4章 北部決戦
第61話
この世界の戦場には『エース』と呼ばれる人たちが居ます。
前世においてこの言葉は、よく戦闘機乗りに対して使われた言葉でした。
敵の戦闘機を5機も落とせばエースパイロットとして名が轟き、叙勲を受ける事が出来たそうです。
一方この世界において、エースと呼ばれる明確な定義などはありません。
ただ兵士が突出した成果を上げ続けた際に、自然と周囲からそう呼ばれるそうです。
かつてガーバック小隊長は、その頭のおかしい制圧成功率を評価され10年かけてエースと呼ばれるようになりました。
……ガーバック小隊長ほどの人物が、開戦からずっと最前線で生き延び続けてやっと、エースの称号を得るのです。
兵士にとってエースという言葉は、軽くありません。前線兵士にとって、希望の象徴なのです。
西部戦線において、オースティンにエースと呼ばれた人物は合計13名おりました。
ガーバック小隊長の様な怪物染みた兵士は、こんなにもいたのです。
彼らはそれぞれの戦線で味方を支え、サバトに大きな打撃を与え続けました。
「俺があと10人いればなぁ」
そんなガーバック小隊長の言葉が、思い出されます。
実はオースティンには、13名もガーバック小隊長の様な怪物が居たのです。
もし彼らが一堂に会することが有れば、オースティンが戦線を突破する事が出来たのでしょうか。
……尤も、現実には各地のエースを集結させる余裕なんてものは無かったそうですが。
しかし現在、そんなエースの大半は既に失われていました。
ガーバック小隊長を含めた、9名の『エース』がシルフ攻勢で殉職したそうです。
今まで戦線を支えてきたオースティンの人傑は、今や4人しか残っていないのです。
1000の兵は得やすく、1人の将は得がたしと言います。
シルフ攻勢での最大の痛手は、この9人のエースを失ったことかもしれません。
そして思い返せば、自分は実に幸運でした。
自分は新兵の頃よりガーバック小隊長という、貴重なエース直々に指導して貰っていたのです。
当時から『突撃兵としての完成形』と評された彼の技術を、その背からずっと眺めることが出来たのです。
銃弾を切って戦場を駆ける、その鮮烈な彼の姿は───とても怖かったのも事実ですが、間違いなく自分の一つの憧憬でした。
「……驚いたな」
刈り上げの武骨な兵士は、自分の作り出した【盾】を見て目を細めました。
「貴官は衛生兵と聞いていたが、装甲兵の真似事も出来るのか」
「いつか自分と仲間の身を守れるよう、かつてゲール衛生部長、ガーバック小隊長にご指導頂きました」
「ガーバック、あの男か。突撃狂と聞いていたが、なかなかどうして器用な」
その兵士は自分が【盾】の魔法を使えると聞き、やって見せろと指示を出しました。
それに応じ、ガーバック小隊長殿に教わった通りに【盾】を展開したのですが。
「展開速度、形状、共に申し分ない。強度も、これだけあれば十分だと思う」
「恐縮です」
「貴官が適切な研修を積めば、すぐに装甲兵として運用できるだろう。少なくとも【盾】の魔法には、一般的な装甲兵として合格ラインを出せるレベルだ」
「ありがとうございます」
ガーバック小隊長は、自分を思った以上に苛烈に鍛え上げてくれていた様で。
自分の【盾】が、普通に装甲兵としての運用に耐えうるレベルにまで達していたことを告げられました。
「それでは、その」
「ああ、軍人に二言はない。明朝6時から、演習場に来い」
「……はい」
当時の自分は、少し焦っていた時期でした。
自身の怠慢でラキャさんを失ってしまった事から、もう二度と「何かをし忘れて後悔したくない」という強迫にかられており、漫然とした日々を過ごすことが恐怖だったのです。
「貴官に、我が中隊の訓練への参加を許可する」
「ありがとうございます」
だから冬季で衛生部に暇が出来て、比較的のんびりとした時間が流れる中。
自分は目の前に立つ細身の魔術師───砲撃すらも防ぐ防御魔法の達人。
「俺は女子供とて贔屓はしない、厳しく指導する」
「了解です、ザーフクァ曹長殿」
オースティンに残った数少ない『エース』の名を持つ男に、弟子入りを申し出たのでした。
話は、1週間前に遡ります。
我々が南部軍と、合流を果たした後の話です。
「よくも、俺達の故郷の街を!」
「随分と調子に乗った真似をしてくれたな!」
オースティン兵のサバト軍への追撃は、鬼気迫るものがありました。
我々は、虐殺された村の様子をこの目で見てきたばかりです。
同胞や家族を殺された恨みで大いに昂った我々は、怒りのままサバト兵に突撃していきました。
「……また、吹雪が濃くなってきた」
「ここまでか」
その追撃を嫌った敵は逃げ、最終的に北部オースティン領まで引っ込んでいきました。
この地域は、オースティン首脳が画策していた、北部決戦の予定地でもありました。
つまり、我々は見事に当初の戦術目標を達成することが出来たのです。
そして、逃げた敵を包囲するよう我々は塹壕を掘り、防衛網を構築して越冬を始めました。
冬入りした後は、異常な程の極寒でお互いに攻勢に出られる状況ではなくなり。
我々は春が来て雪が溶けるその日まで、雪原で睨み合うことになったのです。
「どうもー、貴方が生き残った衛生兵チャン? 聞いていた通り、可愛いわね」
「初めまして、レィターリュ衛生准尉殿」
「長いからレイリィで良いわよ。うん、こんなに小さい体で今までよく頑張ってきたわ!」
今の話は、最前線から治療に来た兵士さんから聞いた話です。
もちろん衛生兵である我々は、戦闘に参加していません。
我々トウリ衛生小隊は追撃部隊と別れ、パッシェンという村に陣取った南軍の衛生部に合流していました。
「それに……、フフ。なかなか色っぽい良い男も連れてきたじゃない。どっちか狙ってたりするの?」
「いえ、その」
「じゃあ私がパクっとヤっちゃってもいい感じかしら?」
「……、お、お好きなように」
南軍で衛生部長を務めている方は、レィターリュという准尉さんでした。
そばかすがキュートな、黒髪で豊満な肉付きの女性です。
「よく来たわ新米衛生兵たち! まだまだ分からないことも多いでしょう? 私が手取り足取り教えてア・ゲ・ル♪」
「……」
レィターリュ衛生准尉は、とてもアグレッシブな方でした。
我が小隊のハンサム二人を見るや否や、挨拶そっちのけで誘惑を始めました。
「貴殿方、結婚してたりする? 今フリー?」
「えーっと、あー」
彼女の部下が呆れた視線を向けていますが、気にする様子はありません。
小隊長の自分を放っておいて、キャッキャとアルノマさん達に絡みに行く潔さは少し尊敬できる気がします。
「久々の新人、テンション上がるわ! 歓迎会の準備をしなくっちゃ!」
「ど、どうも」
「とりあえず、病床の回診終わったらパーティしましょ、パーティ。とっておいたワイン、開けちゃおうかしら」
レィターリュ部長はそう言うと、鼻歌交じりで「ワイン取ってくるわー」とテントを出ていきました。
台風のような人、という印象を受けました。
「明るい人だったね……」
「上官が、話しやすそうな人柄で良かったよ」
絡まれた新人二人は何かを言いたそうにしていて、何も言わずに苦笑していました。
まぁ、ガーバック小隊長みたいな怖い人が出てくるよりは助かるのですが。
「おい、新入り二人。レイリィ部長はあんなこと言ってるけど、変な仲になったりすんなよ」
「へ? あ、はい」
レイターリュさんが去った後、眉間に皺の寄った真面目そうな男性衛生兵が話しかけてきました。
見た感じ、レィターリュさんの部下でしょう。
「そうですね、妊娠するような行為は軍規違反ですからね」
「あー、いやそうじゃなく。まぁ、そこも何だが」
「どうしました? 何か、歯切れが悪いですけど」
彼は、チラっと周囲を見渡した後。
ケイルさんとアルノマさんに近づいて、小声で耳打ちしました。
「レイリィは、前々から新兵に手を出す悪癖があってね。先輩風を吹かして、優しく誘惑するのが十八番だ」
「はぁ」
「ところがレイリィの恋人は今まで全員、付き合った1週間以内に殉職してる。呪われてるんだよ、あの人」
「え、えぇ……」
彼の話によれば、レィターリュさんは付き合った男性を不幸にする属性をお持ちのようで。
男性兵士から『ヤれば戦死する危険人物』として警戒されていると聞きました。
……。
「付き合うなら、それを覚悟の上でな」
「……は、はい」
確かに前世でも、交際相手に幸運をもたらす方もいれば不幸を見舞う方もいました。
それはその本人が悪いというより、単に星の巡りの問題だとは思うのですが。
「たっだいまぁ~」
「あ、レイターリュ衛生部長」
男性兵士の言葉が終わるかどうかといったタイミングで、満面の笑顔で南軍衛生部長がテントに戻ってきました。
彼女はまだ封の開いていないワインを両手で抱えており、
「さぁ、久しぶりにコンパよ! 新兵の歓迎飲み会よ!」
楽し気な表情で、その瓶に頬擦りしていました。
レィターリュさんは第一印象の通り、気さくで付き合いやすい人物でした。
「そこの処置が分からない? ええ、任せて、お姉さんこういうの大得意だから!」
わからないことを聞けば、親身になって教えてくれます。
暗い顔をしている兵士には積極的に話しかけに行って励ましますし、部下に任せておけば良い雑用なども、自分から進んでやってくれます。
南部軍の衛生部を任されているだけあって、優れた人格者と言えました。
ただ唯一の悪癖が、男癖の悪さというか。
軍規に則っており妊娠するようなことはないのですが、新兵───主に少年兵をターゲットにつまみ食いする癖があるそうです。
つまみ食いされただけでも重傷を負うことが多く、レィターリュさんと付き合うに至った場合は殉職、というのが彼女の恋愛遍歴なのだとか。
恋人を失っては号泣し、次の恋に目覚め、再び失って号泣する。それを、レィターリュさんはずっと繰り返しているそうです。
死亡率が妙に高いのは彼女が新米を狙ってるためでしょうが、常に死と隣り合わせの兵士達はゲン担ぎを結構大事にするようで。
レィターリュさんは「男の精と寿命を搾り取る淫魔」と恐れられてしまったそうです。
そのせいで彼女はもう1年以上、新米兵士を釣れていないのだとか。
「久々の新兵! それもイケメン!」
自分の噂についても重々承知していたそうで、南軍で彼氏を作るのは難しいと考えていた折。新米兵士を含む我々トウリ衛生小隊が指揮下に入ることとなり、とても喜んだそうです。
男日照りの彼女に訪れた、久々の新米男性衛生兵。何としても食ってやると、我々の合流を聞いた瞬間からレィターリュさんは息巻いていたそうです。
初対面で彼女のテンションが異様に高かったのには、そんな理由があったのです。
「ちょ、ちょっと僕は遠慮しとこうかな」
「私は俳優として、今は特定の個人とは……」
「えー? まあまあ、そう言わず!」
うちの男性陣は少し固い笑顔でしたが、概ねトラブル等は起きず。
レィターリュさんは機嫌よく、我々トウリ衛生小隊を受け入れてくださったのでした。
この時、レイリィさん率いる南軍衛生部が滞在していたのは、前線からオースティン領内に10kmほど戻った場所にあるパッシェンという都市の跡でした。
この街はオースティンの北寄りの村で、サバトの略奪の被害を受けた村落の1つです。
我々はほぼ廃墟となったパッシェンにテントを並べ、野戦病院代わりの拠点としました。
こんな、前線から離れた場所に拠点を作ったのには理由があります。
戦況は南部軍が押していたとは言え、兵力で優位を保っているのはやはりサバト側でした。
しかも当時のサバト軍はシルフの指揮のせいで、リスク度外視の何をしてくるかわからない敵と印象付けられていました。
だから万一を考え、衛生部や物資を守るべく最前線から引き離して拠点を作らせたのです。
しかも視界が良くない冬の間は、遠回りしてきた敵からの奇襲もあり得るため防衛部隊が駐留してくれました。
このことからも、オースティン首脳部が衛生小隊や軍事物資をとても大切に運用してくださっていたことが分かります。
結局、冬の間はお互いに戦闘を起こさず睨みあうだけになったのですが。
その平穏の間、自分はザーフクァ曹長───南軍のエースから直々に指導を頂けたのでした。
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