8.水晶洞窟
「おい遅いぞ、きびきび歩けや!」
囚人のように腰元で縛られたリョウは、アレクからケツを蹴られるようにして鉱山の通路を歩いていた。
腕ごと固定されているせいで歩きづらい。挙句、どこを目指しているかも知らないのに先頭を進まされているのだから、早く歩けと言われても困りものである。
おろおろとしながら付いてきているエステルには、アイコンタクトで平気だと告げる。
「ハズレ召喚者の俺なんかを連れ出してどうしようってんだ?」
「決まっているだろ。ヤバい奴が出てきたら、囮にするのさ」
オレってあったまいー、とふんぞり返るアレクの後ろで、召喚者たちがにたにたと笑っている。ドルエンユーロ家の息がかかったごろつきたち。一体いくら積まれたのだろうか。
「それなら、騎士団から申請を却下された私も囮にならなきゃね」
エステルの皮肉交じりな嘆息には気付いていないのか、アレクは猫撫で声で擦り寄る。
「まさか! 君をそんな酷い目に合わせるわけないじゃないか! 君のような美人を袖にするなんて、騎士団にはパパを通してキツく言っとくよ」
「いや、そこにいるんだから直接言えよ」
「こいつらは担当者じゃないだろうが! お前は馬鹿か!?」
「さいですか」
頭をひっぱたかれた衝撃にリョウは気怠そうにしながら、ちらりと背後を見やる。
召喚者と騎士団員がそれぞれ十人ほど。魔物の討伐にしてもどちらか片方だけでいい数だ。
「(金持ちの考えることは分からないな……)」
ハズレ召喚者の自分に見せつけるためとしても、少々やり過ぎである。
「ささ、エステルちゃんはオレの後ろにいるんだ。何があっても、俺が守ってやるよ!」
「平気よ。ご心配ありがとう」
肩に回してくる手をさっと躱すエステルに、アレクは「つれないなあ。けれどソコが良い!」とどこか嬉しそうにしている。
やがて、道はY字路に差し掛かった。
「そこを右だ。もう少しで目的地だから、囮の準備をしておけよ」
「……囮の準備って何だよ」
聞こえないように呟く。断食をして身を清め、三日三晩祈れとでもいうのだろうか。
そこでふと、リョウはエステルが首を伸ばしてきょろきょろとしているのに気が付いた。
「どうした?」
「ここ、見たことあるなって……」
立ち位置を変えながら辺りを観察していた彼女は、あっと声を上げる。
「やっぱり。私、ここに召喚されたのよ。ここで熊に遭遇して、そっちの道に逃げたの」
指し示したのは、目的地へと続くものとは反対側の道だ。
「へえ、ここからクノッグ山まで繋がっているのか」
「昔は地下通路として使われていたらしい。……区画の所有権が曖昧で面倒この上ねえ」
毒づくアレクだったが、すぐに気を取り直すと、エステルへ笑顔を向けた。
「それにしても、君はここに召喚されたのか! オレの家が所有する土地に降り立つなんて、運命じゃないか! やっぱりオレたちが出会うのは必然――」
「こっからあっちまで結構距離があるだろ。裸足でよく逃げたな」
「ふふん、鍛錬の賜物よ!」
「……あれっ、オレの話聞いてる? おうい!」
アレクの声を無視して先へ進む。
分岐点から十数分ほど進むと、徐々に周囲が明るくなってきたのがわかった。
水晶だ。壁から剥き出しになるほどに堆積している透明な結晶に、松明の灯かりが反射している。日光の差し込んだステンドグラスのように、神秘的な輝きで満ちていた。
「すごいな……」
成程どうりで、ドルエンユーロ家が裕福になるわけだ。
水晶に導かれるように奥へ進んだリョウたちは、やがて開けた空間に出た。
「これは……」
リョウは目を疑った。はじめ、地面から逆さまに鍾乳石でも突き立っているのかと思ったが、よく見ればそれは動いており、人間であることがわかった。ボロボロになった地味な作業服が鍾乳石に見えたのだ。
おそらく彼らが失踪した鉱夫だろう。中にはやつれが酷い者もいるが、全員生きてはいるようだった。
しかし奇妙だったのは、全員が笑顔で、輪の中心を見つめていること。
「わあ、そんなことがあるんだね! もっとお話し聞かせて!」
そして、鉱夫たちの中心でぺたんと座り、まるでお花畑でお花摘みをしているかのようににこにことしている少女の姿だった。
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