12.頑張ったよ

 大きく天翔けの旋回をして、エステルが斬り込んだ。

 しかしそれを、蛇の牙が迎え撃つ。剣と牙が競り合う衝撃で漏れてきた毒液が、ウィガールの装甲に触れてしゅうしゅうと音を立てた。


「くっ……しぶとい!」


 蛇の大顎は、エステルの頭を飲み込まんと開いている。

 それによって視界が遮られていることと、競り合いへの集中とで、エステルは周囲への警戒が疎かになっていた。


「エステル、危ねえっ!」


 リョウは飛びかかり、エステルの真下から忍び寄る二匹目の蛇を龍爪で切り払った。

 右腕の首を刎ねられたことでラプティオがのたうち、左腕の拮抗も崩れる。

 難を逃れたリョウとエステルは、間合いを切って着地した。


「来てくれたのね、ありがとう」

「よせよ。かなり日和ってたんだ、感謝される資格はない」

「貴方のそういうところ、是非とも説得してあげたいところだけど……まずはアレを倒してからね」


 ふふっと柔らかく微笑んで、エステルは構え直した。


「斬り合ってわかった。両腕の蛇は頑丈だからか、多少の無理筋でも突っ込んでくるみたい。けれど一方で、私が本体へ斬りかかると、ラプティオは必ず防御に回るのよ」

「得体の知れないバケモノでも弱点への反射反応はあるってことか。それなら、次は左手を断つ!」


 快哉を叫んで顔を上げたリョウは、そこで異変に気が付いた。

 目の前に、蛇の首が三つあったからだ。


「なっ……右腕が再生している!?」


 斬り落とした首は確かに地面に転がっている。しかし、それがくっ付いていた右腕には、今や新たな頭が生えてきていた。真新しい皮は、爛々と水晶の光を反射している。


「おい、マジかよ。仕留め損ねたら背中をやられるぞ」

「だい……じょうぶ……」


 不意に、か細い声が聞こえた。微かながらも、がらがらと鳴る蛇の舌を突き抜けて、凛と響いてくる強い声だ。


「シャオミンが……止めるよ……」

「リョウ、あそこ!」


 エステルの示す方を見れば、とぐろを巻くラプティオの尾の中から、小さな手が伸びてきている。奴がのたうち回ったことで、拘束が緩んだらしい。


「シャオミン……氷獄大公の娘だもん。強い子、だもん……っ!」


 ゆらりと冷たい光が揺らいだかと思うと、小さな手には護符のような札が握られていた。

 シャオミンが払った札は蛇たちの中心まで飛んでいき、怪しい光を放つ。すると、地面から無数の腕が湧き出でて連なり、次々と這い上がって、一斉に蛇の首へと縋りついた。

 いわくつきの海で撮影した心霊写真のような光景に、エステルが後ずさる。


「ひぃっ、お化け……!」

「気持ちはわかるが、言ってる場合か。行くぞ!」


 リョウは足裏に爆発を起こして跳び上がり、龍爪に炎を集中させた。最大火力の青い炎が凝縮し、レーザーブレードのように密度を増していく。

 その反対側に、エステルの閃光が並んだ。振りかぶった剣から迸る聖なる光と、リョウの焔とが、両翼のように大きく拡がる。


「【灼火燎乱フランメ・ダス・シュベアート】!!」

「【永劫なれ、聖剣の耀きよルクス・ペルペトゥア・ルーチェアト・エイス】!!」


 交差した二色の光が、水晶洞窟を煌々と照らし上げた。本体を瞬断され、灼かれたラプティオが身を捩らせる様子が、今際の花として妖しくも美しく岩壁に映し出される。

 かくしてグランスタ―の永き因縁は、異界の地にて決着したのだった――。

 しかしエステルは、消滅していく宿敵への感慨に浸ることもなく、武装を解除して駆け出していく。


「シャオミン!」


 ようやく満足な呼吸をすることができて咽る少女を抱き、背中を擦って労わる。


「えへへ……シャオミン、頑張ったよ」

「ええ、ありがとう。もう大丈夫よ。もう、貴女は一人ぼっちじゃない。私がさせない。きっと、元の世界に帰る方法を見つけるからね」


 エステルの言葉に、シャオミンはくすぐったそうに首を縮めて笑う。

 腕を戻したリョウは、肩から先が焼失してしまった袖に苦笑しながら、温かい光景を見守っていた。

 そんなリョウたちだったが、まだ動くことのできる騎士と召喚者によって取り囲まれてしまう。


「ふ、付随異物の討伐、ご苦労! さ、さあ、その召喚者をこちらに差し出してもらおうか!」






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