第40話【夜明け】

「じゃあちょっと湯船にお湯張ってくるわ」


 ダムゼルはおもむろに立ち上がり、浴室へと入っていく。すると扉から顔を出し、二人に尋ねた。


「あぁ、そや。入浴剤勝手に入れさせてもらうで。最初の風呂は健康に悪いからな」


 ヘリオスとアルタイルはテレビに夢中になっている為、うーすだの、りょーだのといった適当な返事になっていた。しかしダムゼルはそれを気に留めることなく、鼻歌を歌いながら棚に並んでいる入浴剤を選んでいた。


 ダムゼルが湯沸かしから戻ってきた時、


「明日はどうする?」


 と、ヘリオスは持ってきていたメモに森に蔓延るクロクダホコリや特徴などを書き留めながら皆に尋ねる。


「一応森の大まかな調査自体は終わってんねん。あそこに亡骸あったやろ? あの人がクロクダホコリの性質を伝えてくれたんや。名前確認したから確定や。でも伝えられてから体調が優れない、咳が出るって連絡があって間もなくパタリと通信が止んだんや。回収しに行くと言ってもな、あの人が『やめとけ、これ以上の調査も中止だ』って言うから、それ以来調査には行かへんかったんやけど。まさかあんなとこで死んでたとはな……」


 ダムゼルはそう言って俯く。


「勇者だなぁ」


 アルタイルが呟いた。ダムゼルはそれに対し頷く。


「アンタらはその二代目勇者として、ちゃんと功績を残してもらわんとな。原因とか駆逐方法とか。本当は自分らの仕事なんやけど、代わりにあの役立たずに見せつけたれ。“プテリーガはもう彗の力は借りない”ってな」


 ダムゼルは、ハハハと笑いながら言った。二人は


 ――その役立たずなんだよなぁ


 と内心思いながら了承した。


「そろそろやろな」


 ダムゼルは浴室の方へと向かい、溜まり具合を確認しに行く。すると遠くの方から、


「いい感じやから入るでー。あがってからまた会議しよなー」


 と、聞こえてきた。それにアルタイルが、おぉと返事をする。

 ダムゼルは脱衣所にて兜を外し、大きくため息をついた。


「そろそろ髪切らんとなぁ。蒸れるわこれ」


 肩まで届いているサラサラとした髪を撫でながらそう呟いた。


 ヘリオスは天の川支部に来てからずっと着ていたスーツの袖を少し引っ張り、アルタイルに聞く。


「そういえば守星って服脱げるの?」


「一応な」


 アルタイルはジャージのチャックを少し下ろし、腕を出した。


「でも汗かかないし疲れもないから、入ってて気持ちがいいとかなんかそういう感覚もないから入るメリットは無いぞ」


 彼はゴソゴソと腕を戻しながら伝える。ヘリオスはふーん、と言いテレビを視線を戻した。今放送されているのはどうやらスポーツ中継のようだ。サッカーとバレーが合体したような、空中で行う立体的なスポーツだ。勿論彼らプテリーガ人は腕で羽ばたいているため、足しか使えない。


 しばらくそれを眺めていると、ダムゼルが帰ってきた。それも鎧をつけて。だが、しっかりと精密機械であるジェットエンジンは手に持っている。


「おっ、エアローツやん。今世界大会やったっけな。ん? なんやその不審者が来たみたいな顔は」


「いや、なんで風呂上がりなのに鎧着たままなのかなって。まさかそのまま――」


 ヘリオスが困惑したまま話すと、ダムゼルは焦って止めた。


「いやいやいやいや、入る時はちゃんと脱いだわ。鎧は別個で洗ったけど」


 よく見れば確かに鎧は艶やかな光沢を放っている。それにしても何故鎧をまだ付けているのか、そんな事を尋ねると彼は、


「仕事着としてずっとこれ着てたせいで、これ無いと落ち着かんくなってしまったんや」


 と言っていた。


「じゃあ次入ってもええで。待っとくわ」


 ダムゼルはベッドに腰をかけ、二人に伝える。アルタイルは遠慮したが、ヘリオスはどのくらい感覚が無くなっているのかと気になったため入ることにした。

 彼は服を脱ぎ、風呂場へと入る。鎧のせいなのか少し金属の独特な匂い残っていたが、入浴剤の爽やかな香りがそれを気にならないほどに打ち消していた。ヘリオスはいつも通り掛け湯をする。


「うわなんかすげぇ気持ち悪い」


 熱さをあまり感じない。だが、冷たいという事でもない。水の感覚は感じるが、水じゃない何かと認識してしまう。発火するほどの温度でも少し圧倒されるほどであるため、守星は温度をあまり感じないのだろう。そんな得体の忘れた言及しがたい水のようなものへと足を踏み入れた。

 ヘリオスの体にゾワッとした感覚が走る。まるで自分の体に合わせて形を変える固形物のように感じた。あと少し粘性がある。プテリーガ特有の水の性質なのだろうか。

 流石に不快に感じたヘリオスはすぐにあがり、部屋へと戻って行った。


「お、戻ったか。どうだったよ」


 アルタイルが聞いた。


「不思議な感覚だった」


 ヘリオスがそう答えると、ダムゼルが


「あのヌルヌルしてたのは入浴剤のやつやな」


 と言った。プテリーガの水の特徴ではなかったか。


 そして、彼らは明日の計画をした。森はしなくても大丈夫、と言うことから次はその抜けた先に行こうという結論に至った。そこは元々小さな町があったらしい。レラブの運営していた運送業とは、そこと天空都市間の物流を担っていたのだろう。そこで何か、粘菌が発生し始めた当時の記録か何かが残っているかもしれないと、彼らは期待していた。


「じゃあ寝よか。おやすみー」


 ダムゼルはそう言ってすぐに横になった。彼の腰に備わっている小さな翼は綺麗に折りたたまれている。ヘリオスとアルタイルも守星の異常性を悟られないよう数十分寝たフリをした。

 そして、アルタイルはリュックから飴玉を一つ取り出しヘリオスに渡した。水素の“あれ”だ。ヘリオスは静かに感謝をし、それを食べた。

 するとアルタイルが起き上がり、コソコソとダムゼルの近くへと向かっていく。ヘリオスはその様子を寝ながら見ていた。するとアルタイルがコソリと、


「ダムゼルの顔見てみようぜ」


 と持ちかけた。少し興味があったヘリオスは、アルタイルがダムゼルの兜に触れようとする様子を、バレそうだなと思いながら眺めている。すると、


「おっと、他人のプライベートは勝手に暴いていいもんちゃうで」


 と、アルタイルの腕を掴んだ。彼はヒッと情けない声をあげていた。その様子を見てヘリオスは笑っている。


「そっちがその気ならこっちだってやったるわ!」


 ダムゼルはアルタイルのジャージのチャックを下ろそうと奮闘する。そんな様子で戯れている間に、いつの間にか夜が明けていた。


[一日目の収穫]

・クロクダホコリと呼ばれる粘菌が覆い尽くしている。

・それは生命に寄生し、宿主の体を蝕む。

・それはプテリーガ全土に広がっている。

・適応している生物も存在しているかもしれない。

・前の事件は砂漠化を引き起こすほどのものだった。

・前にも起きていたものが再発した?

・なにか関係性はあるのだろうか。

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