Episode03

「ごめんっ、待った?」

「今来たところなので大丈夫ですよ。それに時間ちょうどですから」


午後5時、駅前のベンチ。約束の時間ぴったりに待ち合わせ場所へと先輩は姿を現した。

先輩は少しだけ息を切らせていて、急いで来てくれたことに胸の奥の方が暖かくなる。


「何か久しぶりな気がする」

「会うのは二週間ぶり、ですもんね」

「嘘、それだけ?もっと会ってない気がしたのになー」


すげー寂しかったよ、なんて言って先輩は笑った。

ふわりと、例えるなら春の日の穏やかな太陽みたいに笑う先輩の笑顔は、私の先輩の好きなところの一つ。


「学校、何か変わったことあった?」

「えーっと…」


思い浮かんだのは水無瀬くんのことだった。

わざわざ話すことでもないかとも思ったけれど、隠すのは違うような気がして。少しだけ考えてから口を開いた。


「うちのクラスに転校生が来ました」

「転校生?三年の春になんて珍しいね」

「元々この街に住んでたらしくて。家の都合でこっちに帰ってきたみたいです」

「へえ、そうなんだ。こっちに住んでた子ってことは、もしかして知り合いだったりする?」


投げかけられた先輩の問いにうまい答えが浮かばなくて、咄嗟に知らない人でしたと言葉を返す。


(……水無瀬くんはりんちゃんじゃないし、別に、嘘じゃない、はず)


「転校生とか、大学にはないから響きが懐かしいな」

「ふふっ、懐かしいって。先輩が卒業したのってたった一ヶ月前じゃないですか」

「そうなんだけどさ。自分でも思ってた以上に大学と高校って違うんだよな」


そう言って笑う先輩は私が知っている先輩と変わらない。

私も高校を卒業した後は進学するつもりだけど、高校と大学なんて大して変わらないと思う。けれどそう思うのは今だけなのだろうか。


「先輩は?大学には慣れました?」

「サークル入って友達は増えたけど、勉強はまだまだ。やっぱ一個の授業が長いのってきつくてさ」


そんななんてことない会話をしながらファストフードやファミレスで時間を過ごす。それが私と先輩の日常だった。

学校帰りに待ち合わせして月に一回くらいどこかへ出かけて。私はそれで十分だと思っていたし、先輩も特に何か言ってくるようなことはなかったから、私たちはこれでいいと思ってる。

だけど、


「―――でねー?」

「へえ、そんなことあったんだ―――」


街ですれ違う恋人同士を見ていると腕を組んだり指を絡めたりと仲睦まじい様子が目に入る。


「千和はああしてべたべたしないのがいいんだよな」なんて先輩は言うけれど、本当は少しだけあんな感じのカップルらしいことにも憧れていたりする。

だけど、この性格と妙なプライドが邪魔して素直に言うことが出来ない。

「本当はもっと恋人同士みたいなことしたいんです」って素直に言えたら、少しは楽になるのだろうか。


それでも“先輩が好きになってくれた私”のイメージを崩したくなくて、確かに少し恥ずかしいですね、なんて笑って見せる。

先輩の隣は心地いいけれど、すこしだけ、息苦しいときがある。


お腹がすいてきたから何処かでご飯にしようと、場所の相談を始めたとき、不意に私の携帯が鳴った。ディスプレイには母親の名前。

先輩といるときに掛かってくるなんて珍しかったから、断りを入れて電話に出る。


「もしもし、お母さん。どうしたの?」

≪凛くんの歓迎パーティするわよ!早く帰ってきなさい!≫

「……はあ?」

≪もう千和ってば、どうして凛くんが帰ってきたこと教えてくれなかったのよ!今日になって槙から聞いたのよ!≫


こうなる気がしてたから敢えて言わなかったのに…。予想通りのお母さんの行動に思わずため息が出る。


≪お父さんのレストランでパーティーするから早く来なさいよー!≫

「……私、いま彼氏と居るから行けな、」

≪19時から始めるからね!遅れるんじゃないわよ!≫

「だから行けないって、……もう」


言い返す前に一方的に電話を切られたせいで、聞こえてくるのは一定のリズムで刻まれる無機質な音だけ。

どうしてお父さんはお母さんと結婚したのか。私たち兄妹の間で密かに語られる七不思議のひとつである。

こうなったお母さんには何を言っても無駄だというのは、17年間生きてきて嫌というほどわかっている。

大きなため息を一つ吐いてから、私は先輩の待つ場所へと戻ることにした。

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