10.付随異物

『いッしョに、アそボう』


 およそカタコトでキンキンと耳障りな声のはずなのに、どこか音叉の音のような安らぎを覚える。気を緩めれば異形に魅入られてしまいそうだと、脳が警鐘を鳴らす。


 誰かが「付随異物だ!」と叫んだ。


 付随異物。異世界の人間が迷い込んできた際、ホールが閉じきらぬうちに紛れ込んでしまったモノたちの総称だ。広義には調度品など無害なものも含まれるが、一般的には専ら、人々にとって脅威となる異形たちに対して用いられる。


「怯むな、陣形を――ぐわあっ!!」

「こいつ、速い――ぎゃあっ!?」


 現れた異形の両腕は手首の先が蛇の頭になっており、空中を素早く這い回る攻撃によって、前線の兵士と召喚者が吹き飛ばされた。鋭い牙の掠ったところから、おびただしい出血が見て取れる。


「あれは、まさか……ラプティオ!?」

「ラプティオって、まさか、お前の世界の……?」


 エステルが荒らげた声に、リョウは目を丸くした。


「(そうか、本来エステルを呼び込むだけだったホールにあの巨体は大き過ぎる。こじ開けるまでの間、次元の狭間からずっと獲物を呼んでいたのか……!)」


 蛇女の異形・ラプティオの腕は、まるでシャオミンを抱くかのように、彼女の周りでとぐろを巻いて――いや、締め上げていた。


「ぐっ……ああっ……」


 苦しそうな声を上げるシャオミンの小さな体が、太い胴の向こうに隠れてしまった。

 騎士団員や召喚者たちがめいめいに魔法を放って攻撃を繰り返すが、鈍く照りつくウロコは魔法を弾いて、傷一つ付かない。


「【フレイム】! 【フレイム】! うわあああっ!?」


 自慢の炎魔法が掻き消されたアレクは、眼前に迫った蛇の顎に威嚇されて尻持ちをついた。

 後方に構えていたおかげか、牙はアレクの体に届く寸前で伸び切ってくれたらしい。蛇はぎろりと一睨みすると、主戦場へと鎌首を返していく。


「嘘だろ……オレは東都魔法学校で主席だったんだぞ。オレの才能を求めて、王都から引き抜きの打診だってあったんだぞ。オレの炎魔法が……効かない?」


 無理もない。エステルの話では、彼女の国の騎士団が討伐に向かっても取り逃がしたというくらいだ。いくら優秀だとしても、学生レベルの手に負えるとは考えにくい。


「エステル、奴を倒す手段はないのかっ!?」


 振り返ったリョウは、そこでハッと目を見開いた。

 エステルがまるで放心状態になったかのように、よろよろと歩いていくのが見えたからだ。彼女はラプティオのせり出してきた次元の穴を見つめて、一歩、また一歩と踏み出している。


「あの穴の向こうに、グランスタ―があるのね……」


 うわ言のように漏らす声に、リョウは声を荒らげる。


「駄目だエステル! その穴はお前の世界と繋がっているかもしれないが、お前の世界しか通れない! 一方通行なんだ! 無理に通ろうとすれば、穴に突っ込んだところで体が千切れるぞ!?」


 しかし、エステルからの返事はない。彼女はこちらを一瞥することもなく、ごくりと喉を鳴らして進み続けている。


「エステル!」

「……一方通行なのね?」

「えっ?」


 不意の問いかけに、リョウは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「向こう側からなら、ラプティオ以外も通れるのね?」

「ああ、だから付随異物が来たりするんだ。でもそんなこと聞いてどうする――まさか!」


 リョウの推測を肯定するように、エステルは頷いて、手を伸ばす――!


「来て、ウィガール!!」


 指輪が煌々と輝き、紅の光が水晶洞窟の中を乱反射した。

 光の軌道は、役目を終えて縮んでいくホールをぶち抜いて戻って来ると、スポットライトのようにエステルを照らし、讃える。


 その刹那、ホールから飛び出して来た影が、宙に描かれたレッドカーペットを滑って王女の下に馳せ参じた。


「【神鎧武装ノビリス・アルマーレ】!!」


 王女の体にレッドゴールドの聖なる鎧が纏われていく。旗印のようにはためいていた髪がふわりと着地すると、その頭にティアラの如き額当てが戴かれた。

 エステルはゆっくりと、腰に現出した聖剣の鞘に手をかける。


「シャオミン、今行くからね!」






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