13.決別と約束

「……まだ言ってんのか」


 震える切っ先を一瞥して、リョウは嘆息した。石頭も過ぎれば見るに堪えない。


「幽霊騒ぎの原因はさっきの奴だろ。この子はむしろ俺たちを助けてくれたんだぞ?」

「お、俺は見たぞ! 蛇を止めたあの手! あれこそ幽霊じゃないかっ!」


 そうだそうだと勢いづく野太い声に、シャオミンがびくっと肩を震わせた。その小さな肩をぎゅっと抱き締めながら、エステルは男たちを睨みつける。

 エステルの気迫にたじろいだ騎士の男は、声を裏返させながら言った。


「そ、そうだ! 先日のエステル殿の申請を認めるよう進言します! もちろん、リョウ殿の分も! それでいかがでしょう!?」

「(…………また、この眼だ)」


 彼らとて、自分たちが束になっても敵わなかったラプティオを倒したリョウたちに勝てるとは思っていないはずだ。

 だから媚を売る。それ自体はある種の生存本能だろうから、リョウは怒りを覚えていなかった。

 問題なのは、相手が強者でなければ見下し、弄び、除け者にし続けただろう腹の内。未だに、金をちらつかせれば優位に立てると思っている――優位なところからしか物を言えない魂胆。

 それが透けて見えるから、リョウは国の召喚者支援制度にも「ニホンから来た」ことを逆手に取って関わらなかったのだ。


「取って食いやしねえのに、勝手にビビりやがって。いい加減ウンザリなんだよ!」

「リョウ、待って」


 怒らせた肩は、エステルに止められた。


「ねえ、ゼットさんからもらった金貨、持ってるわよね?」

「えっ? あ、ああ……」


 ちょうだい、と開かれた手のひらに、リョウは驚きつつもポケットから布袋を取り出した。

 それを「ありがと」と受け取ったエステルは、反対の手に自分の分の金貨を載せて、それぞれ騎士団と召喚者の方へ向ける。


「これで、穏やかにお話ができないかしら?」


 差し出された輝きに、男たちの喉が鳴る。

 金貨が一枚あれば、多少派手に遊んでも三ヶ月ほどは食い繋げる。それぞれ十人の頭数で割っても、それなりの報酬だろう。


「(おいエステル、いいのか?)」

「(こういう手合いを黙らせる方法は一つしかないわよ。ま、王女様に任せなさい)」


 リョウの耳打ちに、エステルはウィンクで返す。


「皆様。この金貨で、『悪い召喚者』を買わせていただけませんか?」

「……どういうことだ?」

「私たちの手で『処分』すると申し上げているのです。明朝にでも、ドゥーンスールから出ていくことをお約束しましょう」

「そ、そんなこと信じられるか!」

「であれば、ここに二十の骸が転がることになるでしょうね」

「ぐっ……」


 男たちは黙り込んだ。エステルから視線を逸らしながらも、掌の上の金貨はちらちらと見てしまう欲深さは健在らしい。


「ええ、ええ。私たちに近づくことを警戒する心中、お察しします。ですので――」


 エステルは足下に金貨を置くと、リョウとシャオミンの手を引いて後ろに下がった。


「どうぞ」


 そう彼女は促した。少し考えれば、この程度の距離など容易に詰めることができることはわかるだろうが、金に目が眩んだ男たちには意識の外だ。


 騎士団、召喚者のリーダー格らしい男が、おずおずと前に出て屈みこむ。


「だ、ダメだダメだ! そんなもの受け取れるか!」


 伸ばした手を蹴散らすように、アレクが飛び込んできた。


「ふざけんな。ふざけんなよ! 雇い主はオレだ! オレなんだ! 報酬を与えるのも、決定権を持つのも、オレなんだよ!」


 アレクは鼻水を啜りながら金貨を拾うと、覚束ない足取りでこちらへやってきて、拳を突き出した。


「これは返す! か、勝手に指図してんじゃねえぞコラア!?」

「アレク……お前」


 呆気に取られているリョウたちの手をこじ開けて、そこに金貨を載せたアレクは、自分のポケットから財布を出すと、さらに数枚の銀貨を追加した。


「これは幽霊騒ぎを解決した報酬だ! げ、言質は取ったからな? 明日にはちゃんと出て行きやがれよ!?」


 リョウに指を突き付けて、アレクは傭兵たちへと振り返る。


「お前らも、これで解決だ! 報酬はきちんとドルエンユーロが払うから、もう黙れ!」


 半狂乱の剣幕に、男たちは戸惑いながらも頷いた。

 リョウはエステルは顔を見合わせ、シャオミンを抱っこしてこの場を去ることにした。


「――リョウ・キサラギ!」


 水晶洞窟の広間を出る寸前、アレクの声がかかる。

 振り返ると、アレクはこちらに背を向けたままで叫んだ。


「オレは、ビビッてなんてやらねえからな! いつか必ず、お前の炎を超えてやる! だから、だから……野垂れ死ぬんじゃねえぞォ!!」

「…………ああ。約束だ」


 やっぱりお前のことは嫌いじゃないと、リョウは頬を緩めるのだった。






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