5.幽霊の噂

「登録は認められません」


 町はずれにある騎士団詰め所のドゥーンスール支部を訪ねたリョウたちに、担当の女性はきっぱりと告げた。

 眼鏡をかけた神経質そうな魔法使いと、鎧を身に纏い「えっ、どうして!?」と目を丸くしているエステル王女騎士との対比が面白いなと思いながら、リョウはだいたい察していた返答に唸る。


「ここに来れば、召喚者のこの世界での生活を補助してもらえるって……」

「たしかに召喚者管理協会では、迷い込んできた異世界人への援助を行っておりますが、あなたが提出した書類では許可が出せないのです」


 女性は書類を翻し、項目を指差す。


「まず、あなたの能力について。ウィガールという鎧魔道具を召喚するそうですが、そちらは見せてもらえないのですよね?」

「だって、元の世界にあるんですもの」

「……御自身で見せることのできる力はありませんか? ここには『剣技』と書いてありますが」

「私は魔法がからっきしなので……でも、剣なら負けませんよ! グランスタ―種族混交武術大会でも優勝しましたから!」


 得意げに腕を掲げ、力こぶを作って見せるエステルだったが、女性は対照的に怪訝な顔でため息を吐いている。


「いるんですよねえ……生活に困窮したために、異世界人を装って援助をしてもらおうとする不届き者が。この手の輩はだいたい能力を示せないので、すぐにボロが出ます。それに、同伴者がリョウさんときては……」


 ジトッと一瞥してくる彼女から、リョウは目を逸らした。

 やはり自分はいない方がいいかもしれないと踵を返せば、半泣きのエステルから飛びつかれ、引き戻される。


「私は本当に異世界から――ああっ! さては、もうあのアレクって人の手が回っているのね!?」

「なるほど、生活に困窮した理由はドルエンユーロ家とのいざこざですか」

「だぁーかぁーらぁー!」


 エステルの叫びが、詰め所の受付に響き渡った。




   *   *   *   *   *




 少し早めの夕食にしようと店に入る。エステルの世界でどのような食文化があるのか知らないため、広いメニューを取り揃える大衆食堂に決めた。


「ううっ、涙の味がするわ……」

「労働者向けだから少し塩気が強いんだよ」


 結局「彼と同じものを」で注文したラーメンをちゅるちゅると啜りながら泣き真似をするエステルに苦笑する。存外余裕はありそうだ。


「私が泣いているのは、誰かさんがこうなることをわかっていて黙っていたことですぅ」

「そうなるかもって思っただけだよ。通るかもしれないとも思ってた」

「リョウも、あんな感じで弾かれたの?」

「うん、まあ……門前払いみたいな感じだったな。俺より数年前に、同じく日本からの召喚者がいたらしくてさ。『日本出身者には能力がない』って記録が残ってたんだよ」


 それが、ワンチャンあるかもしれないと考えた理由だった。今のエステルが万全ではないとしても、過去にグランスタ―からの召喚者がいれば融通が利いたかもしれない。


「その同郷の方は、今?」

「魔物の残党に襲われて死んだらしい」

「そう……辛いわね」


 エステルの気遣いに肩を竦める。元より顔も名前も知らない相手だ、特に感慨もない。

 それとも、実際に対面ができていれば、何かが変わっていたのだろうか。


「…………」


 自分の薄情を飲み込むように、麺をすする。

 咀嚼していると、隣の席に労働者たちがどっかと座った。もうそんな時間かと、リョウは空を見上げる。すでに夕焼けが暗くなり始めていた。


「親父! ステーキ二枚ライス大盛、三人分な!」


 カウンターの中へ向かって声をかけた労働者は、席に座り直すと、「おい、聞いたか?」と声を潜める。


「ドルエンユーロの鉱山で幽霊騒ぎだってよ」

「幽霊? 知らねえな。炭鉱夫が忽然と姿を消すって話なら聞いたことあるけど」

「その話だよ。炭鉱夫を攫っているのが幽霊って話だ。なんでも深夜に一人で作業をしていた奴が『こっちにおいで……友達になろう……』って声を聞いたとか!」

「なんだそれ。そいつがビビってただけじゃないか?」

「「「あっはっはっは!」」」


 どんどんボルテージが上がり、ついにはどっと大笑いが湧いた。

 別に食堂で談笑していても構わないが、ドルエンユーロ家に目を付けられたくないのなら、さすがに場所と声量には注意を払うべきだろう。


「にしても、アレクのところの鉱山で幽霊騒ぎか……正体は何なんだろうな。どう思う?」


 視線を戻したリョウは、ぶわっと瞳を潤ませかたかたと震えるエステルに気が付いて、思わず吹き出しそうになるのだった。






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