14.打ち上げ花火

「わー、おいしい! ねえエステルお姉ちゃん、これおいしいよ!」

「そ、そうね……よかったねー?」


 テーブル席に積み上げられた皿を横目に、エステルは涙目で無邪気な笑顔に愛想笑いを返した。

 彼女が声をひくつかせているのは、どんどん膨らんでいくお会計の額でも、旺盛な食欲によってぽんぽんに膨らんだお腹でもない。


「……匂いだけでも辛いからなぁ」


 リョウは心底同情した。シャオミンは極度の辛党だったからだ。

 はじめは興味を示すままに注文をしていたシャオミンだったが、香辛料をふんだんに使った点心を皮切りに覚醒した。


 子供だから一口で諦めるだろう、後は大人の二人が食べてやればいい……などというこちらの思惑をよそに、ペロリと激辛点心を平らげてしまったシャオミンは、店員に辛い料理を尋ねては頼み始めたのだ。


「はいお姉ちゃん、あーん!」

「え゛っ……」


 ずいと差し出されたドギツい赤色の魚のソテーに、エステルが声を詰まらせる。


「俺が食うから無理すんな」

「いいえ、私は六国十一種族が共存するグランスタ―の王女よ! こ、これしき食せなくて、多様性を受け入れられますか!」

「いや、無理なもんは無理だろ」


 鳥人が虫を食べていたら虫を食うのか、お前は。

 そんなリョウの心配をよそにぱくりと魚にかぶりついたエステルは、みるみるうちに顔を赤くし、口から悲鳴の炎を吐き出すのだった。




   *   *   *   *    *




「た、大変な目に遭ったわ……」


 家につくと、エステルは帰り道に購入した甘い果実ジュースのストローを啜りながらげっそりと肩を落とした。一方のシャオミンはご満悦な様子で、けぷっとはしたないゲップをしている。


「お前たちは先に風呂に入っておいてくれ」


 声をかけながら、リョウは工房に直行した。

 三年の想い出が積み重なった場所だが、力を解禁した今、これらを使うことはもうないのだろう。どのみち嵩張るから、旅に持っていくには不向きだ。


「業者に引き取ってもらうか……ああ、こいつだけは持っていくか」


 棚に飾っておいた尺玉を手に取る。日本で過ごした『如月燎』の大切な想い出だ。


「お姉ちゃん、あれなあに?」

「花火って言うんだって」

「花火!?」

「知ってるのか?」


 訊ねるリョウに、シャオミンはこっくんと大きく頷いて、不思議な踊りを始める。


「ひゅるるるーっ、どーん! ぱらぱらー!」

「おお……!」


 リョウは思わず声を上げた。間違いない。その擬音とジェスチャーは知っている者しかできない表現だ。


「ちんこのお祭りで使うんだよ!」

「鎮魂な」


 台無しだった。




   *   *   *   *   *




 すっかり星の出ている時間だったが、見たい見たいとせがむおねだりに根負けしたリョウは、エステルとシャオミンを連れて丘まで向かった。

 この場所でエステルにドゥーンスールを見せてから、まだ数日しか経っていないというのに、随分と長い時間を過ごした気がする。


「よし、行くぞ。大きな音が鳴るから、はじめは耳を塞いでおけよ」


 急拵えの発射台に尺玉をセットし、導火線に火を点ける。

 どんっ! と懐かしい音を立てて、花火が夜空に舞い上がった。

 星々を霞ませるくらいに美しい大輪の花だ。


「うーらめーしやー!!」

「(ああそうか、『玉屋』『鍵屋』じゃないのか)」


 ぱちぱちと散って行く炎の花弁を眺めながらはしゃぐシャオミンに、リョウは苦笑する。それにしたって『うらめしや』で良いのか……?


「すごく綺麗……」


 隣では、エステルがうっとりと吐息を漏らしていた。


「気に入ってもらえたら良かった」


 むしろ一発分しか作っていなかったことが寂しかったくらいだから、肩を寄せてくる温もりにほっと安堵する。


「いつか、日本の花火大会を見せてあげたいな。一万を超える打ち上げ花火が、いくつもいくつも夜空に咲くんだよ」

「あら、別にこの世界で実現してくれてもいいのよ?」


 からかうような上目遣いに、勘弁してくれと肩を竦める。いくつもの花火師が尺玉を持ち合ってこそ実現する数だ。とてもじゃないが、一人の手には余る。


「……でも、勝手に打ち上げちゃって良かったの?」

「驚いてるだろうなあ。まあ、三年世話になった餞別ってことで」


 花火の真似ダンスをして遊ぶシャオミンを眺めながら、夜風に当たる。


「ねえ、リョウ?」

「うん?」

「私ね、召喚者たちが元の世界に帰る方法を探しながら、それまでの居場所になるような国を作ろうと思うの。もちろん国と言っても、ティルナノーグと敵対するつもりはないし、規模だって大きい家族みたいな感じになるんだろうけど……」

「家族!?」


 反応したシャオミンが、ぱたぱたと戻ってきてエステルの胸に飛び込んだ。それを受け止めて頭を撫でながら、エステルは視線をリョウに向ける。


「貴方の力を貸してくれる?」

「ああ、もちろん」


 リョウは頷いた。その答えは、出会った時から決まっていたから。


「じゃあエステルお姉ちゃんは王女様から女王様になるんだね! ママだー!」

「ああそうか、女王陛下って呼ばなきゃいけなくなるのか」

「あら、何を他人事のように言ってるのかしら」

「……?」


 首を傾げるリョウに、エステルはくすりと笑って、


「女王の隣には王様が必要じゃない。よろしくね、国王様パパ?」

「……勘弁してくれ」

「リョウお兄ちゃんのお顔、花火みたーい――わきゃー!?」


 誰のせいだとひっつかみ、お団子が解けるくらいに頭をわしゃわしゃと掻き回してやる。


 今夜は――いや、今夜からは、賑やかになりそうだ。






※   ※   ※   ※   ※

今話も読んでいただき、ありがとうございます!

もう1話……もう1話だけ更新するんじゃ!お楽しみに!


よろしければ左下の♡マークを押していただけると励みになります!

※   ※   ※   ※   ※

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る