4.ハズレ召喚者
通りのど真ん中で向かい合う二組がいるというのに、周囲の店の従業員たちはもちろん、道行く人たちですらこちらを直視せず、遠巻きに台風が通り過ぎるのを待っている。
そんな重たい空気感の中、最初に口を開いたのはエステルだった。
「……この人たちは?」
「真ん中にいるのがアレク。この辺りで一番大きい鉱山を所有している豪商の息子なんだよ」
「なるほど、七光りね。そんな人に、どうして貴方が目を付けられているわけ?」
「それは――」
「それは、こいつがハズレ召喚者だからだよ!」
リョウが答えるよりも早く、アレクの嘲笑が響いた。それに金魚のフンたちのニヤニヤがより吊り上がる。
「ハズレ?」
「そうさ、そいつは能力なしの召喚者なんだよ。役立たずってわけだ。元いた世界には剣も魔法もなかったんだとよ、可愛そうになあ」
アレクは憐れむように肩を竦めて、リョウの方をこれ見よがしに見てくる。
特に反論することもなく嘆息するリョウの袖に、エステルが突っかかる。
「ねえ、何か反論はしないの?」
「反論っていってもな。日本にファンタジーな力が存在するのは物語の中だけだし、召喚される時にチートスキルを授かったりもしなかった。日本から来た召喚者が能力なしっていうのは、だいたい合ってるんだよ」
「でも、熊を一撃で倒した炎魔法を使っていたじゃない?」
「ああ、それは――」
「火薬を使って誤魔化しているんだよ!」
またもこちらの言葉を遮って、アレクが胸を反らす。
「健気だよなあ。どんなに頑張ったって、炎魔法と火薬のオモチャじゃ天と地の差だってのにさ!?」
奴は見せびらかすように両手を拡げ、その手のひらの上に火球を渦巻かせてみせた。
アレクの素質は炎魔法。そういった点でも、リョウのやり方は鼻持ちならないのだろう。
彼はパンと手を拍ち合わせるようにして炎を消すと、悠々とした足取りで近づいてくる。
その狙いは、どうやらエステルの方らしかった。
「だから、こんな奴に関わっているとろくなことないぜ? オレ様に乗り換えない? オレの炎は熱いぜ?」
馴れ馴れしく肩に回してこようとする手を、エステルはわずかな体軸のずらしだけでひらりと躱す。
「お生憎様。私は炎を眩しさで選ぶのよ」
「へっ? あ、ふーん、そっか。そういうタイプね! (おい、コレどういう意味だ!?)」
取り巻きの方へと首だけ振り返り、口パクで助けを求めるが、同程度――いやそれ以下だろう金魚のフンたちでは回答を出せず、一様に首を傾げている。
切り返しに窮したアレクは、何度か「あ、あー」と唸ってから、エステルに向き直った。
「そ、そういえば見ない顔だけど、君も召喚者? オレが町を案内しようか?」
「(すごいな……)」
どうやら答えを出せたわけではなく、話題を逸らすことにしたらしい。それでも口説くのをやめない辺りは、見上げた根性である。
しかし、エステルはくすりと笑って、
「ごめんなさい、見ての通り先約がいるの」
リョウの腕に手を絡ませてきた。
「ぐっ……け、けど、遊ぶ金とか不安じゃない? オレならたんまりあるぜ?」
「それも結構。ついさっき、彼から金子を預かったの」
エステルは巾着袋を指でつまみ、揺らして見せる。しかし、それでも引き下がれなかったのか、アレクは感情を露にして叫んだ。
「こいつの何がいいんだよ!? オレは炎魔法じゃこの都市一の使い手なんだぜ!? お前のことだって守ってやれる!!」
いつしか二人称が「君」から「お前」に変わっていることに、本人は気付いているのだろうか。
「大丈夫、私も戦う力くらい持ってるから」
「な……ああそうか、召喚者だったな。だが、この世界で通じるかどうかは分からないだろう?」
「そう。なら見せてあげる」
すっと目を細めたエステルが、剣のツバを鞘から浮かせた――次の瞬間だった。
一陣の風が通り抜けたかと思うと、そこに彼女の姿はない。あっと上がった声にアレクが振り返れば、エステルは金魚のフンたちの向こう側で剣を納めていた。
「一体何を……?」
困惑しているアレクに、リョウはヒントを告げることにした。
「袖を見てみろ」
「袖? ……ああっ!?」
彼らの袖口が、ぱっくりと裂かれている。内側の肌を一切傷つけることなく斬りつけた、高速かつ正確な剣技の痕跡だ。
「今度の意味は誰に聞いても解らないと思うから、教えてあげる」
「意味……?」
「私の国では、握手をする時の様子から『袖揺れ合うは縁の始まり』という言葉があるの。つまり、私は貴方たちとの縁を結びたくないという意味よ」
「ぐっ……お、憶えてろ! パパに言って、お前がこの町では働けないようにしてやるからな!」
顔を真っ赤にして歯ぎしりをしたアレクは、何故か最後にリョウを人睨みして駆けて行くのだった。
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