第43話【亡者の慟哭】

「あれってダムゼル?」


 ヘリオスが救助者を引連れて飛んでいくダムゼルを指さして言う。二人はしばらくの間、ポカンとそれを眺めていた。するとアルタイルが我に返った。


「あれっ、俺らどうやって帰りゃいいんだ?」


 行きはただ、地図に沿ってゆけば良い。しかし、帰りは数多の入口が存在する森から、正解の道を選択しなければならず、不正解を選んでしまえば二度と帰れなくなる。何せ、この森は殆ど同じ木や草が天を覆い隠しているのだから。


「空がまだ明るいうちに帰ろう。ここに来る途中にいい目印を見つけたから」


 アスファルトの道の脇でソウリョクソウがやけにうるさく騒いでいる。どうやら風が強くなって来てきたようだ。アルタイルが騒がしい草の方向を見て言う。


「そんなのあったか? てか、マジでうるっせーなー、これ。なんでこんな生えて……」


 彼の足が止まった。それに彼の三白眼も泳いでおり、口も空きっぱなしだ。どうしたのかと思ったヘリオスは彼の視線の先を見てみた。


「ヒッ……」


 その光景を見た彼も同様に、石のように固まってしまったのだ。なぜなら、草原の中から一本の腕が見えていたからだ。汚れた羽が数本、腕からまばらに生えている。プテリーガ人なのだろうか。

 恐怖した二人は互いに目を合わせ、全速力でその場から逃げた。走った。振り返ることもせずただ闇雲に駆け抜けた。風は徐々に強くなっていく。ヘリオスにはソウリョクソウの出す音が、まるであの死者が助けを求めて叫んでいるように。そして己をこのようにした何者かに向かって喚いているように感じられた。


「何でだよ! 俺たち何もしてねぇじゃん!」


 二人を押し戻そうとしてくる風に向かって、アルタイルが怒鳴る。アルタイルもそのように感じているのだろう。あの場所から離れる事に風は強くなっていく。疲れを知らない体を酷使し、何とかしてあの枯れ草の場所へと行き着いた。


「あれだ! あれが目印だよ!」


 枯れた草が円形に広がっている場所に到着した。彼らはその横に流れる川を越えて、やっと森の中へと入れた。彼らが一息ついた後には、既に外の風は弱まっていた。


「なんだったんだよアレ…… ていうか俺がここ出た時にあの枯れ草なかったぞ」


「え?」


 ヘリオスはあの時見た黒いドラゴンのことについても聞いた。だが、アルタイルはそんなものは知らないと言う。幻覚にしては草が枯れているのはおかしい。実際に存在していても、ヘリオスだけに見えているのも不可解だった。

 とりあえず、まずは上に戻るためにエレベーターを探すことにした。川に対して直角に一直線に伸びる道を信じて、彼らは進み続ける。ある程度歩いた時、アルタイルが突然前に走り出した。


「おい、ヘリオス! これ見ろこれ」


 嬉しそうになにかに向かって指をさしている彼のもとに歩いて行くと、そこには何かの轍みたいなもの、若干見て取れた。それに、その両側には浅く点が打たれている。行きに、ダムゼルが発見したムカデの足跡だ。時が経ったためか、若干枯葉がそれを覆っている。やはりこの道で正解だったようだ。


「よし、あともう少しだ」


 ヘリオスが深呼吸をし気を引き締めた。突如、横でガサッという、草が掻き分けられる音が辺りに響く。彼らは音のする方向を警戒し、才器を取り出した。


「ん? あ、武器は使わせてくれるみたいだな」


 アルタイルが自身の才器である残光を見ながらヘリオスに言う。その瞬間、巨大で、長く、ドス黒い影が、草むらから飛び出してきたのだ。

 彼らは悲鳴を上げ、エレベーターの方向へと逃げた。その影はあの足跡の主であるムカデだったのだ。ムカデはハサミのように鋭く、そして大きな顎をけたたましく鳴らしながら彼らの後を追う。


「次から次へと……!」


 アルタイルがそう愚痴を言いながら、素早く反転し弓を引いた。だが、残光に変化は無い。そう、エクスロテータでも起きた通り、この能力を封じる装置というものは才器の能力さえも無効化してしまうのだ。


「ウッソだろおい!」


 遠距離はダメだと判断した彼は、急停止した。ヘリオスも戦うのだと判断し、夜霧を構える。だが、向かってくるムカデの様子がやけに不自然だった。一直線に向かってくるのではなく、何かに抵抗するように樹木に体を打ち付けながらこちらへと向かってくるのだ。


「戦うのはよした方がいいかもしれない」


「え!? なんで」


 そう言ってヘリオスはアルタイルの手を引いて、遠くに見える銀色の柱へと一直線に走った。アルタイルは酷く困惑していたが、ヘリオスは後で説明すると言い、エレベーターの中に駆け込んだ。扉は閉まり、少し遅れてガンッという鈍い音が反響する。彼らは才器を納め、天空都市に到着するのを待った。

 彼らがそこから出た時、ダムゼルと鉢合わせた。


「あ、帰れたんや。今から迎え行こう思ってたけどいらんかったみたいやな。……大丈夫か? なんか飲みもん持ってくるわ」


 ダムゼル酷く疲弊したような顔をしている二人を心配してくれているようだ。まぁ、あんなことがあっては精神的に疲れないのも無理はないだろう。

 疲れきった体を癒す、冷たく爽やかな飲み物を飲んだ後、暮色彩る空の下、三人はあの宿泊先へと向かって行った。

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