2.それぞれの世界

 蔦や太い枝で作った急ごしらえのソリをずりずりと引きながら、リョウたちは洞窟を後にしていた。

 洞窟は、木々の生い茂る山の中にある。今でこそ猛獣の住処となっていて放棄されているが、かつては山向の町とを繋ぐ道でもあったため、よく見れば雑草の下に人の手が入った痕跡が残っている。


「ねえ、リョウがいた世界はどんなところなの?」

「ううん、何て説明したものかな……」


 肩に担いだ蔦の位置を微調整しながら、リョウは唸った。

 この世界に来てからずいぶん経つが、パソコンだとか車だとか、そういった概念を知っている者に会ったことがない。サムライやニンジャに近い文化がある世界や、魔法仕掛けの道具による発展をした世界の出身者くらいだろうか。

 当然、勇者の子孫などというワードが出てきたエステルも同じだろう。


「日本って言ってさ、まあ……世界的に見れば戦争はあったけれど、俺の周りは平和だったよ。剣も魔法もないし、魔物もいなかった」

「へえ、そんな世界もあるのね」


 目を丸くしたエステルは、しばらく視線を斜め上にして想像を巡らせていたが、ふと眉をしかめると、むむっと唸った。


「ちょっと待って、変よ!」

「何が?」

「だって貴方、その熊はどうやって倒したの? 炎魔法か何かを使ったんでしょう?」


 私の目は誤魔化せないんだから、と誇らしげな名探偵に、リョウは苦笑した。第一王女らしい所作の気品はあるけれど、言動の溌溂さは年相応の女の子でしかない。


「それにはちょっとしたカラクリがあってね。俺のことより、エステルの世界はどうなんだ?」

「えっ、私? そうね……グランスタ―っていう、自然豊かな国があるわ。お父様が魔龍を征伐した際には、エルフや獣人、ドワーフたちと力を合わせたの。その時の六賢人が、それぞれ大都市を治めているのよ」

「なるほど、ファンタジード真ん中か」

「ふぁんたじー?」

「ああいや、こっちの話。そういうことなら、きっとこの世界にも馴染みやすいとは思うよ」


 それが良いか悪いかは別として、という言葉は飲み込んだ。仮に馴染めたとしても、元の世界に帰れないという事実は消えることがないからだ。

 そこに折り合いをつけることができるのは、本人にしかできない。中にはリョウと同じように戦いが日常ではない世界から飛ばされてきて、自死を選ぶ者だっている。


「エステルは魔法とか使えないのか? 魔龍を倒した勇者の血を引くなら、ちょっとデカいクマ公くらい一捻りしそうなものだけど」


 そう訊ねると、エステルはさっと気まずそうに視線を逸らした。


「あっ、悪い。血筋で能力を決めつけるのは軽率だった、ごめん」

「ううん、いいの。ただ、私たちはちょっと極端でね……」

「私たち?」

「兄がいるの。父の魔法の才は、全部兄さんに受け継がれたのよ。代わりに兄は剣技がからっきしで、その分私に――って感じね」

「なるほど、剣か」


 そういうことであれば、丸腰で追い詰められていたのも頷ける。むしろ、武の心得があったおかげで巨熊から逃げ続けることができたともいえるだろう。


「……本当なら、ウィガールが駆けつけてくれるはずなのだけれど」

「誰?」

「人じゃなくて、武具。私が元服した日に父から授かった聖遺物レガリアでね。所有者が指輪に念じると、どこにいても剣と鎧が飛来して、戦うことができるの」

「(なるほど、アイアンマンみたいなものか)」


 いつかの映画で、そういう変身シーンを見たことがある。おぼろげな記憶を掘り返したせいか、リョウは数ヶ月ぶりに日本が恋しくなってきて、乾いた笑いを漏らした。


「そのウィガールも、さすがに世界を飛び越えることはできなかったか。ちょ、おい、エステル。止まれって!」

「念じた時に、呼応するような波長は感じるのだけれ――どっ!?」


 ぶつぶつと考え事をしながら進んでいく首根っこを掴んで止める。そこでようやくハッと我に返ったエステルは、数歩先の足下がぽっかりとなくなっていることに気付いて飛び退った。


「が、崖……ごめんなさい、考え事をしていて」

「俺の方こそ、もっと手前から教えていればよかった。それより、向こうを見てみろよ」

「向こう?」


 リョウの指先を辿っていったエステルは、わあっと声を上げた。

 V字に狭まった山間を埋めるように作られた、堅牢な石壁のアーチ。上質な石を用いたその表面は、太陽の光を受けて神々しくきらめいている。まるで聖なる守護結界が張られているようだ。


「あそこが、今から向かう町だ。王都には劣るけど、ティルナノーグの東部では最も栄えている都市・ドゥーンスールだよ」

「ドゥーンスール……」


 困惑、分析、好奇、不安。エステルの瞳に様々な感情が灯っては消える。いよいよここが本当に見知らぬ世界なのだという実感を伴って、やがて瞳の焦点が定まっていく。

 一度瞼を閉じて、次にそれが開かれたとき、彼女の出した答えは――


「行きましょう! 案内をお願いしてもいいかしら?」

「ああ、もちろん」


 勇ましく踏み出した一歩目に、リョウもまた、歩き始めるのだった。






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