第13話

 自分は野戦病院を出た後、しばらく塹壕内を走ってガーバック隊に合流しました。


 我々が配置された場所は、敵の砲撃の真正面でした。つまり、最も激しい攻勢が予想される場所です。


 と言うか既に、僅か数十メートル先で大きな火柱が上がっていました。


「トウリ・ノエル2等衛生兵、到着いたしました」

「遅ぇわ殺すぞ」

「申し訳ありません」


 既に小隊メンバーは戦闘準備を終えていて、塹壕沿いに銃を抱えていました。


 チラリと、新米2人組の顔に大きな痣が見えましたが気にしないでおきましょう。


「トウリ。貴様は俺が負傷したら、すぐ治療しろ。それ以外のケースは、穴の中で震えてろ」

「了解しました」


 自分の運用は、前と同じようにガーバック小隊長の救急箱みたいです。


 もし小隊長が飛び出すことになれば、塹壕から顔を出さないといけません。


 銃弾とか榴弾が飛んでこなければ良いのですが。


 ……あ、そういえば。


「小隊長殿、報告があります」

「何だ」

「自分は先程まで病院勤務中でしたので、魔力を消耗しています。残量的に回復魔法は1度が限度です」

「……チッ、分かった」


 前回の反省を生かし、逐一ホウレンソウです。


 こう言う細かいことも、きちんと報告するようにしときましょう。


 もう、怒鳴られて折檻されるのは勘弁です。


「次から余力を残しとけ」

「……はい、努力いたします小隊長殿」


 一応返事をしてみましたが、無理なんだろうなと思います。


 病院勤務中は、回復魔法をひたすら使わされるので魔力に余裕は全くありません。と言うか、足りません。


 実は今も魔力切れてるんですが、敵の攻勢開始までの時間で、何とか1回使えるだけ回復すると思います。


「それと自分の魔力量が成長したようで、魔力全快時には回復魔法を連続3回まで使用可能となりました」

「あっそ」


 そして先日、病床主任に言われて気づいたのですが回復魔法の使用回数が増えてました。これも一応報告です。


 ……連続使用3回、って全然威張れる数字じゃないんですけどね。一般的な平均衛生兵が5~6回なので。


 新米にしては高めなので見込みあるぞ、と主任は誉めてくれましたが。


「報告はもう終わりか? なら配置につけ」

「了解です」


 ま、これで報告漏れは無いでしょう。無いですよね?


 後は小隊長殿のご指示通り、彼が負傷するまでプルプル塹壕の中で震えておくとしましょう。








「敵、前進してきます」

「よし、総員構え」


 自分が布陣についてからも1時間ほど砲撃が続き、やがて敵の攻勢が始まりました。


 殆ど抵抗らしい抵抗もなく、第1、第2防衛ラインは突破されてしまいました。


 本日はかなり長めの砲撃だったので、最前線の塹壕に防衛部隊は殆ど残っていなかったみたいです。


 敵はあまり消耗が無いまま、我々の塹壕へと突撃して来ました。


「撃て撃てぇ! この俺の小隊が守るラインに攻めてきたこと、後悔させてやれ!」

「了解でぇす! 小隊長殿!」

「死ねぇぇぇ!! サバトの悪鬼ども!!」


 しかし、ここからはそう簡単に攻略される訳にはいきません。


 敵は、二つ目の塹壕を越えた瞬間にバタバタ倒れ始めました。


 敵の砲撃魔法が届かないこの第3防衛ラインから、我々の抵抗は一層激しくなるのです。


「ひゃーっはははぁ!! 皆殺しだぁぁ!」

「新米! 敵の発砲音が聞こえねぇから叫ぶな!」

「……」


 口の悪い方の新米ロドリーが無駄に叫び、小隊長に殴られました。アホですね。


 それにしても被害が増えると分かっているのに何故、敵は第3防衛ラインまで突撃してくるのでしょうか。


 ラインを2つ押し上げて、戦術目標達成と前進をやめてくれたらありがたいのですが。


「小隊長! 右方向の、味方の防衛ライン制圧されそうです!」

「ちっ、マリュー・グレーは塹壕右側を死守しろ!」


 しかし、敵もさるもの。人数差に任せた決死の突撃により、右隣の塹壕内に敵が侵入していきました。


 すかさず、ガーバック小隊長は部下を2名ほど右側に配置します。


 隣の拠点が制圧された場合、塹壕沿いに横から攻められる可能性があるからです。


 


雷槍鬼カミキリは……いねぇか」


 つまらなそうな呟き声が、隣から聞こえてきました。


 今日のガーバック小隊長は、塹壕に籠って小銃を撃っています。


 いつもは剣振り回していますので、普通に戦ってる小隊長を見るのは新鮮でした。


「小隊長殿。今日は、突撃はなさらないのでしょうか」

「あぁん? する訳ねぇだろ、アホか」

「……失礼致しました」


 聞いてみたところ、今日は小隊長殿は突撃していくつもりが無いようです。


 銃を扱えるなら、普段から剣を振り回さず銃使えば良いのに。


「ちっとは考えろ。塹壕側の有利を一番生かせるのは、銃撃戦だろうが」

「はい、小隊長殿。では何故、前回の攻勢で小隊長殿は剣を携え突出されたのですか?」

雷槍鬼カミキリが相手だったからだ。基本、エース級に銃弾は効かん」


 エースに銃弾は効かない。


 言われてみれば、そうです。


 ガーバック小隊長も、銃弾の雨の中を平気で突っ込んでいって傷一つ負っていません。


「剣技や装備、【盾】などを駆使すれば銃弾なんぞ防げるんだ。この戦場で長生きしてるエース級は、何かしら銃撃に対する『答え』を持ってる」

「……成程」

「銃弾をある程度対処できるようになるだけで、この地獄で悠々自適な贅沢暮らしが出来る立場になる。貴様も精進しろ」


 精進しろとおっしゃられましても、そう簡単に銃を対処できるなら戦争で人は死にません。


 周囲で話を聞いてるグレー先輩やアレンさんの呆れ顔を見るに、恐らくガーバック小隊長は無茶苦茶を言ってるのでしょう。


「小隊長殿! 右陣地突破されました!」

「攻めてきたら応戦しろ! 勝てそうになければ泣きつけ!」


 どうやら、自分たちの一つ右で防衛をしていた部隊が壊滅したみたいです。ついに、この塹壕内に敵が侵入してしまいました。


 大ピンチですが、ガーバック小隊長の顔に焦りはありません。


 そういう場合の備えとして、塹壕にはいくつか工夫が凝らされているからです。


「トウリ、テメーは死角に隠れてろ!」

「はい、小隊長殿!」


 まず、横方向への防御として塹壕内には土嚢が積まれた壁を設置してあります。


 更に塹壕はS字に蛇行して作られており、隣の拠点から直接射撃されないようになっています。


 この蛇行して掘られた道のお蔭で、塹壕沿いに攻められた場合、防御側は土嚢に隠れたまま『角待ち』出来るのです。


 塹壕は、よく考えられて作られています。


「手榴弾、投擲します!」

「許可する!」


 しばらく待ちましたが、敵が攻めてくる様子はありませんでした。


 敵部隊は反対側へ向かったか、塹壕に攻めず拠点の確保を優先した様でした。


 すかさず、グレー先輩達は手榴弾をぶん投げました。


「■■■っ!!?」

「命中!」


 その制圧部隊の殆どは、手榴弾で爆殺されたみたいです。


 どうやら敵は、拠点を確保した後に動かなかったみたいですね。


「お見事です、グレー先輩」

「俺達は、味方の拠点の位置を把握してるからな。敵と違ってブラインドでも、手榴弾で爆撃できるんだ」


 敵は、初めて入った塹壕の構造など把握している筈がありません。


 しかし自分たちはそれぞれ、両隣の防衛拠点の位置を把握しています。


 地形の確保を優先し動かなければ、拠点目掛けて投擲された手榴弾の良い的になるのです。


「がーはははは! 奴ら逃げていくぞ、背中を撃て!」


 こちらの爆撃に驚いたのか、敵部隊は慌てて塹壕から這い出て撤退を始めました。


 しかし、その背中を小隊長殿は楽しそうに撃ち抜いていきます。


 このように、1部隊だけ先行して塹壕を制圧してしまうと酷い目に遭うのです。


 戦争において部隊の突出は、死を意味します。向こう見ずな突進は、戦場における最も愚かな行為なのです。


「身の程知らずに攻めるからだ!」


 なので塹壕攻めの王道は、味方を支援しつつ、複数の部隊で同時に塹壕の制圧を行うべきなのです。


 そうすることによって最低限の被害で、拠点を制圧することができるのです。


 なの、ですが……。


「アレと同じ事やって、いつも勝ってるお方もいるんだよなぁ」

「何だグレー、文句でもあるのか」

「いえ、とんでもありません、サー!」


 自分のすぐ隣にいる頭のおかしい小隊長殿は、拠点を制圧してから塹壕伝いに次々と虐殺していくのです。


 防衛側の立場になって初めて、自分たちの上官の恐ろしさを実感しました。


 いくら銃を撃っても切り落として突っ込んできて、塹壕に血の海を築き上げる突撃兵とか怖すぎです。


「小隊長殿、再び敵の攻勢です!」

「あん? また来たのか」

「先ほどより、規模が大きいです」


 これで今日の仕事は終わりかと思いきや、再び敵の攻勢が始まりました。


 一体どこに、これほど敵がいたのでしょうか。


「ふん、何度来たって返り討ちにしてやる」


 そう言って小隊長殿は笑って、再び銃を取りました。


 しかし敵の兵数的に、味方の旗色はかなり悪そうです。


「右の拠点、再び制圧されました!」

「お前らは正面の敵に集中しろ! 右方向の敵は、マリュー達に任せればいい」


 塹壕越しに、数多の敵の断末魔の声が聴こえてきます。


 自分は頭を出していないのでわかりませんが、塹壕の上には恐らく地獄が広がっているのでしょう。


 何故こうも多くの犠牲を払ってまで、敵は進んでくるのでしょうか。


「ガーバック小隊長、一大事です。左の拠点も、敵に侵入されています! このまま制圧されれば挟み撃ちに!」

「あんだと? 使えねぇなぁドイツもコイツも!!」


 アレン先輩が、珍しく慌てた声を上げました。どうやら、左の拠点も危ないらしいです。


 両隣の拠点が陥落すれば、物凄くヤバいです。すぐさま撤退しないと、かなり不利な戦いを強いられることになります。


 敵に包囲される形になりますので。


「もういい、俺が出る。左拠点の援護に向かう、トウリは俺から目を離すな!」

「はい、了解です」

「他の連中は、正面の攻勢を耐えしのげ! 俺が戻ってくるまで絶対に、落とされるんじゃねぇぞ」


 それは流石に見過ごせなかったのか、ガーバック小隊長は抜刀し塹壕の上へ飛び出しました。



「■■■!!?」

「やかましい、死ね!!」



 いきなり飛び出してきたガーバックに困惑していた敵兵は、即座に切り刻まれます。


 そして小隊長は、物凄い速度で左拠点へ走っていきました。


「シャアアアッ!!」


 流石というべきか、小隊長殿は雄叫びをあげて敵兵を惨殺していきます。


 ……やっぱり、剣抜いたほうが強いんですね小隊長殿。


「……っと、アレン先輩!」

「分かってる!」


 その時、視界の端で正面の敵が手榴弾を投げつけてきたのが見えました。


 自分は即座に【盾】を構えましたが、アレン先輩も素早く反応し、


風砲ウィンド!」


 風の魔法で手榴弾を吹き飛ばしてくれました。


 成程、魔法で対空するって言っていたのはこれの事ですか。


「まだまだ来るぞぉ!」

「こいつら死ぬのが怖くないのか!?」

「■■■っ!!」


 しかし、アレン先輩の銃撃が止んでしまった事で戦列に隙が生まれます。


 いつの間にやら、自分の目と鼻の先まで敵兵が来ていました。


 真上から無表情に冷徹な殺意を叩きつけられ、思わずたじろいでしまいます。


「何をやってる! ナリドメ、撃て!」

「……」

「ぼーっとすんな! 早く迎撃を!」


 そのまま敵兵はナリドメ2等兵……、この前に自分を襲った新米の方へと飛び込んでいきました。


 銃の引き金を引けば狙わずとも当たる距離なのに、彼は身動き一つ取りません。


「ナリド────」


 やがて敵は、ナリドメの顔を蹴り飛ばして塹壕内に侵入してきました。


 蹴り飛ばされてなお、彼は微動だにしません。そして、ようやく自分は彼の身に何が起こったかを知ります。


 ナリドメ2等兵の額に、風穴があいていました。いつの間にか、彼は撃ち殺されていたようです。


「■■■■■■ぁ!!!!」


 塹壕に入ってきたその兵士は、30歳くらいの中年の男性でした。


 彼は両手に血濡れた剣を構え、すぐさまヴェルディ伍長へと斬りかかりました。


「ひぃいい!?」


 ヴェルディ伍長は慌てて銃口を向けましたが、それより早く男の剣が一閃します。


 すると伍長の腕は斬り飛ばされ宙を舞いました。


 そのまま敵は、もう片方の剣でヴェルディの首まで狙われますが、



「伍長伏せろ!」

「■■っ!?」



 アレン先輩が援護射撃を行い、敵兵が避けるため身を反らして事無きを得ました。


 そのまま敵は伍長から大きく距離を取り、自分の近くまで跳躍してきます。


 やがて、滑りながら土煙をあげて、その『剣士』は自分の目の前に着地しました。



 ……さて。



「トウリ、逃げろぉぉぉ!!!」



 そして『敵』の目は、まっすぐ自分を見据えていました。


 その距離は、1mほど。十分に、斬撃の間合い内ですね。


「■■■■■……っ」


 敵の言語はよくわかりません。何を言っているのか、さっぱり理解できません。


 しかし、一つだけ伝わる事が有ります。それは、


■■■■■コロシテヤルっ!』


 敵のその目に浮かんだ、溢れんばかりの殺意と怨念でした。



 その時、小隊の誰も自分を助けられる位置に居ませんでした。


 自分は15歳の少女です。場合によったら、年齢より幼くみられることもある外見です。


 だというのに、その敵兵に躊躇などありませんでした。


 彼は、子供兵にすら明確な殺意を向けていました。


■■シネ

「あっ」


 剣士は振りかぶり、叩き付けるように自分の頭へ凶器を振り下ろしました。


 このままでは死んでしまう。サルサ君に救われた命を、何の意味もなく消費してしまう。


 それは嫌です。自分のためにも、彼のためにも。



「【盾】」



 その時の動きは、ほぼ無意識だったと思います。


 咄嗟に自分が構えたその盾は、ガーバック小隊長殿に教わったモノよりずっとずっと鋭角でした。


 鋭い槍先のような、2等辺三角形の【盾】。自分がそれを、敵の真正面に突き出した結果、


「■■■!?」


 振るわれた剣先は【盾】の面上を滑り、綺麗に逸れていきました。


 小隊長殿に教わった通り、敵の攻撃を受け止めずに弾く。


 それを、我ながら完ぺきに実践出来た様子です。


 至近距離の一撃を避けられ、敵の剣士の動揺が伝わってきました。



「……死ねっ」



 その一瞬のスキを、逃さずに突っ込んできてくれた人が居ました。


 それは、


「死ね死ね死ねっ!! このクソッタレ、鬼畜、人でなし! 血肉を啜るゲスどもが!」


 口の悪い新米……ロドリー君でした。


「■■■■!!」

「どうだ、苦しいか! ざまーみろ、好き勝手に人を殺しまくった報いだ! あははは!」


 彼は敵兵に背後からとびかかると、そのまま首筋を掻っ切りました。


 自分の顔面に、男の生暖かい血飛沫が降り注ぎます。


「あひゃひゃひゃひゃ!!」


 ……その時のロドリーは、第一印象の時とは明らかに様子が違っていました。


 何か、大事な糸が切れたような。そんな印象を受けました。


「あひゃ、あひゃ、あひゃ!!」


 彼は支給されたアーミーナイフを何度も何度も、半狂乱で笑いながら敵の顔面に叩きつけていました。


 それは頼もしいと言うより、ただ不気味でした。


「ちょ、落ち着けロドリー! 殺したなら、正面の敵の迎撃に戻れ!」

「……あ? ちっ、了解でっす」


 しかし彼は、グレー先輩に声を掛けられると急に元のテンションになりました。


 そして何食わぬ顔で、再び塹壕に隠れて迎撃を再開します。


 何だったんでしょうか、今のは。


「……クソッ、もっと苦しめて殺せばよかった、失敗した」


 その時のロドリーの、ボソッとした呟きが嫌に耳に残りました。


 ちょっと気味は悪いですが、自分は彼に命を救われたのです。


 後でしっかり、お礼は言っておきましょう。


 血塗れで尻餅をついたまま、自分はそう思いました。

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