第14話
自分は少し危ない雰囲気の同僚、ロドリー君の援護で九死に一生を得ました。
敵兵はロドリー君の攻撃で噴水の様に血を吹き出し、動かなくなっています。
完璧なタイミングでしたが贅沢を言うなら、血をぶちまける方向を考えて頂きたかったです。首の横からナイフを突き刺すとか。
「あっあっ! 腕、腕ぇ!!」
「伍長!」
自分はリュックの中からタオルを取り出して顔を拭った後、先ほど腕を切り落とされたヴェルディ伍長の方へ向き直りました。
見た感じですと斬られた範囲は、肘より先だけ。割と綺麗な切断面なので、早めに治療をすればくっつくと思われました。
小隊長殿が戻ってきてから、治療を要請しましょう。
「ヴェルディ伍長、切り落とされた腕を拾って塹壕壁側に来てください! 止血処置を行います!」
「う、うぐぅぅ! わ、分かっり、ました」
塹壕での治療行動は、前壁近くで屈んで行います。敵に突撃された際、死角になって気付かれにくいからです。
まあ『ガーバック小隊長殿から目を離さない』命令があるので、自分は塹壕から頭だけ出しておかねばなりませんが。
「ひろ、拾ってきました!」
「傷口を洗浄します。痛み止めを使う暇はないので、歯を食いしばってください」
「は、はいっ。く、うががががっ、がぁあ!!」
チラチラと流し目で戦場を確認しながら、伍長の処置を並行して行いました。
感染予防として、リュック内の生理食塩水の蓋を開けて創部を洗い流した後、清潔なガーゼで清拭・圧迫します。
同時に、傍目でガーバック小隊長殿が左の塹壕から飛び出したのが見えました。そろそろ、戻ってきてくださる感じですかね。
「止血完了です。これで失血死はしないので、おとなしく待機してください。小隊長殿が戻ってきてから、治療要請を行います」
「え? ちょ、すぐ回復魔法は使わないんですか?」
「すみません、自分の権限では回復魔法の行使は出来ません。小隊長殿の許可がないと」
自分はそう言い放ち、創部の洗浄に使った生理食塩水の残りを『これ飲んでおいてください』と手渡しました。
失血した後は水分補給が大事です。
「あ、そうか。じゃあ、トウリ2等衛生兵、私への回復魔法を命令します」
「え? あ、えっと」
「早く戦線復帰したいので、治療していただけますか」
ヴェルディさんにそう言われて、自分は少し混乱しました。言われてみれば、ヴェルディ伍長は自分より立場が上の将校です。
なら、ヴェルディ伍長の命令があれば自分は回復魔法を行使できるんでした。
……でしたっけ?
「早く、このままじゃ腕がくっつかなくなってしまいます!」
「……」
いえ、冷静になりましょう。ガーバック小隊長の許可なく回復魔法を行使して、『指導』されるのはもう御免です。
指揮権、そう指揮権の問題です。これはヴェルディ伍長が自分に対して指揮権を持っているか? という問題です。
冷静に指揮系統を整理しましょう。
この小隊の隊長であるガーバック小隊長は、部下全員に指揮権を持っています。
そしてこの小隊には、『アレン偵察隊』『ヴェルディ上等歩兵部隊』の2つの分隊が存在します。
この2分隊に衛生兵である自分を加えて、ガーバック小隊は成り立っています。
分隊長であるアレン先輩とヴェルディ伍長は、それぞれ自分の分隊メンバーに対してのみ指揮権を有します。
歩兵ではない自分は、その分隊のどちらにも所属していません。自分の立場はガーバック小隊長の直属です。
つまり、
「大変申し訳ありません、ヴェルディ伍長。貴方は自分に対し、指揮権を有していないと認識します」
「え?」
「ご安心ください、切断された腕の
「え、いやちょっと!」
そうですそうです、自分より階級が上の将校なら誰でも治療命令できる訳ではありません。
それがまかり通るなら、1等歩兵のグレー先輩も自分に命令し放題です。
しかし以前にグレー先輩が負傷した時、彼は当時の分隊長だったマリューさんを介し、小隊長殿に治療を要請してました。
つまり自分がヴェルディ伍長を勝手に治療したら、伍長ともども過酷な暴行にあいます。
「自分はガーバック軍曹を視認しておく必要があるので、これで失礼します」
「待って、私は腕斬られてるんですよ!? ガーバック小隊長に確認しなくても、治療許可は絶対に下りるでしょう! そんな指揮権がないからって、バカげた」
「馬鹿げていません、命令は絶対です」
ヴェルディ伍長は焦った声で自分の肩を揺らしますが、そんなこと言われても困ります。
自分はもう、2回も命令違反で厳しく指導されているのです。これ以上、また命令違反なんてしたら、
「命令は、絶対なんです」
「……え? ト、トウリ、さん?」
「嫌です、もう、もう指導されるのは嫌なんです。申し訳ありません、ヴェルディ伍長。どうか小隊長殿が戻ってくるのをお待ちください」
もしまたやらかしたら、前以上に過酷に折檻されるに違いありません。
自分は、小隊長殿の怒り顔を想像するだけで、ガクガクと体の震えが止まらないのです。
彼に折檻されている間は少しでも不興を買わないよう堪えていますが、小隊長殿の鉄拳は死ぬほど痛いのです。
「どう、か、ご納得いただけると……」
「……失礼しました、取り乱しました。仰る通り、私にトウリさんへの指揮権はありませんでした」
「伍長、ご理解いただけて幸いです」
「すみません。貴女をそこまで怖がらせるつもりはなかったんです、無茶を言いました」
どうやら自分は随分と青い顔をしていた様で、逆にヴェルディ伍長に心配させてしまいました。
今気付いたのですが、どうやら自分はガーバック小隊長に相当なトラウマを植え付けられてますね。
そのせいで自分は、小隊長殿の命令を絶対遵守する体にされています。
これも彼の狙い通りなのでしょうか。
「あ、見てください。小隊長殿がこちらに向かってきます」
「向こうでの援護が、終わったようですね」
そうこうしている内に、件の恐ろしい人が戻って参りました。
ガーバック軍曹は銃撃が飛び交う戦場を、敵兵を切り殺しながら突っ切って来ます。
さっき襲われた敵より恐ろしいな、と感じたのは秘密です。
「もう攻勢は終わったかな。ようし、ヴェルディを治療してやっていいぞ」
「ありがとうございます」
勝手に治療しなかった自分の判断は正解だったようで、戻ってきた小隊長殿にヴェルディ伍長への処置をお伺いすると「戦闘終了まで待て」との事でした。
どうやらガーバック小隊長は、自分の身の安全が確保されるまで部下に回復魔法を使わせるつもりはないようです。
これ、うっかりヴェルディ伍長の命令に従ってたら縊り殺されてたんじゃないでしょうか。
「【癒】」
「お、おおぉー?」
「伍長、動かないでください。そのまま包帯で固定しますので」
自分は、何とか絞り出した魔力でヴェルディ伍長の腕をくっつけました。
……ちょっと魔力が足りなかったのか、効果が弱いような気がしますね。
「小隊長殿。ヴェルディ伍長へ行ったのは応急処置です、完全に快復するには野戦病院での治療継続が必要です」
「だろうな。もう良い、とっとと治療しに行っちまえ」
自分は治療の出来に自信がなかったので、このまま野戦病院に行って貰うことにしました。
大丈夫でしょうかね。歩いてる途中に固定が外れてポロリ、と手首が落ちたりしませんかね。
そうならないよう、少し強めの固定をしときましょう。
「あー、小隊長殿。ヴェルディさんがいく前に一応、アレやっときます?」
「……いや。ナリドメに敬礼なんぞ要らんだろ」
小隊長殿は、額に風穴を開けて倒れこんでいるナリドメの遺体を一瞥し、そう言いました。
アレ、というのは……。戦死者が出た時の敬礼のことでしょうか。
「死んで元々。自棄を起こした新兵が、戦力になることなんてねぇんだ」
そしてガーバック小隊長殿は、興味もなさそうにナリドメの遺体から目を背けました。
「……あの、ロドリー君」
「あ?」
そのナリドメの遺体は、ロドリー君が後方まで運んでくれることになりました。
仲間の遺体運びは、部隊で一番の新米の仕事なのです。
「今日はありがとうございました」
「え、何の事だ?」
自分は本日、この同期で口の悪い新米であるロドリーに命を救われました。
なのでお礼だけでもしておこうと声をかけたのですが……、彼から返ってきたのは怪訝な顔でした。
「その、自分の危ないところを助けていただいたので」
「そんな事あったっけか?」
「ほら、敵剣士が塹壕に飛び込んできた時の」
「あー……。そういやお前死にかけてたな」
どうやら彼に、自分を助けたという自覚は一切なかったようです。
あの時のロドリーは、
「俺の目の前に、背中向けてる敵がいたから殺しただけなんだけど」
「……」
だ、そうです。自分の安否なんぞ、一切気にかけていなかったようですね。
「というかお前、敵が目の前にいたのに何で反撃しねぇの? ちゃんと戦意ある?」
「自分は衛生兵ですので、攻撃装備は持たされていないのです」
「その腕は何のためについてんだよ、その歯は何を嚙み切るためにあるんだよ。武器なんぞなくても、敵が目の前に居たら殺しにかかるのが普通だろ」
ロドリー君はそういうと、見下した顔で自分を指さし、
「お前、今日の戦場で一番役に立ってなかったからな。わざわざお前なんぞ助けるヤツなんていねぇよ」
「……」
「敵が殺せるから殺した、それだけだ。変にすり寄ってくんな気持ち悪い、お守りしてほしいのか?」
吐き捨てるようにそう言って、ペッペと唾を吐きました。
「俺は弱い癖に媚び売るのが上手い人間が一番嫌いなんだ。お前みたいな、な」
「……はあ」
「二度と話しかけてくんなよ、くっせぇ」
その言葉を最後に、ロドリーはそっぽを向いてテクテク歩き去っていきました。
ナリドメ2等兵の遺体をズルズル引きずりながら。
夜、小隊長殿に休養を言い渡された自分は、いつもの塹壕の溝に体をうずめて眠りました。
今日を、生き残れたことに感謝しながら夜空の下で目を瞑ります。
因みに、もうナリドメは居ませんが、念のためグレー先輩の隣で寝かせてもらうようお願いしました。
グレー先輩は何か嬉しそうでしたが、ロドリー君はゴミを見る目で自分を見ていました。
「ふわぁ~、明日はもっと殺してぇぜ」
「……」
そのロドリーのボヤきが、深夜の塹壕に響き渡ります。
彼はどうやらイヤイヤ戦っているのではなく、明確に戦意を持って此処に居るようです。
それは正しい事、だと思うのですが。その反面、回復しか出来ない自分に対し侮蔑のような感情を抱いているようにも感じました。
ちょっと、居心地が悪いです。
「……」
ああ。こうなると、改めて思います。
初めて会った時は頼りないと感じましたし、迂闊でアホっぽい同期と考えおざなりに扱っていましたが。
『1番サルサ、脱いで踊りまッス!』
『年下っスよ、まだトウリは15歳っスよ。流石にシモの話はもうちょい待ちましょう先輩』
『令を復唱しまっす! 俺は命に替えても、トウリ2等衛生兵を守るっス』
サルサ君って、最高の同期だったんですね。親しみやすいし、紳士だし、口も悪くないし。
彼が生き残っていれば、どれだけ自分は救われていたでしょう。
自分は失って初めて、サルサ君という存在のありがたみを実感したのでした。
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