6.お泊りと花火の玉
その日の夜、リョウの家の浴室では試着室の再現が行われていた。
「――絶対いてね!? どこか行ったりしないでね!?」
「………………」
浴室の扉から首だけ覗かせて、エステルが懇願をしてくる。
夕食後、都市でも評判のいい宿に連れて行こうとしたのだが、そこで別行動を告げるや否や、半泣きになったエステルから引き倒された。衆人環視の前で「リョウの家に行っちゃ……ダメ?」なんて口走るものだから、周囲の視線が突き刺さり、仕方なく連れて帰ったのが少し前のこと。
狭い我が家では音が聞こえてしまうだろうからと、彼女が湯浴みをしている間は近所の散歩でも行こうかと思ったのだが、そう伝えたところ今に至る。
「怖いのか」
「怖くないですぅ!」
「あ、今窓の外に人影が――」
リョウが言い終わらぬうちに、エステルの姿がブレた。
それが浴室の中から洗面桶を持ってきたからだと気が付いた時には、ぱりーん! と激しい音を立てて窓に大穴が空いてしまっていた。
「俺の家が!?」
「ふーっ、ふーっ……幽霊死すべし慈悲はない」
「怖いんじゃねえか」
「怖くないですぅ!!」
頑として認めない王女様は生返事で一蹴し、取り急ぎその辺りに転がっている木材で窓を塞いでから部屋に戻った。
リョウの部屋は、半分工房と化している。寝床と台所と風呂場を除けば、何かしらが転がっていた。まだ足の踏み場はある……ことを確認して、椅子に座る。
流れるシャワーの音から意識を背けつつ、作業台の上のガントレットを取り上げ、解体と組み立てを無心で繰り返した。
「――それ、何を作っているの?」
「うん? ああ、もう上がったのか」
壁の時計を見れば、既に半刻が過ぎていた。
髪を拭きながらやってきたエステルは、ぶかっとしたシャツを着ている。元の世界から着用していたネグリジェは汚れが酷かったため、一旦リョウの服を貸したのだ。
「案外自分のことは自分でやるんだな。王女様だから、髪を拭いたりするのは付き人とかがやるもんだと思ってた」
「身の回りのことは自分でやるわよ? 従者にお願いするのは、式典での着付けやお色直しくらいかしら」
エステルは危なげない足取りで工房をひょいひょい進んでくると、隣にやってきて、リョウの手元を覗き込んだ。
「それで、これは何? 籠手みたいだけど」
濡れそぼった髪からいい匂いがする。日本にいた時も疑問だったが、同じシャンプーを使っていても女子の髪から発される匂いが違うのは何故なのか。
「火薬弾を仕込んだんだよ。これで殴ると、関節のところのスイッチが押されて着火、弾が爆発するんだ」
まだ火薬を仕込んでいない状態で、ギミックを動かして見せる。指の第二関節部分が開閉し、弾薬が顔を覗かせた。
仕組み自体は銃に似ているだろうか。手の甲部分の分厚い板の中に予備の弾薬が収まるスペースがあり、指をピンと伸ばした状態で手首のレバーをスライドすればリロードが出来る。
「すごい……けど、危なくない?」
「そりゃあな。その辺の人が使うと手首から先が吹っ飛ぶと思う」
「うわあ……。あの熊もこれで? ああでも、何も着けてなかったわよね?」
「それは内緒」
空とぼけて見せると、エステルは「いじわる」と可愛らしく口をすぼめてそっぽを向いた。そのまま部屋の中をぐるっと見回し、ある一点で止まる。
「大砲の弾も作るのね。でもちょっと変な形ね、導火線が直接弾に付いているなんて」
そんなもの作った覚えがないと振り返って、リョウは合点が行った。
棚に置いてあるのは、黒い一尺玉だ。この世界に来て初めて作った、火薬ギミックアイテムの第一号だ。
「あれは打ち上げ花火の玉だよ。日本にいた時、俺は師匠の下で花火師をしていたんだ」
「花火? 火花ってこと?」
首を傾げられて、リョウは「ああ」と唸った。
現代日本の感覚で行けば世界各地で花火が行われているが、元々はそうではない。14世紀のイタリア――ちょうどエステルが住んでいたような世界くらいの文明レベルで、柵などに固定するタイプの仕掛け花火が始まった頃らしい。打ち上げ花火はもっと後だ。
「さっき言っていた式典で、祝砲とか打ち上げていなかったか?」
「ええ――あっ、火花がわしゃーっ! って出るやつがあったわ。あれを花火って言うのね!」
「似ているけれど、ちょっと違うな。こう……ぼんっ! と空に花が咲くんだよ」
「へえ……見てみたい! 打ち上げる予定はないの?」
無骨な尺玉を嬉々として見つめるエステルに、リョウは気まずそうに返事を濁す。
「その予定で作ったんだけど、ちょうどその頃にアレクから目を付けられてなあ。爆発も音もデカいから、勝手に上げるのも危険だ。危ないから気を付けろよ? 腕どころか半身消し飛ぶぞ」
「ひぃっ!? それを早く言って――きゃあっ!?」
伸ばしかけた手を引っ込めた拍子に指が引っ掛かり、危うく尺玉が落下しそうになる。
あわあわと火薬のお手玉をするエステルに、「火気を近づけなきゃ大丈夫だ」と、リョウは笑いを堪えるのだった。
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