第18話4月8日

 昨日、ガーネット様と会ってから本当に次の朝まで眠ってしまった。それだけのプレッシャーを受けたということだろう。

 今日は、アスターの話を聞くことにした。というより、聞いてほしいと本人から申し出があった。ガーネット様は許されたが、他にも似たようなことが起きるかもしれない。そうなったときに自分のしてきたことを話しておきたいのだと言う。

 俺は既に、どんな話を聞こうとアスターを手放す気はないのだが皆がどう判断するかは分からない。おとなしく聞くことにする。


「あたいは、このサモンズ世界で生まれたドッペルゲンガーっす。母は同じくドッペルゲンガーで真名契約で父と契約していたっす」


 アスターの父親はドッペルゲンガーの変身を見破ったということだろう。是非とも話を聞いてみたいものだ。


「そんな両親を持ったあたいは真名契約に憧れたっす。契約は召喚して行うのが普通っすが、それでも皆が皆そうしてる訳ではないっすからそういう人を探してお願いしてたっす」


 この世界では契約主は全員が契約を結んでいる。しかし、異世界からの召喚をしている以上どうしても召喚獣は余ってしまうだろう。無理をして契約をする必要は力が強い召喚獣にはないが、アスターは両親のようになりたかったからこそ契約を求めていたのだろう。


「でも、誰も真名契約を出来る人は居なかったっす。複数契約まで含めても、友人、家族、恋人、召喚獣。誰に変身しても見破れる人は居なかったっす。そうしたなかで両親が事故で亡くなってしまったっす」


 それは……アスターはとても失意の中に居たのではないかと思う。誰も真名契約の条件を達成できず、あまつさえ憧れだった両親まで亡くしてしまった。よく持ち堪えたものだと思う。出来れば話をしてみたかった。


「そんな時っす。あいつが現れたのは。自分ならあたいと真名契約できると、あいつは言ったっす」


 ここであの男が現れるのか。なんだか作為的なものを感じるようなタイミングだ。


「そこで準備をしないといけないから、とある場所まで着いてきてほしいと言われたっす。あたいは真名契約を結んでくれるならと応じたっす。けど、それが間違いだったと知ったのはそう掛からなかったっす」


 これが騙されたということだろう。一体何が起こったというのか。言葉の続きを待つ。


「その先であたいは意識操作魔法で操られて、奴隷契約を結んだっす。その時に聞いたっすが、両親の事故もあいつの仕業だったっす。それからは命じられるままに、認識阻害魔法を覚えて他の契約主や召喚獣を不幸にしていったっす。ガーネット様は許してくれたっすけど、あたいはこんなことをしてきたんすよ」


 そこまで聞いて全員が困惑した空気になった。今の話を聞いて、アスターに悪いところがあるようには思えない。ガーネット様は知っていたからこそ、許してくれたのだろう。

 しかし、アスターは罪の意識を持っている。実行したのが自分だから罪も自分のものだということなのだろうか。ならばそれを払拭しなければならない。


 アスター、と声を掛ける。アスターは何を言われると思ったのか体をびくつかせた。アスターと目線を会わせて頭に手を置いて伝える。


「悪いところなんてこれっぽっちもないよ。全部いやいややらされていたんだろう?それならアスターに責任はないよ。悪いのは全部あいつだ」


「でもあたいは実際に不幸にして」


「それはあいつがやったことだ。アスターがやりたかったことではないよ」


「でも、でも──」


 そう泣きじゃくるアスターを抱き締めて撫でる。なにも気にやむことはないのだと。アスターが悪いことなど何もないのだと。

 そうしていると、俺の中から力が抜けた感覚がした。リコリスを見ると微笑んでいる。カトレアのときと同じことをしてくれたらしい。そっとアスターを放してみる。アスターはまだ泣いていたが。表情に影はない。もう大丈夫だろう。


 その後のアスターは憑き物が落ちたような表情でこう言った。アルスさんを信じさせてくださいっす、と。なんでも俺とパスが繋がってから力が増した感覚がするらしく、今なら完全に変身することが出来るらしい。それを見破ってほしいとのことだ。


 そういうわけで試しに今日の残りの時間で、入れ代わって過ごしてみることになった。

 リコリスはギラついた目をすることがないので、カトレアは美味しいものを目にしたような微笑みがないので、スイセンは隙あらば凍らせようとする冷気を感じないのでアスターだと判明した。

 ガーネットは流石に分からなかったという結果に終わった。


「あはは、今の段階でアスターの変身を見破られたら僕も怖い……というか恥ずかしいかも。そんなに注目されてるんだって」


「この調子なら、そのうち分かると思うんだけどな」


「あたいのプライドが既にズタズタなのでやめてくださいっす」


「それは聞けない相談かな」


 完璧に変身されて俺が見破れなかったら、変身された娘も、アスターも誰も救われないだろう。ちなみに、リコリスもカトレアもスイセンも直接の精力供給をしたかどうかの差だと思う。


 リコリスは気持ちよさを、カトレアは味を、スイセンは暖かさを。実際にアスターが体験してないからの差異だと思われる。本当に些細な差なので個性から見分けられるようになりたいが……それはアスターの性質上、無理かもしれない。


 しかし、この結果にアスターは大変満足したらしくとても元気に。


「アルスさんが嫌って言ってもずっと一緒に居るっすからね!」


 と輝くような笑顔で言うのだった。さしあたってはガーネットのことをよく見ていようと思う。まだ出会って間もないとはいえ、俺も悔しかったから。

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