第42話【騒緑草】
黒く染め上がる大地に開かれた灰色の線。恐らくこの街に敷かれていたコンクリートの道なのだろう。コンクリートには亀裂が見られず、一見するとまだ新しい。
――本当に最近に起きたことなんだな
しかしそう考えるとある疑問が浮かぶ。なぜこうも早くに雑草に覆われているのだろうか。しかしそれらは触れると胞子を撒き散らす、厄介なクロクダホコリを纏っている。無闇には観察出来ない。ヘリオスはプテリーガ人のダムゼルなら知っていると思い、聞くことにした。
「さっき言ったやん。聞いてへんかったんかいな」
彼は呆れたような仕草をしながら言った。どうやら考え事をしている時に話していたらしい。しかし彼は二度説明するのが嫌いらしく、その話を聞いていたアルタイルを派遣してきた。
「あっ、ちょっ。はぁ、実は俺もあんまり聞いてなかったんだよなぁ。えっとまぁ、アイツが言うにはこれはソウリョクソウって言うものらしくて。特徴としては繁殖力が高くて、色んなところに生えてて、風が出る度にうるさいらしい。あと寄生するとか何とか」
するとダムゼルがそれに付け加えるように話した。
「でもこんな一斉に繁殖することはまず無いねん。普通は路肩に生えてたり、堤防に繁茂してたりするぐらいで、壁とか
するとアルタイルがニヤニヤとしながら彼を小突き言った。
「じゃあ見てきなよ、その翼で」
ダムゼルは翼の風圧で胞子が散るから無理だと言おうとした。しかし、現に風で草がなびいているどころか葉同士が衝突しても特に影響していない。どうやら行くしかないらしく、ダムゼルは仕方がなさそうに溜息をついた。
「はぁ、行きゃいいんやろ。もう。探索終わったら発煙筒焚くから待っててや」
ダムゼルは長く続くこのコンクリートの道を利用して、助走をし飛び立った。その翼の大きさからは信じられないほどに、風圧が無く音もしない。まるでフクロウのようだ。
彼は空中で旋回をし、高くそびえるビルへと向かった。ビルの中央辺りまでは黒に染っているが、そこから上は窓の煌めく普通のビルだ。
彼は屋上に着陸し、そこから中へと入っていく。彼は内側から観察をするようだ。どうやらこの建物は何かの企業のオフィスビルらしい。日が出ているためか中は少し明るかった。
まだ植物の階までは遠いため下に降りようと階段に近づいた時、ダムゼルは衝撃的なものを発見した。
人が倒れている。
「大丈夫か!」
ダムゼルは踊り場で伏している人物に急いで駆け寄った。しかし、それはもう手遅れだった。人影だと思っていた黒色はあの忌まわしき粘菌だったのだ。
「ウッ……マジか……」
その亡骸の様からして逃げてきたのだろう。だが、それにはもうクロクダホコリが完全に付着している。そのことから言えることはただ一つ。建物内は既にあの粘菌の温床となっているということだ。死体を踏まないよう慎重に歩き、下層へと向かった。逐一、通過する階の様子を確認する。しかしどの階も異常は見られない。荒れた形跡は無く、未だ運営されているかのようだった。
植物の覆っていない階では、特に何も手がかりらしきものは無いようだ。あるとすれば植物が覆っていないのにやけに暗いという事程度だった。
ダムゼルは遂に問題である、植物に覆われた階へと到着した。凡そ五階付近だ。足音しか響かない場所へとダムゼルは向かっていく。恐る恐る一番近い部屋を覗いた彼は、息を飲み、目を疑い、後ずさった。
このビルで働いていたと思われる人物が窓に集まっているではないか。逃げようとした、という様子ではなく文字通り窓に張り付いているようだった。部屋全体が暗くなっていたのは、窓全体を覆うように天井近くまで積み重なった人々による影響らしい。
「まさか…!」
ダムゼルは階段を駆け上がった。案の定だ。そこにも人々は積み重なっていた。彼はその光景に腰を抜かした。この時に鎧が発したガシャンという音とほぼ同時に、後ろの方からキャッという声が聞こえた。ダムゼルもそれに驚き、ヒャッと情けない声を上げる。
足が動かないため、腕で這いながらその声が聞こえた扉の方向へと向かっていった。とりあえず彼はノックをしてみる。
「……あの、誰かいるんですか?」
中からはか細い声が聞こえてくるものの、衰弱はしていないようだ。その部屋は給湯室と書かれている。ダムゼルは腰に提げている箱からガスマスクのようなものを取りだし、声をかけた。
「医師団のダムゼル。一回そっちにマスク投げるから出てきて」
彼はドアを開け、マスクを投げ入れてから素早く閉じた。暫く待っていると扉が開いた。中からは痩せた女性が一人、ゆっくりと出てきた。恐らくここで働いていた人だろう。翼の羽根もかなり抜け落ちている。
「とりあえず屋上に出よか。あとショック受けたくないなら目つぶりや」
ダムゼルはそう言い、彼女の手を引いて階段を上っていく。屋上に着いた時、ダムゼルは箱から赤い筒を取り出し捻った。ダムゼルが念の為に持っていた発煙筒だ。それは赤い煙をモクモクと出している。彼は発煙筒を手に持ち、それを大きく振った。
「おい、アレなんだ?」
しばらくヘリオスと雑談をしていたアルタイルが異様な軌道を描くそれに気がついた。
「おっ、アイツらも気ィついたかな。飛べるか?」
「はい、何とか」
遠くの方で手を振っている二人を確認したダムゼルは、生存者を連れて、天空都市へと向かって行った。
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