Episode04
―――そっか、俺たちはいつでも会えるんだから今日は行っておいで。
理由を説明すると、先輩は変わらない笑顔で送り出してくれた。
久しぶりに会えて嬉しい、なんて言ってくれたからもう少し引き止めてくれないかな、とか思ったけれどそれを口に出すのは私のキャラじゃない。
”先輩が好きな私”じゃない。
(いつでもは会えないから、今日は二週間ぶりのデートだったのに……)
駅まで送ってくれた先輩にお礼を言って、心の中で不貞腐れながらお父さんが営むレストランへと向かうことにした。
「……りんちゃん、かあ…」
会いたかったはずの彼は、いつの間にか私の中で思い出の人になっていたのかもしれない。
変わっていない、思い出の中のりんちゃんのままだったら良かったのに。
……それでも、そんなことが無理なのは分かってる。流れた月日の分だけ人は変わる。
私だって変わったんだから、りんちゃんだけが変わらないなんてことはありえない。
だけど、
―――その変な敬語もきもいから禁止。
「いくらなんでもアレは変わり過ぎだと思う!」
駅からは歩いて十五分程度。閑静なってほどでもないけど落ち着いた雰囲気の街並みに佇むこじんまりとした洋風の建物が、お父さんが経営するレストラン『エスポワール』。
エスポワールっていうのは、フランス語で希望という意味なのだという。
私が生まれた年に開店したから、これからの私たちの将来と重ねてエスポワールと名付けたとかなんとか。
楽しそうに真剣に働くお父さんのお店は私たち家族の自慢で、先輩とのデートを早く切り上げなきゃいけなかったのは不満だけど、それでもお父さんの料理は贔屓目なしに美味しいから、今日のところはお父さんのデザートで手を打とうと思う。
「あ、やっと来た」
「り、……水無瀬くん」
お腹すいたなあ、なんてぼんやり考えながらお店までの道のりを歩いていると、視界の端にここ最近毎日のように顔を見ている人物がいた。
コンビニの光が逆光になって表情は上手く読み取れないけど、彼が誰かなんて間違えるはずがない。
「だからさぁ、その呼び方やだって言ってんじゃん」
制服姿のまま、気だるそうに立ち上がった彼は相変わらず可愛くない口調で話しかけてきた。
思いがけない登場に、思わず昔みたいに名前で呼んでしまいそうになったのはここだけの秘密にしてほしい。
「……なにしてるの、こんなとこで」
衝撃すぎた転校初日のやり取りから、とりあえず敬語は使わなくてもいいと無意識に判断したのか敬語だけは外して普通に話すようにはなっていた。
まあ名前は相変わらず意地でも呼んでいないけど。だって負けたみたいで悔しいもん。
「千和のこと待ってた」
「え…?」
「もう暗くなってきたし、この辺り人通り多いわけじゃないから危ないかと思って」
危ない、って…。
確かにこの辺りはそこまで人通りが多いわけじゃないけれど、何回も通って来た道だし、お父さんのお店がきっかけで知り合った人だっている。
それに小学校に入学した頃から続けている空手は、十分護身術として使えるレベルだと思っている。
だから、兄貴たちや先輩もそこまで過保護になったりしない。
「……別に大丈夫なのに…」
「知ってる道だとか、空手やってるとか、そういうのじゃなくて。俺が心配だったんだよ」
しれっと恥ずかしいことを言ったかと思えば、水無瀬くんはわたしの返事を待つことなく先を歩き始める。
―――ちわちゃんのことも、ぼくがまもってあげるからね!
そんな背中を見ながら思い出したのはりんちゃんのこと。
水無瀬くんのことを認めたくないって言いながら、心の何処かではわかってるんだ。
「……こんなとこばっかり変わってないなんて。ずるい…」
変わったなら、全部変わっちゃえばよかったのに。
面影なんて一切消えちゃうくらいに変わっちゃえばよかったのに。
そしたら、
―――ちわちゃん!
―――千和。
重ねなくて済むのに。
「…千和?」
「……り、」
名前を呼ぼうとした時、カーディガンのポケットに入れていた携帯が鳴った。
携帯を取り出して確認してみると、今日二人目の家族の名前が映し出されていた。
相手が相手だし、このままシカトするっていう手段もあるけど、出なくていいのかと水無瀬くんが不思議そうな顔をするから、数コールの後通話画面に切り替えた。
「……もしもし」
≪遅い≫
「すぐに出られるほど暇じゃないんですー」
≪俺だって好き好んでお前に電話するほど暇じゃねえよ≫
電話越しでも分かる槙にぃの不機嫌な声。いつも思うけど、私と槙にぃが喧嘩に発展する原因の九割以上は槙にぃの態度だと思う。
え?私も似たようなもんだって?いやだなあ、そんなことないって。
≪30分くらい前に、凛がお前のこと迎えに行ったけど会ったか?≫
「あー、うん。いま一緒に居る、……、」
そう返したところで、槙にぃの言葉に引っ掛かるところがあったことに気づいた。
水無瀬くん、30分くらい前にお店を出たって言ってたよね?
お店からこのコンビニまでは、かかったとしても10分程度。
ってことは、ずっといつ来るか分からない私のことを待っててくれたってこと?
ちらりと見遣った水無瀬くんは視線が合うと不思議そうに小首を傾げた。
ああもう。全然違うと思っていたはずなのに、りんちゃんと水無瀬くんが重なって見えて仕方がない。
≪……おい千和、聞いてんのか≫
「え、あ、うん。聞いてる聞いてる」
≪ほんとかよ…。まあいいや、凛連れて早く来いよ、主役が来ないと始まんねえって母さんが待ちぼうけしてる≫
「ん、すぐ行く」
電話を切ってすぐ、少し前に居る水無瀬くんに追いつくように小走りで近寄る。
「電話、槙くん?」
「へ?ああ、うん。よく分かったね」
「千和迎えに来る前に凪月くんたちとも話したけど。なんとなく千和と喧嘩しそうなのっていうと槙くんかと思って」
「まあ、毎日のように喧嘩してるよ」
「ははっ、相変わらず仲いいな」
「これを仲いいっていうのかな…」
隣を歩く水無瀬くんは、やっぱり何度見てもりんちゃんとは似ても似つかないのに、それでも少しだけ跳ねた襟足に、りんちゃんの面影を重ねてしまいそうになって。
それを誤魔化すように、少しだけ歩くスピードを速めた。
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