Episode05
「いやー!凛くん本当に大きくなって!しかも男前と来た!」
「京子さんもお久しぶりです。相変わらずお元気そうで何よりです」
「凛くんも千和と同い年だったもんね、クラスも一緒だっていうから驚いたよ」
「俺も千和見つけた時はすげーびっくりしました。あ、姉貴たちは夏休みにこっち来るみたいなんでまたお世話になります」
「そうかそうか、楽しみだなあ」
水無瀬くんの歓迎パーティーという名の食事は、和やかな雰囲気で執り行われていった。
お酒が入ったお母さんは何やら楽しそうに水無瀬くんに絡んでいるし、お父さんは水無瀬くんのお姉さんたちの近況も聞けて嬉しそうだ。
一方の私はと言えば、何をするでもなく、水無瀬くんと話すお父さんたちを少し離れたところから眺めていた。
「なにぼーっとしてるの」
「智希にぃ」
「かっこよくなった凛に見とれてた?」
「違う」
茶化すように投げかけられた言葉を思い切り否定すると、智希にぃは何が面白かったのかくつくつと笑い出した。
智希にぃとは、凪月にぃや槙にぃよりも歳だって近いはずなのに、いつもこうして子ども扱いされてしまうのがすごく悔しい。
「にしてもさ、なんで凛だけ帰ってきたんだろうね。おじさんたちはまだイギリスに居るみたいなのに」
「え、綾子ちゃんたちは帰ってきてないの…?」
「凛から聞いてなかったの?今は俺たちが昔住んでたマンションで、一人暮らししてるんだって」
「……学校であんまり話してないから…」
俯くわたしに智希にぃは分かりやすくため息をついて、私の頭を撫でた。
「千和がどんな理由で凛のことを認められないのかは知らないけど、ちゃんと凛と話してみないと」
「…………」
「……まったく。千和の頑固なところって、本当に槙くんとよく似てるよね」
そう言って笑った智希にぃは、「父さんがデザート作ったって言ってから持ってくる」と言い残すと厨房の方へと消えていった。
さっきの智希にぃの言葉が頭の中でぐるぐる回る。
私が意地になってるだけだってことはわかってる。
それでも、いきなり変わった幼馴染と再会して、それを受け入れろなんて、
「……そんなの、難しいよ…」
先輩に今日のお詫びのメッセージを送って、それからいつも手帳に挟んでいる一枚の写真を取り出した。
「……りんちゃんと、水無瀬くん、かぁ…」
部屋に飾ってある写真とは違う、私とりんちゃんが二人で写っている写真。
これはいつ撮ったものかあんまりよく覚えていないけれど、それでも楽しそうに笑う私たちの姿に、見るたびにいつもつられて笑ってしまう。
私の隣で笑うりんちゃんは、水無瀬くんとは外見も表情も違う。けどみんなは同じだって、水無瀬くんはりんちゃんだって言う。
私だって頭ではそうだって認識してる。でも認識と理解は別物で、私はまだ受け入れられないでいる。
「……もう、頭ごちゃごちゃ…」
「うわ、懐かしい写真」
「ぅわっ!?」
縋るように写真を見ていると、不意に顔のすぐ近くから水無瀬くんがひょっこり覗いてきた。
いくらなんでも心臓に悪すぎるし、びっくりしすぎて変な声も出た。恥ずかしすぎる…。
隠すように写真を手帳に仕舞い込んで水無瀬くんの方を見ると、目の前にアイスクリームの器が差し出された。
「智希くんが千和のとこ持ってけって」
「智希にぃが…?」
どこにいるのかと店内を見渡すと、少し離れたところに差し出されたアイスと同じものを食べながら、ひらひらとこちらに向かって手を振る智希にぃがいた。
確かに水無瀬くんと話せとは言われたけど、普通こんなにすぐセッティングする?
私と槙にぃが似てるなんて言ったけど、智希にぃのこういう強引なところこそ槙にぃにそっくりだ。
「、お父さんたちとは、もういいの…?」
「とりあえず話したいことは話したし。それに、千和と話したかったから」
「そっ、そう、デスカ…」
「変な敬語」
しどろもどろになる私に水無瀬くんは小さく笑う。
この笑い方、少し苦手だ。
なんていうか、すごく大人びて見えて知らない人と話してるみたいな気分になる。
「みんな変わってなくて安心した」
「え?」
「俺たちがこの街離れたのって10年以上前じゃん。だから、きっと色々変わってんだろうなーってほとんど諦めてた」
「……」
「実際、街の感じとか結構変わってるとこはあったしな。けど、京子さんたちも、千和も、変わってなかったから嬉しかった」
そう言った水無瀬くんの表情は、不思議とさっき見た写真のりんちゃんと重なって見えた。
色んなものが変わったと思ってた。だってもう何年も経ってるし、それで変わらないなんておかしいと思ってた。
けど本当は、私が変わったと思っているだけ?
「見た目とか、話し方とか、ほかにも変わったように見えるかもしれないけど。今も昔も、俺は千和の幼馴染の水無瀬 凛だよ」
「水無瀬、くん」
「だから。名前、呼んでよ。あの頃みたいに名前で呼んでほしい」
千和に名字で呼ばれると、寂しい。
消えそうな声で紡がれるその言葉に、声が出たのは無意識だった。
「……凛、ちゃん…」
「…だから、ちゃんはいらないって」
「……凛…」
「うん」
たった二つの音なのに、口にした途端にじんわりと胸の奥の方が暖かくなるのが分かった。
水無瀬くんは、片方の眉を下げて困ったように、それでも嬉しそうに笑っていた。
昔と何も変わらないその笑い方を見て、ようやくつかえていたものがなくなったのが分かった。
「おかえり、凛」
「うん。ただいま、千和」
『りんちゃん、おかえり!』
『ただいま、ちわちゃんっ!』
こうして私は、12年ぶりに再会した幼馴染に、ようやく「おかえり」を伝えることが出来たのだった。
おかえり、初恋。 しおごま @gomashio96
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