第81話


 その金髪の偉丈夫は、険しい目で自分の方へ歩いてきました。


 彼の迫力に自分はおろか、先程まで暴行を加えていた兵士までたじろいでいました。


「オースティン兵が、ここで何をしていた?」

「自分の世話をしてくれている家の子の世話を」

「……ふん」


 彼の問いに、自分は素直に応えました。


 嘘をついても、すぐ見透かされる気がしました。


「覚えておけ。吾は雷槍鬼カミキリと呼ばれるのは好かん」


 サバトのエースは、仁王像の様な険しい顔で自分の顔を鷲掴みにした後。


「吾の名はゴルスキィ。特例突撃部隊ゴールドブラストの、元指揮官だ」


 目前に顔を突き付けて、そう凄みました。



 サバト突撃兵のエース、ゴルスキィ。


 彼は東部戦線(サバト側は西部戦線を、こう呼称しています)において数多の塹壕を乗り越えてきたエースだそうです。


 しかしシルフ攻勢が始まる前に左腕を失い、首都に撤退していました。


 彼は前線復帰を希望し、右腕一本で戦えるようリハビリに励んでいました。


 しかし北部決戦が決着し、前線で出番がなくなった事を告げられ、退役を選んだようです。


 指揮官職への誘いを受けていたそうですが、大好きな酒を生業として生きたくて故郷の村へ戻ってきたのだとか。



「……失礼しました、ゴルスキィさん。無礼を謝罪します」

「ああ」



 彼の姿を見た瞬間、鳥肌が立ったのが分かりました。


 自分ではどうしても絶対に勝てない相手、という事を肌で感じ取ったのです。


 彼の機嫌を損ねれば、殺されることは間違いないでしょう。


「オースティン兵の少女。続けて聞こう、何故ここにいる」

「……生きのびるべく、命からがら逃げてきました」

「恥知らずな奴だな」


 自分はなるべく冷静に、彼を刺激しないよう答えました。


 彼が乱入してきた理由は分かりませんが、何とかセド君を巻き込まない展開にもっていかねばなりません。


 最悪、殺されるのは自分だけに留めないと。


「貴様は軍を捨て、戦友を捨て、一人情けなく生き延びていると」

「……否定はしません」

「なら話は簡単だ」


 ゴルスキィはゆっくりと、右の拳を振り上げました。拳骨だけで、自分の顔面くらいありそうです。


 彼の全力の殴打を食らえば、自分の顔など一撃で砕かれるでしょう。


「ですが、それは自分の罪です。この子に罪はありません。どうか……」


 自分は覚悟を決めて目を閉じ、セドル君を背に隠して懇願しました。


 潔く死ぬまで殴打されて、震え泣いている彼だけでも守ろうと思いました。



「おい、そこの3人。貴様らの所属は?」

「イリゴルと言います。元クローリャ大隊所属、突撃歩兵部隊でした。ゴルスキィ殿の御高名はかねがね」

「結構。なら今は退役した訳だ」

「ええ、俺は右目をやられまして」



 しかしその大男は、右拳を振り上げたまま男たちに向き直ると。



「戦場でサバト兵が敵オース兵を殺すならば、理解できよう」

「ゴルスキィさん?」

「だが平和な村で、敵でもない娘を殺すな。恥を知れ、この阿呆垂れっ!!」



 そう言って一番手前の男をぶん殴り、大喝したのです。






「イリゴルと言ったな。貴様は殺人鬼か、それとも誇り高きサバト兵か?」

「あ、あの、ソイツも元兵士なんでしょう!?」

「見て分からんか、衛生兵だ! 彼女はさっきから回復魔法を使っていただろう! この田舎で貴重な癒者を殺してどうする、この大間抜け!」



 凄まじい迫力でした。


 彼の大喝にはガーバック小隊長が怒鳴ったときのような、有無を言わせぬ何かがありました。



「吾とてオースは嫌いだ。奴らの所業に、何度吐き気を催したか分からない」

「だ、だったら」

「だが私怨で人を殺せば、ただの殺人鬼だ」


 ゴルスキィ氏は最初こそ苛烈な怒鳴り声でしたが、徐々にその兵士3人に対し優しい声になり、


「それは貴様らが侮蔑してきたオース兵以下の行いだ」

「……」

「戦場でもない場所で、人を殺すのは許されん。その感覚を取り戻さんと、貴様らもこの村に馴染めない」


 そう、言葉を続けて説得しました。


「取り返しのつくうちに、気付いて戻れ。本当に幸運なことに、吾らは生きて故郷に戻ったのだから」









「……ゴルスキィさん、ありがとうございます」

「貴様の為にやったことではない。あの3人の戦友を救うため、そして自らの故郷のためだ」


 ゴルスキィさんの説得を聞き、3人の兵士は囲みを解いてくれました。


 その後、ゴルスキィ氏はセドル君に「戦友が失礼した」と頭を下げ、詫びだと言ってチョコレート菓子を与えました。


「先に言っておく。吾は貴様が嫌いだ、オース人と話すなど吐き気がする」

「はい」

「だが、今の騒動の被害者は貴様達だ。吾は、貴様にも謝罪をしよう」


 そしてゴルスキィ氏は自分にも向き直り、傷だらけの顔を地面に向けました。



「戦友が無礼を働いて、すまなかった」



 その潔い態度を見て、自分は何とも言えぬ気持になりました。


 自分は心中で、サバト兵は「残虐な鬼畜外道の集まり」という印象を持っていたのです。


 まさかこんな、堂々とした振る舞いで謝られるとは思っても居ませんでした。


「……どうか頭をあげてください、ゴルスキィさん。救われたのは自分の方です」

「否。吾が頭を下げることで、示せる正義がある」


 しかし、考えてみれば当然です。


 サバト軍も、オースティン軍も、人間の集団です。


「誇り高きサバト兵は公平無私で清廉潔白、戦友が悪しきことをしたならば正すのが上官の務めだ」


 サバト兵士の中に残虐で横暴な人も居れば、清廉で誇り高い人も居るでしょう。


 ただサバト兵士というだけで、一纏めにして偏見を持ってはいけないのです。


「少女よ、年は幾つだ」

「もうすぐ、16になります」

「そうか。ならば、貴様への謝罪はこれがよかろう」


 そしてサバト兵は、オースティン人を恨んでいて当然です。


 自分だって、ロドリー君やアレンさんを殺したサバト兵と仲良くしたくありません。


 だというのに、かつて戦場でエースとまで呼ばれたゴルスキィ氏が自分に頭を下げたのです。


 彼の人間として器が伺い知れます。サバト兵とはいえこの人には、敬意を払うようにしましょう。


 そう思った矢先です。


「ほら、ヴォック酒だ」

「……」

「飲め」


 自分は、ずっしり重い酒の小瓶を手渡されました。


 サバト語ですが、明らかに酒と書いてあります。


「あの、ゴルスキィさん。自分は、その、まだ未成年で」

「そこの3人も来い。俺のヴォック酒を分けてやる、飲むぞ」

「……そのー」


 いきなりの超展開に頬を引き攣らせていると、ゴルスキィ氏は先ほど襲ってきた3人を呼び寄せて同様に酒瓶を手渡しました。


 ……どうして、酒なんでしょう。


「サバトでは兵士同士が諍いを起こした時、ヴォック酒を飲ませて一晩語り合わせるのだ。それで、大体うまく付き合えるようになる」

「何と」


 なるほど、それは確かに効果がありそうな仲直り方法ですね。


 問題は、自分が未成年であるという点を除いてですけど。


「その、年齢的に自分にはまだ早い様な」

「む? こっちでは12歳の誕生日に酒瓶を空けるが、オースでは違うのか?」


 ……そして、酒に対する文化も違うようです。どうやらこの国の方が、飲酒解禁が早いんですね。


「まぁ、試しに飲んでみろ。16歳であれば、全然問題がないはずだ」

「……」

「酔い潰れたらそこの子供も連れて、家まで送ってやる。放置はしないから安心しろ」


 セドル君は、自分の背中に隠れながらチョコレートをポリポリ食べていました。


 先ほど自分が怪我を治したので、今はお菓子に夢中っぽいです。


「……では、1瓶だけ」

「おう。イリゴル、少女と瓶を交わせ。そして吾の前で今後、諍いを起こさぬと誓え」

「は、はい! ゴルスキィ殿」


 自分は、その1瓶の乾杯を受け入れる事にしました。郷に入れば郷に従えという言葉もあります、サバトの文化に習うのも仕方ないでしょう。


 それに、思い返せば自分は秘薬ヤク漬けで仕事をしてました。


 あの薬は結構な量のアルコールを含んでるっぽいので、飲酒なんて今更な話です。


「それでは、乾杯だ」

「はい」


 そして自分は、秘薬を飲んでもテンションがあまり変わらないことで有名でした。


 同僚がキマって変なテンションで仕事を続ける中、自分だけは淡々と普段通りに職務を全うし続けました。


 恐らくですが、自分はアルコールにそれなりの耐性があると推測されます。


「……あえ?」

「どうした少女」


 だから、1瓶くらいなら大丈夫、の、筈……。



「グビっと一気飲みしたな、この娘」

「豪快だねぇ」

「……」













「トウリちゃん、無事かー」

「あれ?」


 意識が戻ると、自分はゴムージ家のベッドで寝かされていました。


 起き上がって周囲を見渡そうとしたら、ズキンと刺すような頭痛に襲われました。


「頭が、痛い、です」

「やろうな。水を持ってくるから待っとき」


 身体が重くて、頭が痛くて、吐きそうです。


 油断しました。多少のアルコールなら大丈夫と、高をくくっていましたが……。


 あの酒を口に含んだ瞬間に広がった、化学的な薬品味がフラッシュバックします。


 ゴルスキィ氏に手渡されたヴォック酒とやらは、想像以上に濃いお酒だったようです。


「話は聞いたわ、退役兵に襲われるとは災難やったな。セドルを守ってくれたみたいで、ありがとさん」

「セド、ル、君は、無事、ですか」

「おお、まさかあんな酷いコトする奴がおるなんて……。セドルとトウリちゃんに狼藉働いた兵士どもはウチが引っ叩いといたから安心してな」


 クーシャさんはプリプリと怒って、水を持ってきてくれました。


 今の状況から察するに、自分は酔いつぶれて速攻で撃沈したのでしょう。


 そしてゴルスキィ氏は、意識の無い自分をゴムージの家に運んでくれたみたいです。


 ……何とも情けない話です。


「ただ、サバト人と酒比べなんかしちゃいかんよ。ジュース代わりに酒を飲む連中や、初めて酒飲んだ娘が勝負になる訳ないわ」

「すみ、ません。有無を言わさぬ、形で勧められまして」

「ま、トウリちゃんも無事でよかったよ。慣れてないうちに濃い酒を飲んだら、そのまま死んじゃう事もあるねんで」


 クーシャさんが持ってきてくれた水を飲み、自分はようやくひと心地つきました。


 サバト人と酒に付き合わない。ええ、覚えました。


 飲酒に対する感覚が、オースティンと違いすぎます。


「まぁでも、少しは打ち解けたみたいでよかったわ」

「打ち解けた、ですか?」

「覚えてへんの? ウチが呼ばれていった時には、アンタ兵士と泣きながら話し込んでたけど」

「……え」


 先ほどの反省を胸に刻み、この国で二度と酒を飲むかと誓っていると。


 クーシャさんが、あまり聞きたくない情報を教えてくれました。


「自分が、誰と話し込んでいたんですか?」

「金髪のデカいオッサンの髪の毛とか髭を引っ張りながら、ポロポロ泣いて酒瓶咥えてたで」

「え、ええ?」

「挙句、もっと酒よこせって喚いてたし。金髪のデカい人、困り切ってたわ」

「ええええ!?」


 からかっている様子もなく、クーシャさんはそんな話を聞かせてくれました。


 自分には、そんな記憶はまったくありません。


 まさか酒に飲まれて、やらかしてしまいましたか自分。


「じ、自分は他に、何をしていましたか」

「何か3人のオッサン睨んで、猫みたいに唸って引っ搔いてたなぁ」

「ほ、他には?」

「んーと」




 聞けば自分が記憶がない間、結構な大暴れをしたみたいです。


 自分は泣き上戸だったらしく、3人の帰還兵を相手に大泣きしながら恨みつらみを喚き始めたのだとか。


『サバト軍が降伏を蹴らなかったら、もっと平和だったのに』

『途中の村々で見たこの世の地獄を、自分は今でも夢に見る』

『ロドリー君にもう一度会いたい』


 村の元兵士3人はサバト軍の村落での蛮行を知らなかったようで、大層ショックを受けていたそうです。


 特に、「無条件降伏の拒否」や「農村での無差別虐殺」に関しては受け入れがたかったらしく、そんなハズはないと最初は食って掛かったのだとか。


 しかし、自分と共に亡命してきたアニータさん達がオースティン国内の証言をして真実だと知り、



「祖国の考えが分からない」


 

 と茫然自失し、髪の毛を引っ張ったり髭を引き抜いたりする自分のされるがままとなっていた様です。



 というのも彼らもオースティン内地侵攻に参加しておらず、ベルン率いる南軍に散々に打ち破られた敗残兵だそうで。


 ベルンはベルンで、陽動としてサバトの村落を焼いたり遺体を弄んだりと胸が悪くなるような作戦を実行していました。


 そのせいで、彼らの中でオースティン=悪魔の図式が成立していたみたいです。



 しかし一般市民に対する虐殺を先に仕掛けたのはサバトですし、そもそも降伏を拒否しなければ終戦していたのです。


 泥酔していた自分はその恨み節を全部ぶちまけてしまったようで、


『自分の生まれ故郷はもうありません』

『家族の様な戦友だって奪われました』

『貴方達はこれ以上、自分から何を奪おうというんですか』


 そう一方的に泣き喚いた自分は、呆然とするゴルスキィ達4人のサバト兵から次々に酒瓶を奪い取って、最終的にヴォック酒瓶を4つ空けて失神するように眠ったそうです。


 ……何をしているんでしょう、自分は。


「トウリちゃんは酒乱のケがありそうやから、お酒を飲まん方が良いかもね」

「そ、そうですね」


 あんな濃いお酒を4瓶も空けたら、そりゃ二日酔いになるでしょう。


 頭もガンガンして耳鳴りも煩いし、しばらく動くことは出来なそうです。


 しかし体調が治った後で、絶対にゴルスキィ氏に謝りに行きましょう。



「うぅ……」

「あ、吐きそう? 吐くんやったら外の下水路でな」

「は、はい」


 下水路の方を見ると、泥だらけのセドル君がニッコリ自分に微笑んでいました。


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