第32話4月18日②

 午後はネモフィラとの時間を過ごす。ネモフィラは部屋で過ごしたいと言うので、ネモフィラの部屋へとお邪魔している。


「わぁ。いっぱい写真が飾ってあるね」


 その壁には一面に写真が飾ってあった。まだカメラをカーミラ様から贈られてから時間はそう経っていないというのに、もうこんなにも写真を撮っていたなんて知らなかった。


「今日は存分に今までの写真を見てもらおうと思って、こういう形にしてみた。満足してもらえるだろうか?」


「すごいよ!ネモフィラ!この光景を見ただけでワクワクしちゃうよ!」


「そんなに喜んでもらえるなら我も頑張った甲斐があるというものだ」


 そこからは色んな写真を見ながら、ここはどういう場所だったの?この景色綺麗だね!といった話をしばらくしていた。そうして、写真はまだまだあるがネモフィラとの会話をもっとしたいと思ったので話を振る。


「ネモフィラは旅が趣味って言ってたよね。今は時間制限をつけてあちこち行ってもらっているけど、なにか不満があったりはしない?」


「不満か。正直に言えば、やはり愛馬で駆け回れないというのは少し不満と言えるかもしれぬな」


「そうだよね。カトレアを連れてでさえ速いネモフィラが、もっと速いって言う愛馬と走りたいよね。俺のわがままで我慢させていて、ごめんね」


 なにせ連れ回されているカトレアが言うには、あまりにも速すぎて目を開けていると酔ってしまうので目を閉じてずっと一時間を過ごしているというのだ。それよりも速いネモフィラの愛馬であれば、どれだけのことになるのか想像もつかない。あと、やっぱり後でちゃんとカトレアを労ってあげないといけないと心に留めておく。そんな俺の言葉にネモフィラは。


「いや、我が君が気にすることはない。不満はないかと言われたから言ったが、納得はしているのだ。だから我が君は謝らなくていい」


「いつか、そんなことが気にならないような状況になれたらいいんだけどね。今はまだね。やっぱりごめんね。それとありがとう」


「我が君……。我はもっと強くなりたいと思う。誰にも捕らえられないほど強く、速く。それで我が君を心配などさせることのないように。約束しよう我が君。そんな日がいつかきっと来ると」


「ネモフィラはすごいね。ありがとう。期待して待っているよ」


「そうしてほしい」


 そんな日がいつか来れば素敵だろう。皆が本当に自分のやりたいことが出来るようになれたら。俺もそんな日が来るようにもっと強くなりたいと思う。どんなことが出来るか分からないけど。それでもなにかをしたい。そこで、ふとネモフィラに聞いてみたいことが出来たので聞いてみる。


「そういえば、ふと思ったんだけどネモフィラの愛馬って名前はないの?」


「名前か。ふむ。考えたこともなかったな」


「というか、そもそもあんまりネモフィラの愛馬のこと知らなかったなって思って。生きている馬なんだよね。その割には食事とかしているところを見たことがないけど」


「生きているかと聞かれると難しいところだな。我の愛馬は、我が生まれたときから共に居る。どこからか捕まえてきた馬を飼っているというわけではない。いわば我の一部というか、体の延長線上なんだ」


「生きている馬っていうわけじゃないんだね。それなら特に名前がほしいと思ったりはしないのかな」


「そもそも我の愛馬に、意思があると考えたこともなかったな」


「名前がほしい?って聞いてみる?」


「ふむ。試してみよう」


 そう言ってネモフィラは愛馬を出す。そのままネモフィラは、名前がほしいか?と聞いたがネモフィラの愛馬は何も反応を返さない。しばらく待っても何もないので、ネモフィラは愛馬をしまった。


「どうやら我の愛馬は、意思があるかも怪しいようだ」


「今見ていた感じだとそうだね。ちょっと寂しいかも」


「我が君がそんな風に思う必要はない。我はこれからも、我の愛馬を大切にする。それだけ分かっていれば問題はない」


 ネモフィラの愛馬が食事をしているところは見たことがないが、それでもネモフィラが愛馬の手入れをしているところは何度か見ている。ネモフィラとしては特に思うところがないようなのが救いではあるが、俺としてはやはり意思があった方がよかったと思ってしまう。


「我が君、そう落ち込まないでくれ。これまでも、これからも何も変わらない。我はこれからも我の愛馬の世話をするし、我の愛馬は我が望めばどこへなりと連れていってくれる。だから、我が君が思い悩むことなど何もないのだ」


 ネモフィラにそう声を掛けられて思う。ネモフィラはいつもこうやって俺が悩んでいたり、落ち込んでいたりすると拙いながらも必死に励ましてくれようとする。そんな不器用な優しさが俺は。


「励ましてくれてありがとうネモフィラ。そんな優しいところが、好きだよ」


「そうか。我も、好きだぞ」


 言葉を聞いただけでは、分からないだろう。だけど、今ネモフィラは顔を真っ赤にして照れている。あぁ、本当に可愛い。どうして皆こんなに可愛いのだろうか。俺は本当に皆に会えて幸せだ。


「我が君、そんなに見つめないでくれ。どうにかなってしまいそうだ。」


 とうとう顔を隠してしまった。ちょうどいいので、このタイミングでプレゼントを贈ることにする。


「ネモフィラ、受け取ってほしいものがあるんだ」


 そう伝えると、ネモフィラは覆っていた手の隙間からこちらを覗き見て深呼吸をしてから手をどけた。その美しい瞳を見ながらプレゼントを渡す。

 着けていいだろうか?と言うので頷くことで答える。

 そうしてネモフィラの腕には、髪と同じ色の薄紫色の腕時計が着けられていた。


「似合うだろうか。我が君」


「よく似合ってるよ」


「しかし、こんなものを頂いてもよかったのか?高かったんじゃないだろうか」


「どうだろうね?値段は聞いてないから分からないや。それよりも、ネモフィラに腕時計を贈ったのはね。これからも一時間経ったらネモフィラを呼ぶのは続けるけど、これがあればネモフィラの方も後どれくらいで呼ばれることになるか分かると思ったからなんだ」


「それは。そこまで考えていただいて感謝する、我が君」


「気にしないで。俺がそうしたかったからってだけだし。それに多分、皆のなかでもっとも不自由な思いをさせているのはネモフィラだと思うし。だからこれは、そういうことのお詫びでもあるんだ」


「我が君はそうやって我を困らせる。」


 照れたネモフィラがまた顔を手で覆う。そうだ、困らせるっていうことならずっと聞きたいと思っていたあの事も今聞いてしまおう。


「困らせるついでに、ずっと聞いてみたかったんだけどさ。我が君って伴侶って意味だったりする?」


「その通りだ、我が君よ。だが我にも羞恥という感情はあるのだ。これ以上は勘弁してほしい」


 ネモフィラは顔は手で覆ったままだったが、耳まで真っ赤になっていた。そのあとはまた、写真を見ながら話をしてナデシコとクロユリが居た神社という場所の写真も見せてもらったりもした。

 玉藻前様のところに会いに行ったときは、直通だったから観光する余裕もなかったんだよね。そうして1日を終えた。


 こっそりカトレアに、皆の引率ありがとね。と伝えると、その言葉だけで妾は十分なのじゃ、と返答されたのだった。

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