3.お着替え

 かつてティルナノーグが魔族の戦争を繰り広げていた頃、東の要衝として建てられた城塞都市・ドゥーンスール。先の大戦から五百年経過し領土の拡がった今では国の東端という肩書がなくなり、付近の鉱山の存在もあって、流通の中核都市となっている。

 中でも近年目玉となっているのはグルメだ。通りを歩けば、腹を空かせて帰ってきた炭鉱夫や冒険者を呼び込もうと、香ばしい匂いに乗せた誘い文句が四方八方から飛んでくる。


 そんな飲食街の喧騒を遠くに聞きながら、リョウは服屋の一角で一人所在なげにしていた。


「ちゃんといるわよね!? ね!?」

「五秒置きに聞いてくるじゃねえか……はいはいいますよーっと」


 厚いカーテンで仕切られた試着室の前で、眉間を押さえる。

 ネグリジェ姿で召喚されてしまったエステルに、まずは服と靴を調達させようと店を探し始めてから、早一時間。つまりそれは、この女性ものの服や下着の中に男一人で立ってから一時間ということである。


「(……気まずい)」


 カウンターからは、店員たちからチラチラと好奇の視線が向けられている。

 傍目にもエステルは美人で気品がある。そんな女性があられもない姿で現れた上、付き人がこんな男では妄想が膨らむのだろう。


「ぜったい置いていかないでね? 女の子を独りにするとラプティオが来るんだから!」

「ラプティオ?」

「一人で森を歩く人を攫って食べるバケモノよ」

「……女の子関係ないじゃん」

「女の子の被害が一番多いの!」


 さいですか、とリョウは聞こえないくらいの小ささで嘆息した。

 そんな危険な森だと分かっていて一人で歩く女が悪い気もするが、魔物のいる世界での森が危険というのは想像に難くない。女子供が一人で森に入らないようにという注意喚起を込めた都市伝説か何かなのだろう。


「騎士団一個小隊でも討伐が難しくてね。すぐに逃げられちゃうのよ」

「マジでいるのかよ」


 怖すぎないかその世界。


「よし、これに決めた――どう、似合う?」


 エステルの声とともに、カーテンが勢いよく開く。

 待望の新衣装は、全体的に王女騎士らしい風格のある出で立ちだった。そう、彼女は武装をしていたのだ。下半身は裾の広いスカートが可愛らしいが、腰には剣、上半身には軽鎧が纏われている。


「ちょっと待て。鎧はどこから出てきた!?」

「どこって……リョウが顔を真っ赤にして下着から目を逸らしている時に、そっちから」


 エステルが指を差した先には、たしかに女性用の装備が取り揃えられていた。あまり女性ものの服をジロジロ見てはいけないだろうという一心で、気付かなかったらしい。


「あ、もしかして『どっちの下着が似合う?』とか、やって欲しかった?」

「次言ったら会計はお前持ちな」

「わー、ごめんって! こっちの世界のお金持ってないの!」


 縋りつくエステルを引きずるように服を戻し、カウンターへ向かう。

 彼女がえぐえぐと叫ぶことで注目を浴びてしまうのは勘弁してほしかったが、どうやら「こっちの世界」というワードで事情を汲んでもらえたらしく、会計の時には店員のにやけ顔がなくなっていたのは助かった。


「(問題は……熊肉を売った金がほとんどふっ飛んだことだ)」


 寂しくなった財布の中を見てリョウは乾いた笑いを漏らした。服だけならともかく、剣と鎧は値が張る。向こう一ヶ月くらいは働かずに食いつなげるかと思っていたが……。


「お会計は大丈夫だった? ごめんなさい、ちゃんと働いて返すから」

「気にすんなよ。熊肉の臨時収入自体、エステルのために使えっていう天の思し召しだろうし。むしろ、余った分は君が持っておくといい」


 巾着袋を取り出し、それに数枚の銀貨を入れてエステルの手のひらに乗せる。


「う、受け取れないわよ!」

「元手がなくてこれからどうするんだよ。それで二、三日は安宿と飯が確保できるから、その間に身の振り方を考えな」

「ええっ、一緒にいてくれないの!? ……じゃなかった、熊を倒したのはリョウでしょう? だからこれは貴方のものよ!」


 互いに譲らず、巾着袋を押し付け合う。

 そうこうしていると、不意に下卑た声がかけられた。


「おい、ハズレ召喚者じゃねえか! 白昼堂々女とイチャつくとは、良い御身分だなあ?」


 甲高い声が通りに響いた瞬間、周囲の人々がさっと目を逸らす。

 鉱夫――にしては線の細い男。そいつは左右に金魚のフンを従えてふんぞり返り、こちらをニタニタと見下ろすようにしている。


 リョウはチンピラの襲来にきょとんとしているエステルの鎧の襟首に巾着袋を捻じ込んでから、ゆっくりと男たちの方へ振り返った。






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