7.お詫びの金貨

 木々の間をドタドタと、枝を折りながらオークが猛進している。その背後から、木の幹を蹴りながら追随する赤い影があった。

 赤い影――エステルの長い髪が流星の尾のようにたなびき、オークに迫る。


「そこっ!」


 首筋目掛けて振り払った一閃。しかしそれは、オークが頭を庇ったことで防がれてしまった。

 オークの腕は太い蔦や乾燥した木の実の殻などを撒きつけているため、刃を通さない。また防御のみならず、攻撃面でも凶器と化す。

 デカい図体からの膂力でぶん回された腕を、エステルが宙返りで躱す。オークはその隙に踵を返し、さらに逃走を続けた。


「ぐふっ、ぐふぉっ――ごっ!?」


 逃げ果せられるという確信から歯茎を見せ、涎を垂れ流していたオークの口元が、硬直する。


「おーおー、さすがたらふく食っただけあって、パンパンの腹だな」


 腹部に突きつけられた拳。オークにとっては小さなそれだったが、それでもオークは、そこから動けずにいた。


「悪く思うなよ? ――『炸裂拳ワン・インチ・ファイア』!!」


 リョウは突きつけた拳を握り直すようにして、至近距離からのインパクトをぶつけた。日本で見たブルース・リーの映画に着想を得た、ワン・インチ・パンチの応用技だ。

 拳圧でオークの腹が凹み、そこへ手甲へ忍ばせた火薬の爆発が追撃をする。

 強烈な二連撃を受けたオークは胃の中の野菜を撒き散らし、倒れた。


「倒した……?」

「おいやめろ、フラグを建てるんじゃないよ。――おうい、ゼット爺さん! 討伐完了したぜ!」


 「ふらぐ……?」と首を傾げるエステルをよそに、リョウは振り返って呼びかけた。

 木々の生い茂るこの場所から少し戻ると、開けた土地がある。山の中に開いた畑だ。そこからおそるおそる、畑の主である老翁が顔を出してやって来た。


「助かったよ、リョウ。これで畑を食い荒らされずに済む」

「爺さんの野菜には世話になってるからな、お安い御用だ。こいつはどうする?」

「食うこともできんしのう……かといって放っておいては、死骸の臭いで他の動物が寄ってきてしまうからな。騎士団に言って処分してもらうよ」


 ゼットは、最期の瞬間にオークが吐き戻した野菜の断片に向かい、手を合わせる。


「思ったのだけれど、最初から騎士団に動いてもらうのではダメだったの?」

「出来んこともないが、手続きやら承認やらで時間がかかる。それに、リョウに頼んだ方が確実だからな」

「そりゃどうも」


 照れくさくなって、リョウは頬を掻いた。

 ゼットとともに畑へと戻る。彼は持ってきていた鞄から革袋を取り出すと、そこから金貨を一枚ずつ、リョウとエステルに渡した。


「おい……いいのかゼット爺さん? 銀貨一枚でも十分なくらいなのに。その十倍を二枚だなんて」

「これは詫びも兼ねてるんだよ」

「詫び?」


 聞き返すと、ゼットはエステルの方を向いた。


「昨日のことは聞いたよ。ドルエンユーロの御曹司と一悶着あったそうだな」

「え、ええ……でもそれが、ゼットさんと何の関係が?」

「あの時、町の連中は無関係を装っていただろう?」

「お気になさらず。ドルエンユーロ家に目を付けられることの影響は、リョウから聞き及んでいます。仕方がありませんよ」

「そう言ってもらえるのはありがたいが、それだけじゃないんだよ」


 申し訳なさそうに眉を垂らしたゼットは、一度視線を逸らしてから、続けた。


「儂らは、召喚者のことも恐れているんだ。異界からのマレビトは、どんな力を持っているかわからん。逆撫でして暴れられでもしたら、一般市民は成す術がないんだよ。本当にすまないが、気を悪くしないでくれ」

「なるほど……ええ、召喚者が溢れることになった背景も聞いていますし、心中は理解できます。ですが――」


 そう言って突然エステルが手を伸ばしたことに、ゼットは一瞬たじろいだ。

 しかしエステルの微笑みには当然、彼に危害を加えるつもりなどない。


「だからこそ、感謝を。そんな状況でもリョウや私に接してくれる貴方は、とても素晴らしい人物です。ここがグランスタ―であれば、私の名において取り立てたいくらいですよ」

「お嬢さん……女神のような御方じゃ」


 エステルとゼットが頭を下げ合う無限ループは、リョウが止めるまで続いた。日本人かよと懐かしくなって、少し止めるのが遅れたのは内緒だ。

 そのまま畑仕事に取り掛かるというゼットに別れを告げて、リョウたちは町まで戻ることにした。


「そういえば、五百年前の大戦で人間は魔王に勝ったのでしょう? それでも魔物は残っているのね」

「元々が『世界なき大戦』だったから、魔物側も残党が多いんだよ」


 ほとんど聖女と魔王との間で決着がついた大戦だ。人間側の士気が上がったことで優勢となったが、人間と魔物の対立自体は五百年経った今でも少なからず残っている。


「北の方だと、付随異物ふずいいぶつ――つまり『召喚されたバケモノ』を取り込んで勢力を拡げている魔物の集落もあるらしい」

「そうか、召喚者は人間だけじゃないのよね……そこから新たな魔王を担ぎ上げて復権を目論む可能性もゼロではないかしら。外は魔物、内は召喚者となれば、さぞ痛し痒しでしょう」


 あごに指を当てて、エステルが思案顔になる。


「そう考えると、よく国は召喚者の生活支援なんてしているわね? ああいや、支援をすることで懐柔しようとしているのかしら?」

「正解。申請の時に能力がどうのって言われたろ。国は召喚者たちを兵隊として抱えるつもりなんだよ」


 ほらあんな風に、と指差したところで、リョウは目を瞬かせた。

 広場の一角に、ピリピリと剣呑な気配を発する武装した集団がいる。騎士団の連中に加え、召喚者も混じっているようだ。


「何かあったのかしら?」

「さあ?」


 リョウたちが遠巻きに眺めていると、そこから「ああっ!」と声を上げてアレクが飛び出してきた。


「どこに行ってやがったハズレ召喚者! お前に命令だ。拒否権はないぞ!」

「……命令ってそういうもんだろ」

「何だって!? はっきり言えよ!!」

「いやなんでも。それで、命令って何だよ?」


 そう訊ねると、アレクはにいっと頬を吊り上げて、目を爛々とギラつかせた。


「幽霊狩りだ!」






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