近衛マモルは有栖院アリスを守りたい ―ツンデレお嬢様に振り回される執事の日常―

星詠琴音

Story.1 執事はお嬢様と出逢った

Time.1 記憶喪失になったらお嬢様の執事になりました

僕、誰ですか?

 目を覚ますと、金髪青目の女の子が僕を覗き込んでいた。

 まっすぐな長い髪を、ハーフアップにして青いリボンで結んでいる。

 青い目は大きくて、思わず吸い込まれてしまいそうなくらい綺麗だった。

 女の子は安心したように笑って言った。


「よかった! 目が覚めたのね! ここは病院よ。待ってて、今お医者様を呼んでくるから!」


 お医者様?

 疑問に思った時、頭が痛いことに気がついた。

 どうやら僕は頭にケガをしているらしい。

 そして、もう1つ疑問に思うことがあった。

 身体を起こす。


「あの……すみません」


 そして、医者を呼びに行こうとする女の子の右手を掴んで引き止めた。


「……どうしたの?」


 女の子は振り返って、僕を見る。

 僕は、ゆっくりと口を開いた。


「僕、誰ですか?」






「記憶喪失ですね」


 検査をした後、僕を診察した男性の医者は、なんの迷いもなくそう言った。


「記憶喪失……」


 驚きながら呟く。

 たしかに目を覚ます前のことは何も思い出せない。

 主治医の先生から事故にあったと説明されたけど、僕にはその記憶がない。

 医者は口を開いた。


「事故にあった時、頭を強く打ってますからね。その衝撃で記憶喪失になってても不思議ではないんですよ」

「そ、そういうものなんですね」

「さっきやってもらった検査の結果、脳に異常はみられませんし、精神的にも安定しています。事故がきっかけで一時的に記憶喪失になってしまっている、と考えられます」

「あの、記憶喪失になったらその記憶って戻るんですか?」

「そうですね……絶対に記憶が戻る、とは断言できません。戻る人もいますし、戻らない人もいます」

「そうですか……」

「何か不安なことや困ったことはありますか?」

「うーん……。自分のことがわからないのが困りますね……。苗字しか思い出せないのは……」


 僕の苗字が近衛このえだというのは覚えていたけど、名前は思い出せない。


「あまり無理に記憶を取り戻したいと焦るのはかえって逆効果です。気長に考えていたほうが心に余裕ができて記憶が戻った、という症例があります」

「わかりました」


 僕がそう言うと、主治医の先生は僕を元気づけるように明るく笑った。


「僕も近衛くんの力になれるように頑張りますので、何かあったらいつでも頼ってください」

「はい」


 主治医の先生は、柔らかい雰囲気で安心した。

 ありがとうございました、と言って診察室を出てから、扉を閉める。

 すると、目の前にさっきの金髪青目の女の子と、黒色の長い髪を三つ編みにした女性が立っていた。

 僕が出てきたことに気がついて、女の子が駆け寄ってくる。


「……どうだった?」


 不安そうな表情で聞く女の子を見て、僕は心配をかけないように笑って言った。


「いやー、なんか記憶喪失になっちゃったみたいです」


 すると、女の子は僕の言葉に目をみはる。


「記憶……喪失……」


 そして、少し怒ったような表情をして、僕の顔を両手で触った。


「大変じゃない! 笑い事じゃないわ!」


 すぐバレた。

 でも……心配してくれたんだ。

 そう思うと、少し嬉しくなった。

 女の子は手を離す。


「……でも今、僕苗字以外何も思い出せませんし」

「だからってそんな顔することないわ」


 女の子に言われて、僕は思わず今の状況を言葉にする。


「すみません。実は……記憶喪失以外にも、事故にあった時スマホが壊れて電源入らないせいで誰とも連絡とれないし、財布もないみたいなのでどうしようかと思ってて……。自分の名前もわからないし……」


 すると、女の子は僕の言葉を聞いて、何かを思いついたような表情をした。

 そして、声を出す。


「……『マモル』」

「え?」

「私が名前をつけてあげる。あなたは今日から『近衛マモル』よ」

「近衛マモル……」


 女の子は続けた。


「それと、行くところがないなら私の執事になってほしいの」

「……執事?」

「そう」


 僕が聞き返すと、女の子は言った。

 そして、僕に手を差しのべる。


「有栖院財閥の主である私――有栖院ありすいんアリスの執事に」


 アリスお嬢様は、そう言って笑った。

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