9.幽霊の正体
少女は十に届くかどうかというくらいに幼気だった。
「奴が元凶か。囲め!」
アレクの号令で、背後の兵隊たちが前に出た。
召喚者と騎士団が二手に別れ、両側から鉱夫ごと取り囲む。
「ちょっと、あんな小さな女の子に剣を向ける気なのっ!?」
「周囲の者を見てみろ、まるで洗脳状態だ。ただでさえ予測の付かない異世界人の能力、ガキに見えるからって油断はナシだ!」
アレクも左手ではリョウの手綱を握りながら、右手には魔法の増幅器である杖を持っている。
その眼の色には、エステルを口説いている時のチャラついたものがない。
反論に窮して歯噛みしたエステルは、矛先を騎士団員たちへと向けた。
「国は召喚者を保護しているんでしょう!? その子は保護してあげないの!?」
「あれは我々と友好的な召喚者のみに適用される制度だ。ティルナノーグに危害を加えた召喚者には、現場判断での処理が許されている!」
「処理って……モノじゃないんだから」
エステルはたたらを踏み、困惑に引き攣る頬を拭い去るように頭を振った。
そんな彼女に、リョウは何も言葉をかけられずにいた。
「…………くっ」
国の選別基準はこちらからすれば横暴にも見えるが、どこの馬の骨とも知れない者を受け入れるには、利益が伴わなければ厳しいという国側の心中も理解できる。だから今日まで大人しく、細々と生きることを選んできた。
かといって、目の前で惨劇が行われようとしている現状を放置することが出来るほど、理性が壊れているわけでもない。
「(……いいや、目の前にいるのが女の子だからそう思っているだけじゃないのか?)」
自分に言い聞かせる。あれが粗暴そうな中年の男であれば、討伐を黙認していたのではないだろうか。
こうして現場にいるのではなく、事後に聞かされたニュースであれば「残念だが当然だな」と受け入れてしまっていたのではないだろうか。
たかがその程度でしかない一時の感情で、今後の人生を棒に振っていいのか?
「なにボサッとしてんだ、行け!」
「――っ」
アレクに蹴り出されて、リョウは前につんのめった。
「まずはお前が近付け。奴の注意を引いている隙に狩る」
「…………わかった」
「リョウ!?」
悲痛な声で責めてくるエステルの顔は直視が出来ず、視線を逸らした。
腕は拘束されたまま、重たい足を引きずるようにして少女へ近づく。
こちらに気が付いた少女は、鉱夫たちとのおしゃべりを止め、くりくりの瞳でこちらを見上げてきた。
「えっと……こんにちは。俺はリョウ。君は?」
「
にぱっとバンザイをするように笑顔で両手を拡げる仕草は、本当にただの少女でしかない。
こんな子に、俺はこれから、何をしようとしているのだろうか。
「――ここで何をしているの?」
横からすっと、温かい声が割り込んできた。エステルだ。彼女がアイコンタクトで頷いてくれたことで、リョウは少しだけ、冷静さを取り戻すことが出来た。
「お友達とね、お話をしているの!」
「お友達? この人たちのこと?」
「うん、シャオミンね、パパとママとはぐれちゃったの。一人ぼっちで寂しかったけれど、いっぱいお友達が来てくれたんだ!
「(来てくれた……?)」
シャオミンの言葉の端に、リョウは引っかかるものを覚えた。
「君が呼んだんじゃなくて?」
「むー???」
「『こっちにおいで』『友達になろう』って、呼ぶ声が聞こえたみたいなんだ。後ろの人たちは、それでここまで来たんだよ」
しかしそれに、シャオミンはきょとんとした顔で首を横に振る。
「シャオミン、そんなこと言ってないよ? シャオミンが呼べるのは魂だけだもん」
「(どういうことだ……?)」
リョウは目を細めた。死者とコンタクトを取るらしい力も衝撃だが、今注目すべきはそうじゃない。
シャオミンの言葉を信じるならば、昨夜食堂で鉱夫たちが話していたのは何だ?
「ええい、何をぐずぐずしているんだ、ハズレ召喚者!」
背後からせっつく怒鳴り声に、リョウは小さく深呼吸をしてから立ち上がる。
「状況の整理をしているんだ。どうやら、幽霊騒ぎの元凶はこの子じゃなさそうだぞ」
「知るか! 現に行方不明だった連中はここにいる。それが証拠だ! 敵意がないなら好都合。鉱夫たちを引き剥がして、さっさとそのガキを殺せ!」
「ちょ、おい!」
紐を引っ張られて、リョウまでもが後方へと戻される。
「私が行く!」
「おおっと、お嬢さんもあっちだよ」
剣の柄に手をかけたエステルだったが、ぬうっと忍び寄って来たガタイのいい召喚者に首根っこを掴まれた。
「たたでさえ騎士団との連携ってだけでも煩わしいのに、お前たち二人も監視しながらなんてやってられん。俺たちにも生活があるんだ。後ろで黙っていてもらうぞ」
「こんの……っ!」
「暴れるのは止めておけ。俺の力は肉体強化。量産品の刃じゃ傷も付かん。それに、ここで俺たちと事を構えれば、ドルエンユーロ家どころか国も敵に回すことになるぞ?」
「くっ……」
ぎりぎりと歯ぎしりをして睨むエステルを、召喚者の男は悠々と歯を見せながら引きずると、アレクの前に引っ立てた。
「みんなどうしたの? お顔が怖いよ? シャオミン、何も悪いことしてないよ?」
瞬く間に狭められた包囲網の中心で一人取り残された少女が、恐怖に瞳を震わせる。
「パパ……ママ……やだ……ひとりぼっちは、やだあああ――――――!!」
洞窟内に悲鳴がこだまする。
その時だった。
『――ジャあ、コっチへオいデ?』
わんわんと響く残響の中に、金属音にも似た声がつんざいてきたかと思うと、シャオミンの背後、空中の大気が歪み、禍々しいワームホールが開いた。
『いッしョに、アそボう』
そこから這い出てきたのは、髪が枝垂れる女性の上半身に蛇の胴体を持つ、ラミアのような異形だった。
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