11.龍解

 赤い閃光が迸るように一足飛びで斬り込んだエステルの剣を、ラプティオは寸でのところで受け止めた。


『セい……イぶ、ツ……』


 交差させた首で刃を防いだ蛇と、本体の顔の瞳が、ぎょろぎょろと品定めをするようにエステルを睨め付ける。


「私のことは知らなくても、この鎧は知っているのね」

『フォルティス!!』

「いいえ、私はその娘エステルよ。エステル・アルマトゥーラ。この名をその身に刻みなさい!」


 エステルが身を翻すと、宙を蹴った。高貴なる鎧から零れ落ちる光の粒子が足場となり、王女に道を作っていく。


『エス……テル……ッ!!』


 絡まることも厭わないほどの乱暴さで螺旋を描き、二本の蛇がエステルを猛追する。

 閃かせた聖剣はウロコが防ぎ、牙の奇襲は光の粒子が遮る。激しい攻防は、水晶洞窟の仄明かりの中にあって、美しい舞踏を演じているようでもあった。


「あら、攻撃は苦手かしら? 私は傷一つ付いていないわよ!」

『あ、アア……キしゃアあアあアあアあアあ!!!』


 帰る場所を失ったラプティオは逃げることも出来ず、雑に腕を振り回している。


「あの召喚者、強いな……」

「もしかして、ヤツを倒せるんじゃないか?」


 傷を押さえて後方へ下がっていた者たちが、口々に感嘆の声を漏らす。


「へ、へへっ。オレの出る幕じゃなかったな! オレの方が強いけどな!」


 腰の抜けたまま、アレクが胸を撫で下ろして勝ち誇っている。


「(……いや、ジリ貧だ)」


 リョウには、特別エステルが優勢という風には見えなかった。

 向こうの攻撃は聖鎧ウィガールが防いでくれるが、こちらの攻撃は、聖剣を以てしてもラプティオを断つには至れていない。

 それが、グランスタ―が長年ラプティオと対峙してきた理由なのだろう。


「(このまま長引けば、先に体力が尽きるのはおそらくエステルの方……)」


 リョウは拳を握りしめた。

 加勢した方がいいなんてことは、頭では分かっている。きっと今の状況なら、騎士団やドルエンユーロへの不敬にも当たらないだろう。


 しかし、拳が震える理由が怒りや武者震いから来るものではないことも、本能が思い知っている。


「(また、あの眼を向けられるのか……?)」


 記憶の底を掻き回した瞬間、膝ががくがくと笑い出す。

 いや、きっと大丈夫だ。あいつらがエステルを見る目は賞賛と羨望に満ちているじゃないか。


「(そうだ、きっと大丈夫だ。このままエステルに任せておけば――)」


 握り拳を解き、リョウも観戦に回ろうとした、その時だった。



――リョウが今でもこの世界にいるということは、元の世界に帰る術はないんでしょう? きっと同じように困っている人がいると思うの!



 脳裏にエステルの言葉が蘇り、リョウはハッと顔を上げる。


「……そう、だよな」


 眩しく輝いていたあの眼差しを見たのは、王女や勇者の子という肩書や、聖遺物ウィガールの存在を知る前だ。


「……違うよな」


 見知らぬ世界に放り出され、丸腰で命の危険に晒されても、消えることのなかった炎。一人の少女の、気高く優しい志。

 だからこそ、胸が震えたんだ。


「自分だけが生き延びられればいいってのは、駄目だよな……!」


 顔を上げる。震える膝は強めの足踏みで黙らせ、じんじんと走る痺れを噛み締めるように、初めの一歩を踏み出した。


「おいバカヤロウ、ハズレのお前が行ってどうすんだ! あの子の足を引っ張るつもりか!?」


 アレクの怒号に、リョウは足を止めた。


「お前のこと、割と好きだったよ」

「はあ?」


 視線は前に向けたままで続ける。


「俺は昔、周りの人間たちからビビられてたんだ。だからさ、お前みたいに突っかかってくる奴がいてくれるのは……何ていうか、存在理由を貰っていた気がしたんだよ」


 日本の学校でもそんな同級生を見たことがある。ピエロのようにふざけて、自分を下げて見せることで、居場所を作ろうとする立ち回り方だ。

 イジられに徹することも一つの術だろう。いや、なんなら世渡りとしては正解なのだろう。


 だが、そうやって立ち止まることに甘んじるのは、もう止めだ。


「師匠……ようやく解ったよ。花火って奴は、打ち上げてこそなんぼなんだよな」

「お前、何言って……」


 アレクの怪訝な声は、そこで途切れた。

 リョウの体にきつく巻かれたロープが、はらりと落ちたからだ。


「――見せてやるよ、本当の炎を」


 ガントレットを外して翻した右腕に、沸々と滾る血を凝縮して流し込む。


「【龍解りゅうかい】」


 逆巻く炎が腕を包み、赤から黄、黄から白、そして青へと変化し、噴き上がった。

 烈しく燃える炎の内側で、皮膚が龍鱗に変化している。カッと開いた手のひらにも、鋭い爪が現れていた。


「何だよその腕……ニホンとやらの人間は、能力を持たないはずじゃ」

「日本から来たとは言ったが、日本で生まれたと言った覚えはないぜ」


 リョウはふっと頬を緩めると、すぐにそれを引き締めて地を蹴った。






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