第82話


「……ああ、貴様か」

「先日は、ご迷惑をおかけしました」


 酒に飲まれ、醜態をさらした数日後。


 自分はゴルスキィ氏の家に、ヴォック酒を買いなおして謝罪に行きました。


「色々と無礼な口を利いてしまいました」

「それでいい。理性を取っ払い、無礼をする免罪符として酒を飲むのだ」


 自分の謝罪に対しゴルスキィ氏は、表情を変えず「予定通りだ」と仰いました。


 最初から自分を酔い潰す気マンマンだったみたいです。


「……溜まっていたものは吐き出せたか?」

「はい」


 アレはもしかしたら、サバト軍式の洗礼なのかもしれません。


 上官に濃い酒を勧められ断れず、訳も分からなくなり泥酔して痴態を晒す。


 さすればからかいの種が増え、新米は部隊に馴染みやすくなる。


 騙して全裸で男色部屋に放り込むよりは、よほどマシな洗礼と言えます。


「では少し、シラフで話さんか。先日はゆっくり盃を交える暇もなかった」

「分かりました」


 とはいえ昨日は自分が大暴れしたせいで、あまり会話は出来ていません。


 ゴルスキィ氏は真顔のまま、自分を私室へと誘いました。


「家族が酒盛りしているが、気にするな」

「……はい」


 朝一番、ゴルスキィ家のリビングでは、子供や老人がベーコンを頬張って酒盛りをしていました。


 本当にサバトでは、ジュース感覚でお酒を飲むんですね。


「あれから、怪我はどうなった」

「幸い、完治しています」

「かなり激しく殴られていたが、傷などは残っていないか」

「あの程度で傷跡なんて残りませんよ。自分の上官の方が、よほど苛烈に殴ってきました」

「そうか、なら良かった」


 開口一番、ゴルスキィ氏は自分の怪我を気遣ってくれました。


 傷跡が残りやすいのは、銃創とか斬創です。それ以外は大体、回復魔法でキレイに治ります。


 なので本当に、傷などは出来ていません。


「部屋に呼んで悪かったな、一度オース兵と、話をしてみたかったのだ」

「はい」

「吾が敵は何を思い、何を考え戦っていたのか知りたい」


 ゴルスキィ氏の家族と軽く会釈を交わした後、自分は彼の個室で二人きりになりました。


 彼の部屋にはあまりモノが無く、大きなベッドと小さな丸テーブルが置いてあるのみです。


「どんな悪い噂でも構わん。貴様の知っている雷槍鬼とは、どのような存在か聞かせてくれないか」

「自分は衛生兵なので、歩兵の言っていたことのまた聞きになりますが」

「それで良い」


 自分は円型テーブルの椅子に腰かけるよう促され、ゴルスキィ氏と向き合う形で座りました。


 彼は何処からともなくチョコレート菓子の箱を取り出して開き、自分に向けてドンと差し出しました。


雷槍鬼カミキリはその名の通り、雷を纏って突進してくる金色長髪の小槍使いです。雨中での突撃は目を見張るので注意されたし、と聞きました」

「……そうか。まぁ、そんなモンだろう」


 差し出されたチョコレートを摘まみながら雷槍鬼についての噂を伝えると、ゴルスキィ氏は少し愉快そうな顔をしました。


 敵の内部の評価を聞けるって、なかなか貴重な経験ですものね。


「実は一度、自分も貴方の部隊に突撃されたこともあります。擲榴弾を撃ち込まれ自分は大火傷を負い、戦友も1人失いました」

「ふむ、それは運が良かったな」


 自分はこのサバトのエースの事を、よく覚えていました。


 何故なら彼の部隊によりサルサ君─────自分の同期の戦友が死んでしまったからです。


「吾が部隊の突撃を受けて生き延びられたのは実に幸運だ。普通は、全滅する」

「……ええ」


 自分が事前に【盾】の使用許可を取っていなかったせいで、サルサ君は戦死してしまいました。


 ちゃんと先に小隊長から【盾】の指導を受けていればと、今でも夢に見て悔やみ続けています。


 思えば、自分とゴルスキィ氏は因縁浅からぬ関係ですね。


「貴方の突撃は、今なお自分のトラウマです」

「そうか」


 ゴルスキィ氏は話を聞いて、薄く微笑みました。


 そう、よく考えたら目の前の人はあの優しくひょうきんなサルサ君の仇。


 改めてそれを実感すると、何とも言えぬ気分の悪さを感じました。


「……ああ、吾は謝らんぞ。戦争とはそういうものだ」

「はい。少し、感情の整理をしていただけです」

「ならば良い」


 その自分のモヤモヤとした感情は見抜かれてしまったようですが、ゴルスキィ氏は流してくれました。


 突撃を指示したのはサバトの参謀本部で、作戦に沿って我々を殺すのがサバト兵の仕事です。ゴルスキィ氏に罪はありません。


 今後も村で喧嘩の種にならないよう、今の様な感情を顔に出すべきではないでしょう。


「では、次だ。剣鬼の情報を聞きたい」

「剣鬼……、ですか?」

「長剣を携え、幾度もサバトの塹壕を突破したオースティンのエースだ」


 ゴルスキィ氏は、剣鬼という名前を出しました。


 自分はその剣鬼という名を聞いたことはありませんでしたが、何故かその名から一人のエースを思い出しました。


「剣一本で塹壕間を突っ走る、時代を間違えているとしか思えん30代の短髪兵士だった」

「もしかしたらそれはガーバック小隊長の事、かもしれません」

「おお、知っているなら教えてくれ。あの男が、吾にとって一番の怨敵なのだ」


 彼はガーバックという名を聞くと、恨めし気に失った自分の左腕を睨みました。


 もしやゴルスキィ氏が負傷撤退した理由って、ガーバック小隊長なのでしょうか。


「彼はまだ生きているのか? そもそも本当に人間なのか」

「あの人は化物染みてはいましたが、人間でしたよ。……恐らく」


 味方からしても人間か怪しかったガーバック小隊長殿。


 敵として戦場で相対していたサバト兵は、さぞ化け物に見えた事でしょう。


 彼がサバト側でどのように扱われていたのか、是非聞いてみたいです。


「剣鬼……ガーバック小隊長のサバト軍での評判はいかがだったでしょうか」

「ヤツは頭のおかしい突撃狂だ」

「我々と同じ評価ですね」


 ガーバック小隊長殿は向こうでも、狂人扱いされていたようです。


「どう考えても突出しすぎなのに、ヤツを咎めようとしても包囲した側が斬り殺される。接近戦では手が付けられなかった」

「ええ、部下の立場から見ても凄まじい戦闘能力でした」

「しかもヤツは剣だけじゃなく、【盾】や銃器の扱いにも長けていた。遠距離で撃ち合っても、まず仕留められないんだ。アイツは本当に、何者だったんだ?」

「さ、さぁ」


 ゴルスキィ氏は心底、呆れた声を出しました。


 自分もいくつかの撤退戦を経験し、改めてあの人の優秀さを実感しています。


 西部戦線からマシュデールまで銃弾の雨の中、部下を庇いながら数十キロの撤退劇を難なく成功させているのもよく考えればおかしいです。


 ガーバック小隊だけ、部隊損耗が新米の兵士2名しかいなかったんですよね。


「極めつけは、吾がこの腕を失った時の話だ。吾はあの日、初めて剣鬼に土を付けた」

「土を、ですか」

「ああ。不意を突いて襲い掛かったのが上手く行ってな、剣鬼に銃弾をぶち込んでやった事がある」

「すごいです、どうやってあのガーバック小隊長に銃弾を?」

「ヤツの【盾】を槍で斬り割いた後、部下と囲んで蜂の巣にしてやったのだ。間違いなく、仕留めたと思った」


 そこでゴルスキィ氏は、大きなため息をつきました。


 知っての通り、ガーバック小隊長は西部戦線で命を落としていません。


 まぁ彼が、蜂の巣にされたくらいで死ぬ筈がないですよね。


「だが次の瞬間、俺の左腕が斬り飛ばされて宙を舞った。ヤツは何と、腹を撃たれながらも剣を振るったのだ」

「……」

「よく見れば銃弾も、殆ど剣と盾で弾き飛ばされていた。共に急襲した部下達も、みじん切りにされていた」

「それは……」

「だが1発は、間違いなく剣鬼の腹に当たっていたのだ。生き残った部下も確認している」


 ガーバック小隊長は、腹を撃たれたまま戦闘を継続したそうです。


 西部戦線の時は「撃たれてなお戦うなんて、この人は頭おかしいな」としか思っていませんでした。


「防弾装備の無い腹のど真ん中を、確かに撃ち抜いたんだ。絶対に仕留めた、そう思ったから吾は撤退した。左腕を捨て置いて、命からがらにな」

「……」

「だが! あの男は頭がおかしいことに、腹を撃たれたまま撤退せず拠点を維持し続けたのだ」


 しかし実際に、戦場で何度かお腹を撃たれてみて分かりました。腹を撃ち抜かれたら、どんなに気合入れて立ち上がろうとしても絶対に動けません。


 下手に動くと出血が激しくなり、腹全体に激痛が走るのでうずくまる事しかできないのです。


 冷や汗が滝のように流れてきて、下痢の時の数十倍の痛みが脳を焼くように刺激し続けます。


 本当に、ガーバック小隊長は妖怪だったのかもしれません。


「あの男の隙を作るため、何人もの勇敢な兵士が特攻し殉職した。皆が断末魔の声を上げる中、吾は涙を呑んで逃げ出した。剣鬼を仕留めたと、信じたからだ」

「……あ、その」

「だがヤツはその後も戦闘を継続し、吾の後に突撃した増援を壊滅させ、悠々と撤退したらしい。手塩にかけて育てた部下たちの大半が殉職し、吾も首都まで負傷撤退せざるを得なかったというのに」


 ……しかし、ゴルスキィ氏の話を聞きながら少しづつ額に汗が流れ始めました。


 もしかしたら自分も、その話の当事者かもしれないと気づいたからです。


「その後も剣鬼はピンピンと、元気に東部戦線で突撃してくる姿を確認している」

「……」

「吾が『勝てぬ』と思ったのは、後にも先にもその男だけだ。銃で体幹を撃ちぬかれてなお、平然と戦闘を続ける男にどう戦えばいいのか」


 だんだんと、西部戦線の時の記憶が蘇ってきます。


 そう、それは確かサバトが連続攻勢を仕掛けてきて、オースティンが戦線を破る千載一遇のチャンスだった時。


 ロドリー君やグレー先輩と、死ぬ思いで確保した3つ目の塹壕でガーバック小隊長は致命傷を負って戻ってきて─────







「それ、自分の仕業かもしれないです」

「……あ?」






 もしやと思ってゴルスキィ氏と当時を振り返って見ると、やはり剣鬼というのはガーバック小隊長の呼び名でした。


 最前線で腹を撃たれてなお命をとりとめたことが確認された彼は、サバト軍で妖怪扱いされていたそうです。


「突撃部隊に、衛生兵である貴様が配置されていたのか? オースティン軍には衛生兵が余っているのか?」

「余ってなかったと思います……」


 珍しくガーバック小隊長が致命傷なんて負ってくるから驚きましたが、あの時の交戦相手はサバトのエース雷槍鬼カミキリだったのですね。


 消耗した状態で不意を突かれたガーバック小隊長殿は、致命傷を負ってなおゴルスキィ氏を撤退に追いやったのでしょう。


 その後、自分の見様見真似の手術で一命をとりとめ、グレー先輩の殿で後方に撤退する事が出来ました。


「しかし良かった、ちゃんと致命傷だったか。……ヤツは妖怪ではなかったのだな」

「ええ、処置が遅れていればまず助からない傷でした」


 ゴルスキィ氏は、自分が処置しなければ小隊長が死んでいたという事実を聞いて自分を睨みつけました。


「ああ、憎々しい。吾らがどのような犠牲の上で、あの男の腹を撃てたと思っている」

「……そうですか」 

「お前さえいなければ、ブーリャやニコフらの、皆の死も報われたというに……!」


 ゴスルキィ氏がやっとの思いで仕留めたと思ったガーバック小隊長を、自分が台無しにした形ですか。


 しかし左腕を失ったゴルスキィ氏は前線を離れることになり、北部決戦に参戦せず生き延びて。


 致命傷すら克服して見せたガーバック小隊長は、撤退戦の中で命を落としました。


 ……戦争とは、因果なものです。


「……謝りませんよ」

「ああ。それでいい」


 うっすらと涙を浮かべるゴルスキィ氏は、自分のその言葉を聞いて唇を噛み、


「貴様も、職務に準じただけだ」

「……」

「悪しきは、戦争だ」


 そう、呟きました。







「剣鬼は貴様から見て、どのような兵士だった?」

「暴力的で、怖く厳しく、そして頼りになる人でした」

「……ふむ、まぁ典型的な突撃兵だな」


 その後も、戦場で出来た精神の傷を舐めるように、自分達はぽつぽつと会話を交わしました。


「あと銃弾を剣で叩き切っているのを見て、まぁ人間離れしているなと思いました」

「あー。まぁ、銃弾斬りはさほど難しくない」

「……はぁ」


 ガーバック小隊長の一番化け物染みていた点である銃弾切りの話を振ってみたら、ゴルスキィ氏も出来るらしいです。


 そう言えば、この人はガーバック小隊長と互角に渡り合った猛者でした。


 戦場のエースは、銃弾に対する「答え」を持っている者でしたっけ。


「そんな化け物を見る目で吾を見るな」

「では銃弾を切るのが難しくない人を、どんな目で見ればいいんでしょうか」

「ふん、あれは手品みたいなもんだ。ちゃんと種がある」


 ゴルスキィ氏は自分のあきれ顔に少し憮然とした表情をした後、部屋に立てかけられていた鋼色の小さな槍を掴みました。


「見ろ」


 そして自分によく見えるよう、大きな【盾】を展開します。


 それはガーバック小隊長殿に勝るとも劣らぬ、剛健なV字の【盾】でした。


「例えばこの状態で、正面の貴様が吾に銃を撃ったとしよう」

「はい」

「しかし吾に向かって飛んできた銃の大半は、【盾】で逸れる」

「はい、そうなるでしょう」

「だから、中心を外れた弾は無視していい。どうせ当たらん」


 ゴルスキィ氏は槍を上段に構えたまま、射貫くようにこちらを睨んでいました。


 サバトのエースと対峙している気分になり、少し肝が冷えました。


「斜め横から飛んでくる銃弾も、基本的に当たらない。横に動く的というのは、当てにくいのだ」

「はい」

「少なくとも吾の場合は、一度も当たったことは無い」


 まぁ連射能力の低い銃で、横移動する敵は狙いにくいですね。


 敵の射線に対し、横方向に移動しながらピョンピョン跳ねるのがFPSの定石でした。


 【盾】の存在で弾が横に逸れやすいこの世界では、斜めの敵は狙わず正面の敵を撃つのが定石とされています。


「問題は、真正面から体幹中心に飛んできた弾だ。中心に来た銃弾は【盾】で逸らし切れん」

「……はい」

「それを防ぐためには、銃撃に合わせ展開した【盾】の中心峰を真っすぐ切ればいい。敵の弾が中心を外れていれば問題ないし、もし正面に来ていたら弾けるのだ」


 と、ゴルスキィ氏は種明かしをするように教えてくれました。


 なるほど、流石の小隊長も弾を見てから切り落としてたとかじゃないんですね。


「剣鬼も、【盾】の練度は高かったのではないか? もし、盾も使わず平然と切り落としているのならば化け物だが」

「……ガーバック小隊長殿は、突撃兵とは思えぬほど強固な【盾】の使い手でした」

「さもありなん」


 そう聞かせて貰えれば、確かにギリギリ人間業として理解できなくもない気がします。


 敵の銃声に反応して、即座に真正面へ袈裟斬り出来るのも十分おかしいですけど。


「こんど練習してみろ。【盾】を出したまま、何かしらの武器をまっすぐ素振りするだけだ」

「……は、はい」

「習得難易度の割には見栄えが派手で、宴会受けが良い」

「え、宴会芸……」


 こうして自分は、戦友サルサ君の仇であるゴルスキィ氏と親交を深める事が出来ました。


 彼にとっての自分も、きっと大事な戦友の仇と言えるかもしれません。


 しかし、その恨みを忘れないと平和な世界は訪れないのです。


「ほら、もっと脇を締めい。貴様は小柄だから、斬り上げる形がよかろう」


 だから自分は、色々な感情を飲み込んで。


 いつの間にやらヴォック酒を飲み始めていたサバトのエースから、戦場で生き延びるのに役立つ宴会芸を仕込んでもらったのでした。


 因みにこの村の他のサバト兵にも話を伺ったところ、この「銃弾斬り」を宴会芸扱いしているのはサバト軍でゴルスキィ氏だけっぽいです。


「もっと素早く切り上げろ! 違う、角度が地面と垂直になっておらん」


 将来的に芸人として生きていく事も視野に入れていた自分は、一応「銃弾切り」を学ぶことにしましたが……習得できる気配はありませんでした。


 銃弾と同じ速度で斬らないと間に合わないので、自分の身体能力では再現不能っぽいです。


 と言うか、出来たらガーバック小隊長ですよねコレ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る