ、トウリ・ノエル衛生准尉」
民間人の虐殺がどれほどの悪事か、自分は良く知っています。
故郷ノエルだけでなく、オセロ村やヨゼグラードの時だって、その非道さを目の前で見てきました。
だというのに自分は、虐殺しながら進軍するオースティン兵の蛮行に目を逸らし続けていたのです。
「……俺の病は、君がいないことなんだから」
リナリーとお茶会をした翌日、ある男が自分の前に姿を現しました。
その男は柔和な笑みの裏に、蛇の様な狡猾さと子供の様な残虐性を併せ持った、不世出の天才と呼ばれた人。
「何ですか、それは。口説いているおつもりですか」
「実はそうなんだ。俺は君に首ったけ」
「職務中です、既婚です。申し訳ありませんがご遠慮願います」
「つれないねぇ」
後で聞いたところによると、この男は何と自分の生存情報を止めていたそうです。
偶然が重なって、自分はヴェルディさんの部隊に保護されましたが……。
本来のウィンを経由するルートで前線に向かった場合、この男の下に送られていたのだとか。
「別にとって食おうって訳じゃないさ。君にとっても良い話さ」
「それは自分の仕事に関わることですか」
「ああ。お前さん、サバトで色々とやったそうじゃない?」
「……」
───ベルン・ヴァロウ参謀少佐。
ヨゼグラードの悲劇を一人で妄想し、現実に描いたオースティン最大の悪人。
「君みたいな優秀な人物を、准尉なんて地位にしておくのは勿体無いと思ってね」
「あの、何を」
「なぁトウリ衛生准尉……」
彼は自分のサバトでの行いを知っていました。
政府軍についてシルフの下で戦ったこと、突撃部隊に所属して前線で駆け回ったこと。
「君にもっとちゃんとした立場を用意してあげるから、俺の部下にならない?」
その何が彼の琴線に触れたのかは、分かりません。
彼はこの日、わざわざ衛生部まで足を運んできて、自分を部下にスカウトしようとしたのです。
「お断りします」
「あれっ?」
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