【クリースと……】

第10話【クリース上陸】

《クリース、恒星アンタレスを主星とする惑星系に含まれる星である。

 ここにはホモ・オクルスエヴォルティス、通称単眼族を頂点とする生態系が成り立っている。更に、生命の歴史900万年と限りなく短くとも、目まぐるしい変化を遂げた星でもある。》




 鳥のさえずり。通り過ぎて行くエンジン音。リズムを刻むパソコンのキーボード。暗闇からやってくる音により、ヘリオスは感じたこともない感覚から目を覚ました。


「ここは……」


 ヘリオスは辺りをキョロキョロとする。薄橙の光が照らす大理石の壁が辺りを囲い、半透明の磨りガラスは淡い影達の行き交う姿を映し出していた。


「起きたか。さっさと立て。一般客の邪魔になる」


 ポルックスは背後からヘリオスの首元を掴み、持ち上げた。横を見るとアンタレスは立ち上がり、服についたホコリを払っていた。


「あの、ここはどこなんですか?」


 背後には質素ながらも、どこか高貴さを感じるカウンターが設置されている。そこから、スーツを着た単眼の従業員達が作業しているのが垣間見えた。モニターとにらめっこしている者もいれば、カウンターに座っている客と思しき人物の対応をしている者もいる。


「ここは我々彗が運営する銀行、『散光星雲』だ。今回はここで単眼族の兵共の給料を精算する。その時に不正や手違いが生じぬよう、金融部門と共に作業をするのだ。アイツらとて戦闘員の一部なんだが、デスクワークばかりでこれと言った訓練を受けていない。だから護衛のヤツらも来ている。ハッキリ言って要らないんだがな、どっちにしろ我一人で十分だ」


 ポルックスは作業場を見ながら言っていた。そして二人の方へと向き直り、話を続けた。


「そして、貴様ら二人についてなんだが。貴様らはここに来てまだ日が浅い。ここに突っ立っていられても、仕事の見学に来られても邪魔になる。だから外で遊んでこい。用事が済めば連絡をする」


 ポルックスは耳を指さし、無線通信のジェスチャーをしながら、靴をカツカツと鳴らし仕事へと移った。

 二人は、相変わらず口が悪いな、と思いながらガラス扉に向かった。外へ出ると、若干赤みがかった光に照らされる大通りに出た。


「ちぇっ、もうちょっと優しくしてくれてもいいんですがね。さて、ようこそ、僕の故郷クリースへ。案内が欲しければしてあげますよ」


 周囲には目が一つしかない人間が歩いていた。しかし、街の様子は至って地球と変わらない。子を連れる人、工事をしている人、何となく怪しい人。

 景観も普通だ。灰色にそびえるビル群、その一階ではコンビニの光が煌々と辺りを照らしている。ビルとビルの間からは天を衝くように高い塔が街を見下ろしていた。


 違う点と言えば、まずは看板が無い。景観を大事にしている為であろうか、都会独特の圧迫感が感じられなかったのだ。するとたまたま傍を通った親子の会話が彼らの耳にやって来た。


「お母さん、今度の夏休みチェイモナス星に行きたい! あそこ寒いって学校で習った!」


「良いわね。でも平均温度-20℃らしいよ。大丈夫?」


「大丈夫!」


 地球では絶対に聞かない会話である。


「他の星に行けるの?」


 ヘリオスはアンタレスに早速質問してみることにした。惑星旅行は夢のまた夢なのだ。


「えぇ、彗の加盟星であれば、僕たちの護衛で行けますよ」


 へぇ、とヘリオスは相槌を打った。そこでヘリオスは冗談交じりにこんな質問をしてみることにする。


「加盟してない星にはどうなの?例えば地球とか」


 地球ではよくUFOの話を聞く。アダムスキー型やら、グレイ型宇宙人やら、甲府事件にキャトルミューティレーション。UFOは未確認飛行物体を表す単語なのに、皆一様に思い浮かべるのは円盤や焼きそばだろう。それ程存在が定着しているのだ。(今後は意味を広げるためにUAP:未確認空中現象と呼ばれるらしいだが。)


「行けますよ」


「え!?」


 あまりの驚きに彼は思いっきり叫んでしまった。その影響で周りの通行人から見られてしまい、周囲に軽く謝った。


「高度一万キロメートルまでであれば接近できるんです。なので僕も、地球に行ったことがありますよ」


 アンタレスは少し自慢げに答える。そこでヘリオスは地球代表として聞いてみた。


「どうだった?」


 その問いに対しアンタレスは少し笑いながら、


「外観だけですがこことあんまり変わらなかったですね」


 ヘリオスはやっぱりか、と笑いながら言った。


 散策の最中、どうもヘリオスにはある違和感が拭いきれずにいた。そして遂にその違和感に気が付きアンタレスに尋ねた。


「そういえばスマホって無いの?」


「スマホ? 何ですかそれ」


 まさかの返答であった。周りを見ても誰も歩きスマホをしていない。誰も電話をしていない。ヘリオスは、なにかそういう決まりでもあるのかと無意識的に思っていたが、まずその概念すらなかったのだ。


「じゃあ携帯電話は?」


 スマホがないならガラケーなどはどうなのかと思い、そう質問した。しかし、


「携帯電話? あぁ、固定電話ならありますよ」


 ヘリオスは、まるで異世界に来たような気分だった。いや実際異世界のようなものなのだが。スマホが密接に関わっている地球とは大違いなこの星に、ヘリオスは開いた口が塞がらずにいた。

 するとアンタレスは納得したように手を叩く。


「あっ、もしかしてアイ・スクリーンの事ですか?」


「アイスクリーム?」


 ヘリオスは耳を疑った。アイスとスマホがイコールの関係なはずがないと思い反射的に返答する。本人は至って真面目なのだが。


「え? 甘い方じゃなくてアイ・スクリーン技術の方ですね。簡単に言ったらホログラムみたいなものです。多分あなたのそのコンタクトにも内蔵されてると思いますよ。貸してみてください」


 そう言われヘリオスは自分の目からコンタクト型翻訳機を外して差し出した。

 アンタレスはそれを受け取ると、それを手のひらに乗せる。アンタレスは空中を指でなぞったり、軽く叩いたりしている。また、翻訳機をその位置の近くに動かしたり、拡大したりもしていた。

 二分後に翻訳機をヘリオスに返した。見た目はさほど変わっていようだが。


「機械とか苦手なので少し手こずってしまいましたが、多分出来たと思います。着けてみてください」


 ヘリオスは光に透かしたり眺めたりした後、つけてみることにした。なんという事だ。一切看板がないと思っていたこの大通りには、ホログラムの看板が至る所に貼られているではないか。


「目の前で手の平をすぼめた状態から開いてみてください」


 すると手のひらから薄緑色をした画面が展開された。そこには四角いもの複数あり、“ストア”や“カメラ”などと書かれているではないか。


「これ両方はしなくていいの?」


 ヘリオスはそう質問した。ヘリオスはアンタレスと違い目が二つあるためコンタクトも二つあるのだ。そのため視界にはしっかりと写っているものの、違和感でもあったのだろう。


「いえ、多分必要ないと思いますよ。あ、ちなみに移動すると勝手に停止するので気をつけてください」


 二つ装着してしまうと、3Dのように二つの画面が同時に写ってしまうのだろう。そうなってしまえば目が辛くなる所では済まない。

 そしてこの移動中に停止する機能は、恐らく“歩きアイ・スクリーン”防止のためだろう。だから歩きながら指を動かし操作してる人は居ないんだとヘリオスは納得した。


「地球にはさっき言ったスマホっていうものがあって、これとほぼ同じだね」


 ヘリオスとアンタレスは再び宛もなく進む。ヘリオスは試しに起動しながら歩いてみた。するとさっき言っていた通り画面は閉じられてしまった。


「ちなみにそのスマホにはどんな機能があるんですか?」


 そんな他愛も無い話をしている最中、銀行の近くの路地に複数の影がモゾモゾと蠢いていた。

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