第41話【黒き草原に佇む者】
「おっちゃん下の地図貸して」
ダムゼルが店内に入ると、大声でレラブに話しかける。
「おー!珍しく早いやん。ちゃんと振り込んどいたで」
現在の時刻はヘリオスの体感でおよそ午前七時。日、こと恒星スピカはまだ天空都市の下から照らしている。こんな時でも店内では従業員と思しき人々がお酒を飲んで騒いでいた。本当に運送業者なのだろうか。ヘリオスがその様子を見て眉をひそめていると、
「お? なんや、酒嫌いなんか?」
と、レラブが聞いてきた。
「いや、運送業者なのにお酒飲んでもいいのかなって」
すると彼は豪快に笑い出した。
「ハハハハハ。そうか、あんさんら違うとこのやもんな。ワシらプテリーガの人は肝臓が強いんや。せやから安心しとって」
彼はあの地上へと向かう部屋へと入っていった。三人もの場所へと向かっていく。
「で、どこの地図が欲しいんや?」
レラブは棚の前で待機している。ダムゼルは彼に対し、森の横の平原と答えた。レラブは地図を一枚手に取り、それを机の上に広げる。
「ほら、これが昨日行った森。で、川跨いだ先にあるのが予定の場所や」
ダムゼルがエレベーターがある出発点から指でなぞって説明する。その後、前回と同じく防護服を着て、エレベーターに乗り地上へと降り立った。
「出口は地図の上の方向いとるから右やな。道中気をつけや、変なやつがぎょうさん彷徨いてるから」
ダムゼルは異常のない木の枝を拾い、右へと進んでいく。アルタイルはヘリオスか進もうとした時に腕で阻んだ。
「言い忘れてたことがあった。ドゥベーみたいな能力は基本永続になってるけど、外から攻撃食らったら解除されるから気をつけろ」
ダムゼルに聞こえないよう小声で言った後、早足に彼のあとを追いかけた。
だいぶ進んだだろう。しかしその“平原”はまだ見えない。恐らく地図に描かれていた川の太さ的に、現在地はまだ森の半分程であろうか。景色も全く同じであるから、二人は余計に長く感じていた。すると、ダムゼルが突如その場で屈む。彼の前には浅く抉れた太い線、その両脇には大きな穴が数個並び道を横断している。
「ムカデの足跡やな。風化してへんし木の葉も乗ってない。まだ新しいわ。アイツらは歩く時独特な音出すから耳澄ましときや」
ヘリオスとアルタイルは動揺した。穴には子供の握りこぶしがすっぽりとハマるほど大きい。これも重力が弱い事の影響なのだろうか。虫が極端に大きいようだ。穴の刺さっている向き的に、恐らく右へと進んだのだろう。だが油断はできない。彼らは注意深く左右を確認しながら進んで行った。
遠くの方から何かザワザワとした音が聞こえた。目を凝らして音のする方向をよく見ると、淡く光が差し込んでいる。
「おっ、もうすぐ出口やで」
ダムゼルが前に指をさして、嬉しそうに言う。ようやくこんな薄暗く、気味の悪い場所から出られるのかとヘリオスは安堵した。ヘリオス一行は、彼らを労わるように優しく流れる清流の傍まで行き着いた。ダムゼルは勿論、助走をつけて羽ばたき川を飛び越える。ヘリオスは近くにあった大きな石を伝って乗り越え、アルタイルは川の中へと入って通過した。
その場所は平原と言うには少し凹凸が多かった。それも自然にできたようなものじゃない。明らかに人工的なものだった。
「気づいたやろ。ここは元々街やったんや」
綺麗な線を描く屋根は、黒くざわめく草に覆われ、そびえ立つビルは低めの山のようになっていた。
アルタイルはそんな景色に圧倒され、おぉとしか声が出ていない。目を丸くして周囲を眺める彼はダムゼルに着いて行ったが、ヘリオスはただ一人、呆然と遠くの方を見つめている。そう、彼にはまた別のものが見えていたのだ。茶色く枯れた草原の中心に何かがいる。
美しく伸びた脚、滑らかに揺らめく翼、泰然としている長い尾、そして凛々しく天を仰ぐ細長い頭。ドラゴンだ。だが、逆光からか黒くボヤけており、良く見えない。
その龍はヘリオスの方向をゆっくりと向いた。
――帰らなきゃ
まるで、そのドラゴンに案内されるかの如く、彼は一歩、そちらへと踏み出した。
「おーい、何しとんねん。はよこっち来ぃ」
ダムゼルの呼びかける声に彼はハッとした。我に返ったときには、そこには何もいない。ヘリオスは目を擦り、急いで彼らの方向へと向かって行った。
――何だったんだあれは。
彼は疑問にそう思いながら、ダムゼルの話を聞き流す。しかし、あの草原は未だ枯れたままなのだった。
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